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クヴィネ・ヴォルフガング・ディ・クオーリ

翌朝六時。

「ん~」

 クヴィネは布団から上半身を起こすと大きく伸びをした。

 窓に目をやると、太陽が燦々と輝いている。

「今日も暑くなりそうだな・・・・・・」

 そう一人ごちると、起き上がり洗面所に向かった。冷たい水で顔を洗うことにより、ぼやけていた頭が覚醒していく。

 顔を拭くと足音を立てないようにしながら居間へ向かった。途中縁側で深呼吸をして、肺をひんやりした空気で満たした。

 居間に着き、障子を開けると、魚を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。

「おはよう、宮司」

「ん? おお、おはよう、丁度起こしに行こうと思ってたんだ。朝、早いんだな」

「ああ、魔王だからな」

 答えになってる様な、なってない様な返答をすると机の前に座り、置いてあった糠漬けの胡瓜を一切れ摘み頬張った。

「意味分からん・・・・・・」

「宮司、トラを見なかったか? 朝から見当たらないのだが・・・・・・」

「知らないけど、飼い主の下に帰ったんじゃないか?」

「そうか、残念だな・・・・・・む、美味いな、この糠漬け」

 そう言うと、茄子を摘みあげ口に放り込む。

「おい、行儀悪いぞ」

「そう怒るでない。このぬか漬けが美味いのが悪いのだ」

「しかし魔人でもこの美味さを分かってくれるなんて嬉しいな。家のぬか床、代々受け継いでてさ、野菜も知り合いの有機栽培してる、農家から新鮮な野菜を買ってるんだ」

「いきなり活き活きしてきたな」

「悪い悪い褒められたから興奮しちゃって」

 台所からお盆を持った宮司が出てきた。

「朝ごはんだぞ」

 お盆から、炊き立てご飯に、熱々の味噌汁、焼きたてのホッケの干物、出汁巻き卵、納豆が机に置かれた。

「ありがとう、さっそく頂くとしよう」

 味噌汁を一口飲んだ。程よい塩っ辛さが胃の目を覚ます。

 ホッケの身をほぐし口へ入れ噛み締めると、濃縮された魚の旨味が口一杯に広がった。そこへ、ご飯を一口分追加し、ご飯の甘味と魚の旨味のハーモニーを楽しんだ。

 出汁巻き卵を一切れ取り、食べると卵と出汁の繊細な味わいを堪能した。

 納豆の小鉢を口へ近づけると、顔をしかめた。

「これは・・・・・・何と言うか、独特な臭いだな・・・・・・」

「苦手だったら残していいぞ」

「いや、食わず嫌いは魔王のする事ではない。頂こう」

 クヴィネがそのまま食べようとすると、宮司が「良く混ぜてから出汁醤油かけたほうがいいと思うぞ」と助言した。

 頷くと、良くかき混ぜて、自家製の出汁醤油をかけた。

「凄い伸びるな・・・・・・」

「それが美味いんだ。まあ一口食ってみろって」

 クヴィネは恐る恐るといった様子で、口に運び、咀嚼した。すると、発行させたことによって複雑に、より深みの増した大豆の味が広がった。

「うむ、臭いとは裏腹に美味いではないか」

 その後クヴィネはご飯を一杯お代わりし、二十分ほどで完食した。

「ふう、ご馳走様」

「お粗末様」

 クヴィネはお盆に食器を載せ台所で洗い物をしている宮司の元へ持っていった。

「おお、サンキュー。そうだ、じいちゃんが七時半に本堂に来てくれって、あと今日の午後は開けてもらったから昼飯食ったら買い物いくぞ」

「ああ、ありがとう」

「いいって、いいって。それよりそろそろ準備した方がいいと思うぞ」

「それもそうだな、では、また後で会うとしよう」

「おう、頑張れよ」

「心配は無用だ。私は魔王だからな」

「だから心配なんだけどな・・・・・・」

 クヴィネは準備を済ますと、早めに本堂に行った。本堂に着くと、中に入る。

「おはようございます」

「おはよう、クヴィネさん。先ずはバイトの説明から始めるかな、取り合えず週三日の七時半から十二時半でいいかい?」

「はい、問題ないです」

「もし、変えたくなったらいつでも言っておくれ」

「分かりました」

[巫女装束は着れるかい? 着れないなら女性のバイトさんを呼ぶんじゃが」

「いえ、大丈夫です」

「そうかい? じゃあこれが巫女装束じゃ。本堂横の更衣室で着替えたらまたここに来ておくれ、ロッカーに名札を付けといたからそれをつかうんじゃ」

「色々、ありがとうございます」

 クヴィネは、更衣室に向かった。更衣室に入るとさっそくロッカーを探し、Tシャツとハーフパンツを着始めた。

 着終わると、近くに置いてあった姿見の前で、くるりと回った。

「うーむ・・・・・・、やはり、私には少し似合わないのう」

 クヴィネはすこし残念そうに呟いた。

「さて、気合を入れてバイトを頑張るとしよう」

 気合を入れると、更衣室を後にし、先ほどの場所に戻った。

「着替え終わりました」

「よしよし、サイズが丁度良くてなによりじゃ。バイトの内容を説明するぞ」

「はい」

「慣れるまでは、階段、境内の掃き掃除じゃ、階段の下は二メートル程回りの部分も掃いておくれ。それが終わったらわしに声を掛けるんじゃ、掃除用具とゴミ箱はは更衣室の裏じゃ。最後に常に笑顔でいるんじゃぞ」

「分かりました」

「じゃあ、頑張っておくれ」

「はい」

 頷くと更衣室の裏に向かった。箒と塵取りを掴むと、階段に向かった。

「ここを、掃くのか・・・・・・」

 絶望したように呟いた。

 いや、ここで弱気になってはならん。今こそ魔王の本気を見せてやろうじゃないか。

 クヴィネは箒を握り締めると黙々と履き始めた。

 生い茂る木々が、階段に木漏れ日を落とし、野鳥のさえずりが其処彼処から聞こえてくる。

 空を見上げながらクヴィネは思う。しかし、何だな。掃除も中々いいものだな、心が洗われて行く様だ。

「こんにちは。新しい人かい?」

 慈愛に満ち満ちている優しそうなおばあさんが話しかけてきた。

「なっ、あ、こんにちは。ひゃい今日から働かせてもらってます」

 行き成り声を掛けられて驚いたのか、噛みながら返事をした。

「そうなの、頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 近所で定番の散歩コースなのか、その後も数人に声を掛けられた。

 三時間ほどで、階段と境内の掃除を終えると本堂に向かった。

「掃除、終わりました」

「ご苦労様、十五分ほど休んだら、事務室でこの書類の、ここと、ここの合計をここに掻いて欲しいいんじゃ」

「分かりました」

 老人から、書類と電卓を受け取ると事務室へ向かった。

「うーむ・・・・・・、慰安に来たはずなのに今一休んでる気分にならんな・・・・・・まあ、置いてもらうのだからこれ位はやらねばな」

 そう呟くと、机に向き合い、黙々と書類を片付け始めた。

 十二時半になると老人が入ってきた。

「クヴィネさん、お疲れ様。今日の仕事はもう終わりじゃよ。巫女装束は襦袢だけ更衣室のかごに入れといて、その他はロッカーに掛けておいておくれ」

「はい、ありがとうございまいた」

 更衣室に着くと、巫女装束を脱ぎタオルで汗を拭くと、Tシャツとハーフパンツを身に着けた。そして襦袢をかごに入れて居間に向かった。

 居間に着くと、作り置きされた昼ご飯を食べて宮司がくるのを待った。しばらくすると慌てた様子で宮司が居間に入ってきた。

「悪い悪い、雑巾がけ手間取っちゃって。急いで飯食うから待っててくれ」

「かまわぬからゆっくり食え、早食いは身体に良くないぞ」

「悪いな、そうさせてもらうよ」

「うむ」

「・・・・・・ごちそうさん、満腹になったし行くか」

「ああ、しかしせっかくの休みなのに付き合わせてしまって悪いな」

「気にすんな。俺も稽古つけてもらうしな。財布取ってくるから玄関で待っててくれ」

「器の広い男だな、将来モテるぞ。私が保証しよう」

「そうだといいけどな・・・・・・」

 宮司は薄ら笑いを浮かべながら呟いた。

「ん? 何か言ったか?」

「いいや、なんも」

「? そうか、では先に玄関に行っておるからな」

「ああ」

 クヴィネが玄関で待っていると二分ほどで宮司がやってきた。

「無いと不便だろうから合鍵渡しとくな」

 クヴィネは鍵を受け取るとお礼を言った。

 玄関を出ると、太陽が当たり一面をじりじりと照りつけていた。二人は出来るだけ日陰を通りながら、階段まで向かった。階段を降りて、道路に着く頃には、身体全体にじっとり汗を掻いていた。

 クヴィネは首にかけていたタオルで額の汗を拭うと、Tシャツの裾を持ち上下に動かし始めた。

 宮司は、クヴィネがTシャツを動かすたびに見え隠れするへそから気まずそうに目をそらし、言いにくそうに忠告した。

「・・・・・・おい、あまりTシャツ動かすなよ。色々みえるぞ」

「む、それもそうだな。気が付かなくて悪かったな宮司」

「いや、分かってもらえればいいよ」

 二人は、容赦なく照りつける太陽と、アスファルトから立ち上る熱気に耐えながら何とかデパートにたどり着いた。

「私の王宮よりでかいぞ」

 クヴィネはデパートを見上げながら言った。

「ほら、早く入るぞ」

 クヴィネが自動ドアの前に立つとセンサーが感知し、自動で扉を開く。しかしその衝撃も、店内に入ることで塗り変わってしまった。

「なんだここは、まるで冬みたいだ」

 中に入ると冷気が体をやさしく包み、体温を奪っていった。あまりの涼しさにクヴィネは、腕をこすった。

「冷房が効いてるからな、慣れてなくて寒いかもしれないけど服買うまで我慢してくれなえーと、女物はどこかなっと」

 店舗案内図から目当ての店を探し当てると、その店に向かった。店の前まで来たはいいものの、中々入れずにいると何者かが宮司の頭を叩いた。

「いてっ、何だよクヴィネ、言いたい事があるなら口で言ってくれ」

「いや、私じゃないぞ」

「残念! 私なんだにゃ~」

 二人は、同時に振り返った。

「やっ、みーちゃん。こんな所で何やってるの? もしかして女装趣味でもあるの?私が見繕ったげようか?」

 その子は怒涛のごとくボケて来た。

御酒みきか、誤解されるような事を言うな。俺にそんな趣味は無い」

「あははは、それは良かったにゃー。同級生が女装男子なんて嫌だしね♪」

 御酒と呼ばれた女性は悪戯っぽく笑いながら答えた。

 クヴィネと同じか、それより少し低い位の身長で、幼さを残した顔の御酒は、すこしくせ毛気味の髪をショートにして、ホットパンツとキャミソールを着た。見るからに活発そうな女の子だ。

「って、女装じゃないのに何でここにいるのかにゃー? はっ! もしかして・・・・・・流石の私も、それは引いちゃうにゃー」

「相変わらずお前の基準は分かりにくいな、クヴィネの服を買いに来ただけだよ」

「クヴィネさん?」

 御酒は首をかしげながら、クヴィネをまじまじと見つめると復唱した。

「私がクヴィネだ。わけあって宮司の家に置いてもらっている」

「外人さん? 凄く綺麗だにゃー。もしかして彼女さん?」

「いや、ちがっ」

「まっかせて! 私が可愛いの見繕ってあげる!」

 宮司が何か言っていたが、御酒に連れられて店の奥に消えたクヴィネの耳には届かなかった。

「いいのか? 宮司が何か言いかけていたが」

「良いんだにゃ~。みーちゃんは何時もあんな感じだしね~」

 クヴィネが、服をあさる御酒を静観していると、宮司が小走りでやって来た。

「御酒」

「ん~? どしたのみーちゃん。もしかして生着替え期待してるのかにゃー? 覗きは最低だぞ♪」

 御酒は宮司に凸ピンした。

「違うって、お金を渡しにきただけだ。お前はいい加減その思考回路どうにかした方がいいぞ」

 宮司はそう言いながら財布からお金を出すと御酒に渡した。

「私の個性だからいいんですー。で、服は何が欲しいのかにゃ?」

「部屋着と余所行きを何枚か見繕って欲しいんだ。あまり変なのにするなよ」

「ふふん、私の美的センスを信じなさい!」

「じゃあ、俺は店の外のベンチで待ってるからな」

「りょーかい、クヴィネちゃん行こ!」

「いや、あの」

 宮司に見送られながら、クヴィネは御酒に引き摺られていった。

「うーん、どんなのがいいかにゃー。ってあれ? クヴィネちゃん、まさかのまさか下着着てないの?」

「なかったからな」

「うーん、プライベートな事だから突っ込むの悪いけど、そのプレイは過激すぎだと思うにゃー」

「プレイではないぞ。私の住んでたところは下着をつける習慣がなかったのだ」

「なーんだ、そういう事だったのかぁ。でも日本では着けないとだめだにゃー」

「そうなのか?」

「そうりゃそうだよー。よし、先ずは下着を買いに行こっか」

「私は分からないから、御酒さんにまかせよう」

「御酒でいいにゃー。じゃあ、レッツゴー」

 クヴィネは御酒に手を引かれながら下着売り場へ向かった。下着売り場に着くと御酒は店員を呼んだ。

「すいませーん」

「はい、何でしょうか?」

「下着色々試したいんですけど、部屋空いてますか?」

「はい、空いてますよ。こちらへどうぞ」

 二人は店員の後について部屋に向かった。

「御使用が終わりましたら、こちらのボタンを押してください。では、ごゆっくりどうぞ」

「はい、ありがとうございます。――さーて、測ろうかクヴィネちゃん」

 満面の笑みを浮かべ近づいてくる御酒に、クヴィネは本能的に身の危険を感じたのか、後ずさった。

「むふふ、逃げても無駄なんだなー、なんたってここは密室だからね! さあ、観念するんだにゃー」

 クヴィネと、御酒の距離が着実に詰められていく。

「うぐ、仕方がない、諦めよう。だが、変な事したらただじゃおかんからな!」

「ありがと、クヴィネちゃん。でも、クヴィネちゃんになら何されても本望かも」

 クヴィネは、擦り寄ってくる御酒を手で拒む。

「頬を染めるな! 抱きつくな! 君は変態か!」

「クヴィネちゃん・・・・・・」

「あ、いや、そのすまぬ。つい口から出てしまったのだ。忘れてくれ」

「残念ながら、変態は私にとって褒め言葉なんだにゃー♪」

 なおも抱きつこうとする御酒に、クヴィネは根負けした。

「やーん。クヴィネちゃん以外とがっちりしてるんだね♪」

 クヴィネは、抱きつきお腹に頬を擦り付ける御酒に、懇願する。

「うぅ・・・・・・。もう何でもいいから早く終わらせてくれ!」

「りょーかい! 巻尺はどこかにゃーっと」

 クヴィネは棚の上から巻尺を取って御酒に渡した。

「ありがと、服の上からがいい? それとも生がいい? 私としては生がいいにゃー」

「服の上からだ!」

「りょーかい♪」

 御酒は、クヴィネのサイズをせっせと測り始めた。

「よーし、サイズ分かったから下着何枚か取ってくるね。何かリクエストある?」

「できるだけ動きやすいのでたのむ」

「ほいほーい」

 クヴィネは、御酒が扉を開け、部屋から出て行くのを確認すると、大きく伸びをした。

「ふぅ」

 まったく、服を買いに来ただけなのにこんなに疲れるとは・・・・・・。しかし、こちらの人々はいい奴ばかりだな、脅したとは言え見ず知らずの私を置いてくれたばかりか、色々気を利かせてくれる宮司に、仕事をくれたおじい様。御酒は・・・・・・御酒は、うむ、親しみやすいように接してくれてるな。

「たっだいまー」

 御酒が下着を小脇に抱えて戻ってきた。

「とりあえず、四着ほど見繕ってきたにゃー」

「ああ、ありがとう」

 クヴィネは、御酒から下着を受け取ると、不思議そうに眺めた。

「あれ? もしかしてクヴィネちゃん、ブラジャーの付け方分からないの?」

「馬鹿いうな。分かる、分かるぞ」

 クヴィネは、ブラジャーをいじくり始めた。

「あはは、無理しなくていいにゃー。私が手取り足取りやさしく教えてあ・げ・る」

 クヴィネの背中に悪寒が走る。

「い、いや、遠慮しておこう。自分でなんとかする」

「そんな乱暴にしたら壊れちゃうって、ほれほれ、諦めて早く脱ぐにゃー」

 クヴィネは、Tシャツを脱がそうとする御酒の手を押さえた。

「恥かしがらずに早く脱ぐにゃー、ほれほれー」

 クヴィネは、溜息を一つすると、御酒の手に込めていた力を抜いた。

「痛くしないから安心するにゃー」

 御酒がクヴィネのTシャツを脱がした。

「じゃあ、立って少し屈んでね」

「ああ」

 クヴィネが緊張した面持ちで言われたとおりにする。

「肩の力を抜いて鏡をみるにゃー。まずはストラップを肩にかけて、胸をカップの中に入れてホックを閉める」

「うむ」

「次は、左手で左のストラップの根元を持って浮かせるにゃー」

「で、右手で胸を右肩方向に引き上げる」

「ひゃう」

「あと少しだから我慢してね。右側も同様にやるにゃー」

「ひう」

「終わったら身体を起こしてストラップを調節して、あとは鏡でブラが水平になってるか確認して、身体を動かしてもずれないか確認しておわり!」

「ありがとう、何か変な感じだな・・・・・・」

「しばらくすれば慣れるから心配ないさー。サイズもこれで大丈夫そうだし、選びに行くにゃー」

「いや、私はここにあるので構わないのだが」

「だめだめ、こういうのは自分で選ばないと、ほら、行くにゃー」

「うう」

 クヴィネは服を着ると、御酒に背中を押されながら下着売り場へ行った。

「この、すけすけの何てどうかにゃー?」

「御酒には壊滅的に美的感覚がないようだな」

「むっ、じゃあクヴィネちゃんはどんなのがいいのさ」

「うーむ、そうだな」 

 クヴィネは、陳列された下着を物色し始める。しばらくすると、真紅色の下着を待ち上げて御酒に見せた。

「うむ、これがいいな。色が気に入った」

「うひゃー、クヴィネちゃん過激だにゃー。それなら、彼氏もいちころだにゃ」

「ん? 彼氏などおらぬぞ」

「へ? みーちゃんと付き合ってるんじゃないの?」

「まさか、宮司とはまだ彼氏じゃないぞ」

「なーんだ、一緒に住んでるから付き合ってるのかと思ったよ」

「とんだ勘違いだな。なあ、私に合う大きさはどれなんだ?」

「このタグのここが、これと同じ奴だにゃー」

「ふむ。よし、これにしよう。下着は何枚くらいあったほうがいいのだ?」

「とりあえず、パンツとブラ、四枚ずつでいいともうにゃー」

「では、四枚にしよう」

 クヴィネは真紅色の上下セットを四セット掴んだ。

「決まった所でレジにれっつごー!」

「すまんが御酒が買ってきてくれないか?」

「構わないけど、どうしてだにゃー?」

「外国に住んでいたから日本での買い方が分からなくてな」

「そうなんだー。じゃあ、クヴィネちゃんも一緒に来て覚えるにゃー」

 クヴィネたちは、レジで会計を済ませると、洋服売り場に戻った。

「さーて、下着を買った所で本日のメーンイベント、洋服を買うにゃー!」

「ああ」

「テンション低いな~。もっと上げてくにゃー!」

「御酒のテンションが高すぎるだけで、私は平常どおりだ」

「あはは、褒めたって何も出ないにゃー」

 クヴィネは、嬉しそうに身体をくねらす御酒を見つめながらつっこむ。

「褒めたわけではないからな?」

「いまさら、照れなくてもいいにゃー」

 クヴィネは、御酒にペシペシ肩を叩かれた。

「もしかしなくても君は馬鹿なのか?」

 クヴィネの唇に、御酒の人差し指が押し付けられる。

「もー、クヴィネちゃん、いくら本当の事だからってそういう事は口に出しちゃ駄目だにゃー」

「その通りだな、悪かった。しかし馬鹿なのは認めるのか」

「そりゃー否定したって意味ないしねー。さっ早く服、選ぶにゃー」

「御酒はいい奴だな。是非、友達になりたいものだ」

「なに言ってるにゃー。私達はもう親友だにゃー」

 御酒は、クヴィネの前に躍り出ると、屈みながらちとびっきりの笑顔でクヴィネを見上げた。

「私のことを親友にしてくれて嬉しいよ」

 クヴィネもニコリと笑う。

「えへへ、これで親友が三人になったにゃー」

 クヴィネは、嬉しそうにニコニコと笑う御酒を見つめながら、「友達も悪いものではないな」と一人ごちた。

「ん? 何か言ったかにゃー?」

「いや、何も。それより私に服を選んでくれるんだろう? 探さなくてよいのか?」

「おお、そうだったにゃー。選んでくるからここで待っててね」

「分かった」

 御酒は、洋服売り場を十分ほど行ったり来たりすると、洋服を抱えながら戻ってきた。

「いや~、お待たせお待たせ。色々目移りして遅くなっちゃったにゃー」

「何、選んでもらっておるのだ。少しくらい構わんさ」

「クヴィネちゃんのドキ☆ドキッ!? 魅惑のファッションショー始まり、始まり~」

「ほら、クヴィネちゃん拍手、拍手」

 クヴィネが御酒にささやかれて、拍手する。

「まずは、鉄板の半袖ワイシャツに、ミニスカート、黒のニーソックスの組み合わせ! ささ、クヴィネちゃん着てみて」

「ああ」

 クヴィネは戸惑いつつ、試着室に入って着替え始める。

「着替えたぞ」

「むっはぁー絶対領域に、このニーソの上に少しのってるお肉がたまらないにゃー。さらに、ワイシャツから透けてる赤ブラ! 次はニーソを白のルーズソックスに代えるにゃ」

 身悶える御酒を見て、クヴィネの顔が若干引きつった。

「あ、ああ」

「ふおおおお! いい、いい、いいよクヴィネちゃん。褐色の肌に白が良く映えるにゃーつ、次はGパンにTシャツを着て欲しいにゃー」

 目を獣の様に光らせ、荒い息遣いで詰め寄ってくる御酒に、クヴィネは気圧されて言われたとおりに服を着た。

「おい、このTシャツ、サイズが合ってないぞ。小さくてへそが出ている」

「良いんだよ、クヴィネちゃん、それが良いんだよ。チラリと見えるへそ、それが堪らないんだ」

「なあ、口調が変わってないか?」

「そんな事ないよ。さて次はどれがいいかな?」

「十分試着した事だし、もう良くないか?」

「ホットパンツに、タイツ? いや、ホットパンツは生脚がいいかな。クヴィネちゃん、外人さんだからゴスロリもイケるな。ああ! スカートに黒タイツを忘れるなんて私の馬鹿・・・・・・」

 クヴィネは、真剣な顔でぶつぶつ言っている御酒を見て、友達になったことを若干後悔しながら呟く。

「おい、頼むから私の話を聞いてくれ・・・・・・」

「あはは、ごめん、ごめん。興奮しちゃって、クヴィネちゃんはどんなのが良い?」

「うーむ、Gパンがいいな」

「じゃあ、Tシャツを選びに行くにゃー」

 御酒が、もって来た服を戻してから、Tシャツ売り場に向かった。

「さあ、この中から選ぶにゃー」

「うーむ、これなんかいいな」

 クヴィネは、骸骨が印刷されたTシャツを指差した。

「意外とロックな趣味だにゃー、クヴィネちゃん。あと三枚くらいあったほうがいいと思うにゃー」

 クヴィネは、残りの三枚も、英文字や骸骨の印刷されたもの選んだ。

「じゃ、これと普段着はハーフパンツにTシャツでいいよね?」

「ああ、問題ない」

「りょーかい、早く会計してもどろっか。みーちゃんも待ってるだろうし」

「うむ、あまり待たせるのも悪いな」

 クヴィネたちは、会計を済ませて店を出た。

「あっ、私飲み物買ってくるから先行ってるにゃー」

「了解した」

 クヴィネは、御酒と別れ、一人宮司の下に戻った。

「お、クヴィネお疲れさん。まあ、悪い奴じゃないから勘弁してやってくれ」

 宮司は、御酒との付き合いが長いからなのか、クヴィネの様子から察したのかは、分からないが御酒を弁護した。

「ああ、悪い奴じゃないのは良く分かる。少々暴走してたがな」

「ははは、んでその御酒はどこ行ったんだ?」

「飲み物を買ってくると言っていたぞ」

「そういうところとか、かなり気が利くんだけどな・・・・・・」

「うむ、暴走しやすいのが玉に瑕だな」

「それ以外にも色々あると思うけどな」

「・・・・・・否定は出来ないな、御酒とはどのくらいの付き合いなんだ?」

「んー、かれこれ、十五年来の付き合いになるかなー」

「かなり古い付き合いなんだな」

「ああ、親同士が仲良かったからな。良く神社で会ってて、それに御酒も着いてきてたんだ」

 二人がそんな事を話していると、御酒が後ろから静かに近づき、クヴィネの首に冷えたペットボトルをくっつけた。

「ひあ」

 クヴィネはか細い悲鳴を上げ、後ろを向いた。

「な、何をするのだ。いきなり!」

「いやー、ついやりたくなっちゃって。ごめんね」

「まったく、寿命が縮むかと思ったぞ」

「へへへ、はい、お茶」

「ありがとう」

「はい、みーちゃんも」

「おう、サンキュー」

「じゃあ、私もう行くね」

「もう行くのか?」

「うん、買い物があるからね」

「それは付き合わせてしまって悪かったな」

「ううん、私も楽しかったから気にしないでいいにゃー。じゃ、またねー」

「ん、じゃあな」

「うむ、またな」

 御酒は手を振りながら歩いていたが、しばらくして人ごみにまぎれて見えなくなった。

「そうだ」

「ん? どうした」

 クヴィネがポケットを漁って、お金を出した。

「お釣りだ。本当にありがとう。宮司には感謝してもしきれない」

「そんな何度もお礼言わなくていいって」

 宮司は、クヴィネの視線が別の方向を向いているのに気づいて、その視線を目で追った。その先には、美味しそうな見本をガラスケースに展示しているクレープの屋台があった。

「なあ、クヴィネ小腹空かないか?」

 クヴィネは、慌てた様子で視線を宮司に戻す。

「いや、私は大丈夫・・・・・・」

 クヴィネが言い終わる前に、お腹がなった。

「うっ」

「遠慮すんなって、何が食いたい?」

 クヴィネは、少し考え込むと、おずおずとクレープの屋台を指差した。

「クレープか、じゃあ、買いに行こうぜ」

 はっ、家に置いてもらうばかりか、服まで買ってもらったのに、さらに食べ物までねだるなど、不躾にも程があるではないか。

「いや、やはりいい。うん、魔王に過度な贅沢は不必要だからな」

 クヴィネは、ブンブンと頭を振った。

 宮司は、クヴィネの心境を察したらしく、あごに手を当ててしばし考える、そしていい案が思いついたのか切り出した。

「クヴィネが食ってくれないと、俺も食えないんだけどなー」

「なぜだ? 店があるんだから買えるであろう? それとも、私が服を買いすぎてしまってお金が尽きてしまったのか・・・・・・?」

「いや、お金はあるんだけど、クレープ屋は男女の二人組みじゃないと売ってくれないんだよ」

「な、そんな訳があるか、商売をしているのだぞ? 客のえり好みなど出来るはずがない」

「いやいや、本当だって、ほら、今、カップルで買ってるだろ? こっちではそういうルールなんだ」

 クレープ屋に目をやると丁度、カップルがクレープを買っていた。

「確かに二人で買っているが・・・・・・」

「だろ? 人助けだと思って協力してくれよ」

「う、む。まあ、そこまで言うのなら仕様が無い、手伝ってやろうじゃないか」

「ありがとな、じゃあ行こうぜ」

「うむ、仕方なく、仕方なくだからな」

 クヴィネは嬉しそうに、何度も念を押した。

「はいはい、分かってるって」

 二人は、そんなやり取りを数回繰り返しながらクレープ屋に向かった。クレープ屋に付くと二人は列に加わった。

「並んでるうちに、頼むもの選んどけよ」

「ああ」

 クヴィネは、クレープの見本に目を輝かせながら、生返事を返した。

 しばらくすると、クヴィネたちに順番が回って来た。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「はい、バナナ生クリーム一つと、クヴィネはどうする?」

「これがいい」

 クヴィネは、イチゴとブルーベリーのクレープを指差した。

「あと、イチゴ&ベリーを一つお願いします」

「承りました。少々お待ちください」

「はい」

「お待たせいたしました。こちら、バナナ生クリームと、イチゴ&ベリーでございます」

 宮司は、お金を出すと、商品を受け取った。

「またのおこしをお待ちしております」

「ほれ、クレープ」

 クヴィネは、宮司からクレープを受け取る。

「おお、ありがとう」

 二人は空いてるテーブルに座り、クレープを食べ始める。

 クヴィネが、イチゴ&ベリーを頬張って噛み砕くと、イチゴとブルーベリーの酸味と、生クリームの甘みが混ざり合って、口一杯に春が広がった。

 小動物みたいにクレープを頬張るクヴィネを見て、宮司の頬が緩む。

 クヴィネがクレープを飲み込んだのを確認してから、宮司は聞いた。

「うまいか?」

「うむ、凄く美味いぞ」

 クヴィネはホクホク顔で答える。

「そりゃ良かった。ん? クヴィネ、頬に生クリーム付いてるぞ」

「む、本当か?」

 クヴィネは、まったく見当違いな部分を手でこすった。

「どこ拭いてんだ。それに手で拭いたら手に付くだろ」

 宮司はナプキンを一枚取り、クヴィネの頬を拭った。クヴィネはお礼を言うと再びクレープを食べ始めた。

「ふう、大変美味だった。宮司、ご馳走になったな」

「満足したようで何よりだ。よし、歯ブラシとか買いに行くか」

 二人は、一階にある日用品と食品が一体になった売り場に向かう。

「おお、野菜や果物がこんなに売っているなんて凄いな」

「ほら、先ずは日用品買うからこっちだぞ」

「ああ」

 宮司は辺りをきょろきょろ眺めるクヴィネの手を引きながら進む、日用品のエリアに着くと、かごに次々と生活必需品を放り込んでいく。

「そうだ、クヴィネ、リンス使うか? 髪をサラサラにする奴なんだけど」

「いや、いらぬ。魔力を使えば出来るしな」

「そうか、本当に便利だな。歯ブラシの代えも買っておくか。食料品も買いたいし、クヴィネ悪いけどさっきの所から、かご一つとカートもって来てくれるか?」

「ああ、任せておけ」

 クヴィネは踵を返し、店の入り口に戻った。

「待たせたな宮司」

「おう、サンキュー。夕飯なんかリクエストあるか?」

「私は何でもいいぞ」

「そういうのが一番困るんだよな。うーん、じゃあ肉じゃがにしようかな」

「うむ、響きが気に入った。それにしよう」

「適当だな、まあいいけど」

 二人は食品売り場に行くと、必要な材料をかごに入れてレジに向かった。

 会計を済ませると、台に移動し、買ったものを袋に詰め始めた。

「宮司、袋を貸せ。私も持とう」

「いや、女の子に荷物は持たせられないって」

「私は魔人だぞ、忘れたのか? 腕力は君よりもあると思うぞ」

「そりゃそうだけど、女の子に重い荷物は持たせられない。それに鍛錬にもなるしな。だから気にすんな」

「そこまでいうのなら諦めるが、辛くなったら言うのだぞ?」

「おう、気持ちはありがたく貰っとくよ」

 二人はデパートを出ると岐路に着いた。

 神社へ続く長い階段を上りきると、鳥居の下の参道に二つの影があった。

 大きい方の影の持ち主は、背が百七十センチほど女性で、濡れ烏のように美しい黒髪を腰の辺りまで伸ばして、黒色のシックなワンピースを着ている。

 小さいほうの影は、身長百三十センチほどで、黒いワンピース型の半袖パフスリーブに、フリルのついた白いエプロンを着けた女の子だった。ショートにした茶髪から覗く猫耳をピコピコ動かしている。

「魔王様、お待ちしてお」

「魔王さまー!」

 茶髪の女の子は、黒髪の女性の言葉を遮って叫ぶと、クヴィネに駆け寄って抱きついた。

「おお、誰かと思ったらバレットではないか! それにベレイも、どうしたんだ? こんなところで」

「どうしたもこうしたもありませんよ、魔王様を探してここまで来たんです。まったく、何時も急に居なくならないでくださいと言っているではありませんか」

 ベレイは口では厳しい事を言っているが、クヴィネが無事で安心したのか、微笑んでいる。

「いやー、すまんすまん。今度から気をつけるとしよう」

「そのお言葉は放浪からお帰りになったときに毎回聞きますが、いつになったら改善されるでしょうか」

「えへへー。お姉さま昨日ずっと魔王さまの心配ばかりしてたんだよ。ご飯をちゃんと食べてるかしら、ってずーとっ言ってたもん」

「それはいらぬ心配をかけてしまったな。申し訳ない」

「いえ、滅相もありません。魔王様の心配をするのも私の仕事みたいなものですから」

「まあ、少々頻度が多い気もしますが」

「はっはっはっ、ベレイには何時も何かと迷惑かけるな。感謝しておるぞ」

「勿体なきお言葉です」

「魔王さまー、私は? 私は?」

「勿論バレットにも感謝しておる。何時も食事を運んでくれて助かっているぞ。それに君といると元気が出る」

「やったー! お姉さま、魔王さまに褒められました!」

 バレットは笑顔で、ベレイに報告した。

「良かったですね、バレット」

 仲良く談笑する三人と打って変わって、宮司は一人呆然としながら呟いた。

「えーと・・・・・・、誰でもいいから俺にも分かるように説明してくれたら嬉しいなーなんて」

「魔王様、何方ですか? この殿方は」

 ベレイは、宮司を不信そうに見つめた。

「そう、不信な目で見るでない。宮司と言ってな、この者の家に置いてもらっておるのだ」

「そうでしたか。宮司様、それはとんだ失礼をいたしました。申し訳ございません」

 ベレイは宮司に向かって礼をした。

「いや、別に謝らなくていいですよ。もっともな反応ですし、あと宮司でいいですよベレイさん」

「いえ、魔王様のご友人ですから、宮司様と呼ばせて頂きます」

「そ、そうですか」

 バレットが宮司の服の裾を引っ張った。

「私はバレットだよ、宮司おにいちゃん!」

 宮司が戸惑いながら答える。

「えーと、よろしくね、バレットちゃん」

「うん!」

「しかし、良くここが分かったな」

「ブランで探したんだよ!」

 バレットはいつの間にか、猫を抱えていた。

「トラ!? お前、魔界の猫だったのか」

「おお、どおりで見たことがあると思ったわけだ。ブランだったのか」

 クヴィネが納得したように何度も頷く。

「いや、さすがに分かれよ」

 宮司がこらえ切れずにつっこんだ。

「む、宮司が似ている猫は沢山いると言ったのではないか」

「それはそうだけど、さすがに飼ってる猫を忘れるなよ」

「仕様がないであろう。ブランには一度か二度しか会っておらんのだから」

「それならまあ仕方ないか。しかし、ブランでどうやって探すんだ? こっちからじゃ魔界に干渉できないんだろう?」

「それはね、ブランの目を鏡に見立てて、大魔王さまに魔術をかけてもらったの。だからブランがこっちに居ても魔界にいる私と意思疎通ができるんです!」

「へ~、相変わらず万能だな魔力は。ってもしかして大魔王って、魔王より偉いの?」

「はい、魔界総括本部の議長が魔皇帝様で、魔王様のおじい様です。こちらで言う国を治めておられるのが、大魔王様、魔王様のお父様です。そして県を治めておられるのが魔王様です。魔王様からお聞きにならなかったのですか?」

「いや、まったく聞いてなかったぞ」

宮司がクヴィネのほうを見ると、クヴィネは顔をそらした。

「う、魔王なのに、三番目では今一格好良くないではないか・・・・・・。そ、それよりあいつには言っておらんだろうな!」

 クヴィネは気まずくなったのかあからさまに話をそらした。

「勿論です。魔王様がこちらに来ている事を知っているのは、魔王様の近衛騎士団の一部と魔皇帝様と、大魔王様だけです」

「それならいいが、そうだ、先に言っておくが私はまだ帰る気はないからな? 連れ戻しに来たのなら諦めて帰ったほうがいいぞ」

「いえ、今日は連れ戻しに来たわけではないのです。魔王様も今年で十七歳、十八歳になれば、色々と忙しくなり今までのように気軽に出かけることが出来なくなります」

「ですから、大魔王様に頼んでこちらの色々な事を学ぶ代わりに、一年間猶予を貰いました。私達は、魔王様がこちらにいる間のお世話をするために来たのです」

「おお、良くやってくれたな。ベレイ!」

「喜んで頂けたようでなによりです」

「良かったですね!魔王さま」

 宮司は、二人の立っていた所に大きな鞄があるのを認めると、思い切って聞く。

「あの、もしかして二人ともここに住むんですか?」

「はい、そのつもりです。大魔王様からの紹介状も貰っています」

 ベレイが、宮司に紹介状を差し出した。

「へ? 紹介状って家宛に?」

 宮司は紹介状を眺める。確かに、宛名の所に宮司の祖父の名前が書いてあった。

「はい、老人に渡せばきっと便宜をはかってくれるだろう、と言っていました」

「うーん、とりあえずじいちゃんに聞いてみるか。今は本堂に居るだろうから行ってみよう」

「ありがとうございます」

「ありがとー、宮司おにいちゃん!」

「すまぬな、宮司」

「いいって。早く行こうぜ」

 四人は宮司を先頭にして、本堂へ向かった。

「じいちゃーん、いるかー」

 宮司が声を掛けると、奥から老人が出てきた。

「どうしたんじゃ、宮司」

「これなんだけど」

 宮司は紹介状を老人に渡す。老人は、受け取って差出人の名前を見ると表情を変えた。

「ふむ、立ち話も何じゃ。宮司、その方たちを居間に通しなさい」

「ん、分かった。じゃ、ついて来てくれ」

四人は居間に向かった。居間に着くと宮司は人数分のお茶を入れた。

「すいません。頂きます」

 四人が一息ついていると、老人が少し遅れてやってきた。

「待たせてしまって悪かったのう」

「いえ、紹介状呼んで頂けましたか?」

「勿論じゃ。事情は分かったんじゃが一つ条件があるんじゃ。君たちにも泊める代わりにバイトをして貰いたいんじゃがいいかい?」

「はい、やらせて頂きます。ご厚意厚く痛み入ります」

「ありがとう、おじいちゃん」

「ほっほっほ、悪いんじゃが、部屋がなくてのう。ベレイさんとバレットさんは同じ部屋になってしまうがいいかのう?」

「大丈夫です。バレットもいいですよね?」

「うん! お姉ちゃんと同じへや~」

 宮司は、老人とベレイたちの話に区切りがついたのを見計らうと、老人に疑問を投げかける。

「ところでさ、じいちゃんはなんで魔界のこと知ってるんだ?」

「そうじゃのう。もう宮司に話してもいい頃かのう」

 老人はもったいぶる様にお茶をすすった。

「もったいぶらないで教えてくれよ」

「剣道場に飾ってある刀があるじゃろう?」

「ああ、天叢雲剣だろ? ヤマタノオロチから出てきたっていう」

「そうじゃ。今でこそこの神社も、天叢雲剣を祀っているだけじゃが、昔は違ったんじゃ魔界に、魔鏡が出来た頃は、魔人や魔獣が好き放題に日本にやってきてのう、その中にヤマタノオロチが居ての、そいつを倒したら天叢雲剣がでてきたんじゃ」

「不思議な事にこの刀は恐ろしいほど切れ味が良くしかも刃毀れしないんじゃ。その後は持ち主を転々としていたが、今から五百年ほど前に、国で魔人魔獣対策本部を作る事になった時に国に献上されたんじゃ」

「その対策本部がこの神社なのか?」

「そのとおりじゃ。神社を建てて、その隣に剣道場を建てたんじゃ。剣道場に天叢雲剣を祀り、日々剣術の鍛錬をして、魔人や魔獣が現れたら一番の使い手が天叢雲剣を持って退治にいったんじゃ。しかし今から二百年ほど前に魔界に魔界総括本部が出来て、魔人や魔獣が自由に行き来できなくなったんじゃ」

「そして初代魔皇帝と話をして同盟を結ぶと魔人たちと協力して残党狩りをしたんじゃ。それから対策本部は解体されてしまったが、この神社は天叢雲剣を祀るのと、魔界との繋がりを保つために残されたんじゃ。最初の頃は、まだ規制魔術が完璧じゃなくてこの神社も色々動いたもんじゃが、魔術が完璧になってからは、神主になった時に大魔王と魔皇帝と挨拶を交わすぐらいしか交流もないがのう」

「そんな事があったのか」

「話も終わった事じゃし、ベレイさんたちを客間に案内してあげなさい。わしは本堂に戻るからの」

 老人は立ち上がると居間を後にした。

「ん、じゃあ、ベレイさんとバレット着いてきてくれるか?」

「はい」

「うん」

「私も服をしまいに行くぞ」

 クヴィネたちは各々荷物を持って宮司の後ろに着いて行った。

「そういえば、ベレイさんとバレットは姉妹なのか? 姉妹で魔王の側近ってかなり凄いな」

「いえ、私とバレットは血は繋がってませんよ。実の妹のように愛してますが」

「私もお姉さまが、本当のお姉さまだったらって何時も思ってます!」

「へー、ここがお前らの部屋な。俺は買った物片付けないといけないから、クヴィネにトイレとか案内してもらってくれ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、クヴィネ頼んだぞ」

「うむ、任せておけ」

 宮司は早足でその場から立ち去った。

「よし、荷物を置いたらまたここに集合だ。よいな?」

「はい」

「了解です隊長!」

 バレットが胸を張って敬礼した。クヴィネも敬礼を返すと部屋に消えた。しばらくして三人とも部屋から出てきた。

「よし、全員そろった所で行くぞ」

「お願いします」

「しゅっぱつしんこー!」

 クヴィネはまずトイレへ向かった。

「ここがトイレだ。なんとここを押すと水が流れる、凄いであろう?」

 クヴィネが得意げに言う。

「わぁ~、流石です、魔王さま!」

「へぇ、これは凄いですね」

 ベレイが眼鏡をくいっとしながら言った。

 次に風呂場へ向かう。

「ここが風呂場だ、石鹸は体用と、髪用があるから気をつけるんだぞ」

「はい、魔王さま!」

「分かりました」

「まあ、こんな所だな。居間に戻ろう。あと、私のことはクヴィネと呼ぶんだ、誰かに聞かれたら面倒だからな」

「承知いたしました。クヴィネ様」

「分かりました。クヴィネさま!」

 クヴィネたちは居間へ戻った。

「宮司、案内終わったぞ」

「おう、ご苦労さん。ベレイさんに、バレット、これ歯ブラシな。垢すりはどうすっかな」

「垢すりなら、私のを三人で使おう。いいだろう?」

「クヴィネさまがお気になさらないのなら大丈夫です」

「私も平気だよ」

「そうか、助かるよ。服はあるのか?」

「勿論です。異国に行くのですからそれ相応の準備はして着ています」

「バレットも手伝ったんだよ!」

 バレットが飛び跳ねる。

「・・・・・・クヴィネ、今の言葉を聞いて思う所あるか?」

「うむ、さすが私の側近だ。日ごろ私の行いを見ているだけあるな」

「そうだな、お前はいい反面教師になりそうだ」

「む、馬鹿にするでない。こちらへは何が起こってもいい様に身軽な格好で着ただけだ」

「どうだかな」

「本当だ。魔界の私は完璧だぞ」

「そうですか? クヴィネ様は日頃から適当だった気がしますが」

「おい、いらぬ事を言う出ない。私の威厳が消えていくであろう」

「安心しろ。お前の威厳は殆ど残ってないから」

「なん・・・・・・だと・・・・・・」

 クヴィネは、その場で膝をついた。

「クヴィネさま! 元気出してください! クヴィネさまは格好いいです!」

 すかさずバレットがクヴィネに駆け寄って励ます。

「そうか?」

「はい! この世で一番格好いいです!」

 バレットは、胸の前で握りこぶしを二個作る。

「ありがとう、バレットのおかげで元気が出たぞ」

「クヴィネさまが元気になってくれてよかったです!」

 クヴィネと、バレットは抱き合った。

「仲いいなお前ら」

「バレットはクヴィネ様の侍女ですからね。接する機会も多いですし、それにバレットは子供ですから、気兼ねせずに付き合えるのも大きいのでしょうね」

「そうか、確かに魔王ともなると、周りには腹に一物抱えた奴が多そうだもんな」

「そのとおりです、相手の野心やもくろみをうまく利用しなければなりませんから、そうとう大変な仕事です。だからこそ、何の思惑もく純粋に自分を好いてくれる子供のバレットを侍女にしたんだと思います」

「魔王でも俺と同い年なんだもんな。そりゃ逃げ出したくもなるよな」

 二人はしばらく、クヴィネとバレットの戯れを見ていた――。

 九時頃、宮司が机に夕飯を並べ始めた。

「宮司の作る料理は凄く美味いからな。覚悟しておくのだぞ」

「それは楽しみですね」

「宮にぃのごはん、楽しみです」

「宮にぃ?」

「はい、宮司おにいちゃん、略して宮にぃです。駄目ですか?」

「いや、構わないけど。あと、そんな期待しないでくれ」

「自信を持て、君の腕前はかなりのものだ。私が保証しよう」

 クヴィネが、自分の胸を叩く。

「褒めてくれるのは嬉しいけど、あまりハードルを上げないでくれ」

「自信を持つんじゃ。宮司の料理は美味いぞ」

「じいちゃんまで・・・・・・」

 配膳が終わると全員席に着く。

「頂きます」

 四人も老人に続いて、頂きますと言った。

「うむ、今日のご飯も美味いな」

 クヴィネは肉じゃがを一口食べると感嘆の声を漏らす。

「とても美味しいです。さすが、クヴィネ様を唸らせるだけありますね」

「宮にぃ、凄く美味しいよ」

「ほっほっほ、好評でよかったのう宮司」

「ああ、口に合ったようで良かったよ。しかし、こう人数が多いと食卓が賑やかになっていいもんだな」

「そうじゃな、最近は宮司とわしの二人だけだったからのう」

「私もこんな食卓は久々だが、大人数での食事はやはり良いものだな」

「ベレイたちと一緒に食わないのか?」

「私達も誘ってはいるのですが、クヴィネ様がその都度お断りになるのです」

 ベレイが、残念そうに言った。

「そのような顔をするでない。ベレイたちの気持ちは嬉しいのだが、私の都合で食事を待たせるのは悪いからな」

「今日からは一緒に食べられますね」

 バレットが、嬉しそうに言う。

 クヴィネはバレットの頭を優しく撫でた。

「そうだな、私も嬉しいぞバレット」

 なごやかな雰囲気のまま晩餐は、その幕を閉じた。

「宮司様、私も後片付けを手伝いましょう」

「いや、後片付けは俺がするから気にすんな。それより風呂沸いてるから、女性から先に入っちゃってくれ」

「クヴィネさま一緒にはいろう! お姉さまも!」

「ほら、ベレイも呼んでるし、ここは俺に任せてクヴィネたちと風呂入って来いって」

「すいません。ではお先に頂きます」

「頂きます」

「頂きまーす! お姉さま、クヴィネさま早く行こう!」

 クヴィネとベレイは、バレットに手を引っ張られながら、脱衣所へ向かった。脱衣所に着くなりバレットは嬉々として飛び跳ね始めた。

「やったーお姉さまにクヴィネさまとおっふっろ~」

「ほら、バレット騒いでないで早く服を脱ぎなさい」

「はーい」

 三人は服を脱ぐと、浴室の扉を開けて中に入った。

「クヴィネさま、お背中流します!」

「ありがとう、頼むぞ」

 クヴィネから垢すりを受け取るとバレットは、一生懸命に背中を洗い始めた。

「どうですか? クヴィネさま」

「うむ、気持ち良いぞ。どれ、お返しにバレットの背中を流してやろう。垢すりを貸してみろ」

「ありがとうございます! クヴィネさま」

 クヴィネは、バレットと場所を代わって垢すりを受け取ると、バレットの背中を流し始めた。

「どうだ? 気持ち良いか?」

「はい!」

「良かったですね。バレット」

「バレットの背中が終わったらベレイも流してやろう」

「クヴィネさまに、背中を流させるなど、恐れ多いです」

「遠慮するでない、風呂に上下関係などない。ほれ、バレット、ベレイと代わるのだ」

「はい、お姉さまどうぞ」

 クヴィネは、バレットが退いたのを確認すると腰掛を叩く。ベレイは恐縮した様子で腰掛に座った。

 クヴィネは、ベレイの背中を流し始めた。

「クヴィネさまに、背中を流して貰えるなんて恐悦至極です」

「そうかしこまるな。どうだ力加減は丁度良いか?」

「はい、丁度いいです」

「しかし、ベレイの肌は雪のように白いな。羨ましいぞ」

「そうですか? 私はクヴィネ様の肌の方が健康そうで好きですよ」

「私は両方とも大好きです!」

 クヴィネとベレイの間に、バレットが飛び込んだ。

「危ないぞ、バレット」

「そうですよ、頭でも打ったらどうするのですか?」

「えへへ、ごめんなさーい」

「まったく、ほら、頭を洗ってあげますから、いらっしゃいバレット」

「はい、お姉さま」

 ベレイは、バレットの猫耳に魔法をかけて水が入らないようにすると、シャワーでバレットの頭にお湯をかける。程よく湿らすと、シャンプーを垂らして洗い始めた。

 クヴィネは静観していたが、しばらくすると頭を振って、頭を洗い始めた。

「はい、終わりましたよ」

 バレットは頭を振るってしずくを飛ばすと、そろそろと足から湯船に付け始めた。身体全部が浸かると顔を緩めた。

「ふへぇ~」

 クヴィネは、だらしない顔のバレットを見て、笑みをこぼした。

「気持ちいいか?」

「気持ちいれふ~」

 頭を洗い終わったベレイも湯船に浸かった。

「確かにこれは、良いお湯ですね」

 クヴィネは、お湯に浮いているベレイの胸を見ながら呟く。

「・・・・・・なあ、ベレイ。胸、大きくなってないか?」

「そうですか? 気のせいだと思いますよ」

 ベレイは、腕で胸を押さえつけた。

「いや、気のせいな筈がない。ベレイの胸が大きくなったのは、太陽が東から上るかのごとく、まごうことなき事実だ」

「その、大きくなったといっても五ミリ程です。それもクヴィネ様とお風呂に入ったのは五年前ですから、そこまでの変化ではありません」

「それは、長い年月を物ともせず、一向にその姿を変える気配のない私の胸に対する当て付けか?」

「・・・・・・すいません、今すぐ私の胸を抉ってクヴィネ様に献上いたします」

「・・・・・・すまない、そこまで真に受けるとは思わなかったのだ」

「クヴィネさま、私も同じくらいだから、元気出してください」

「う、励ましてくれようとした心はありがたく受け取っておこう・・・・・・」

「バレット、それでは追い討ちになってますよ」

「ごめんなさい・・・・・・」

「謝らないでくれ、私がベレイの胸に触れたのが悪かったのだ」

「そうだ。クヴィネ様、胸は揉むと大きくなると聞いたことがあります」

「ああ、それは迷信だ。まったく、世の中にはくだらぬ嘘が溢れかえっておるな」

「クヴィネ様・・・・・・」

 ベレイが、クヴィネのことを雨に濡れた子犬を見るような目で見つめた。

「みなまで言わないでくれ・・・・・・」

「はい・・・・・・その、健闘を祈っております」

「ああ・・・・・・ありがとう」

 よほど疲れていたのか、バレットが舟をこいでいた。

「バレット、バレット、お風呂で寝ないでください」

 ベレイが、バレットの体をゆする。

「んむ、眠ってないもん、まだクヴィネさまとお話しするもん・・・」

 バレットは、目をこすって懸命に起きようとした。

「明日も話せる。だから今日はもう寝よう」

 クヴィネが、バレットの頭を撫でながら言った。

「ん~」

「ほら、歯は私が磨いてあげますから、寝ましょう?」

「ん」

 ベレイは、バレットを抱いて、湯船から出るとバレットを腰掛に座らした。

「口を開けてください」

「あ~」

「良い子ですね」

 ベレイは、そう褒めると磨き始めた。

「はい、いーしてください」

「い~」

「はい、出来ました。お口、ゆすいでいいですよ」

 ベレイに言われて、バレットは口をゆすぎ始めた。

「それでは、着替えて寝ましょうね」

 ベレイは、半分意識の飛んでいるバレットを抱き上げると、脱衣所へ向かった。

「すいません、クヴィネ様。お先に失礼します、おじ様によろしくお伝え願えますか?」

「うむ、任せておけ」

「では、お休みなさい」

「ああ、お休み」

 ベレイは頭を下げると浴室を後にした。

 クヴィネは、そのまま湯船に浸かっていたが、しばらくして湯船から上がった。脱衣所に行き、体を拭いて服を着ると居間へ向かった。

 宮司は、自分の部屋に行っているのか、居間にはテレビを見ている老人が一人いるだけだった。

「お風呂ご馳走様でした、ベレイがよろしくと言ってました」

「そうかい。湯当たりでもしたのかい?」

「いえ、バレットが疲れてお風呂でねてしまったので、ベレイが客間まで運んでるんです」

「バレットさんはしゃいどったからのう」

「そうですね。私も先に休ませて頂きます」

「ああ、お休みなさい」

 クヴィネは老人に頭を下げると、居間をでて客間へ向かった。客間に着くと寝る準備を始める。

 準備が終わると布団にもぐりこみ、まぶたを閉じて意識を眠りへといざなうと、すぐに夢の世界へ旅立った――。


 馬車の窓から覗く空は、鉛のように重く今にも雨が降り出しそうな曇天で、気分を晴らすどころかイライラに拍車をかける。

 銀髪の少女は、肘置きを指で腹立たしそうに叩いていた。

「はぁ」

 銀髪の少女が溜息をつくと、隣に座っていたお目付け役が口を開く。

「どうなさいました?」

 銀髪の少女は、眉根を寄せながら不機嫌そうな様子で答える。

「どうしたもこうしたもあるか。おいつめ、休日に呼び出したと思ったら、グチグチ小言をいいおって」

 お目付け役は手馴れたように話をそらす。

「そう、怒ってばかりいると、せっかくのお顔が台無しですよ。それにあの方も、貴女のことが心配なのです」

 銀髪の少女は眉に込めた力を抜くと、深呼吸をして落ち着こうとする。

「それは分かっている、分かっているからこそ気に食わなぬのだ。皆が言うように、あの椅子はあいつが座るべきだった、なのに、あいつが私に変な気を使って、辞退などするからッ・・・・・・」

 銀髪の少女は歯を食いしばりながら、途切れ途切れに言った。

「肩の力を抜いて、慌てず、一歩一歩頑張りましょう? 貴女は少し気張りすぎてますから」

 お目付け役は、銀髪の少女の頭を掻き抱いて、豊満な胸に押し付ける。

「ッ・・・・・・」

 銀髪の少女は少し身じろぎしたが、すぐに体を預けた。

「大丈夫です、他人が何を言おうと気にしないでください。私は、貴女がどれだけ頑張っているか知っていますから」

「ああ・・・・・・」

 ぽつぽつと、馬車の窓に水滴がぶつかり始めた。次第に雨粒の落ちる間隔が短くなり、窓から見える景色を歪める。

 銀髪の少女は、胸から顔を上げると呟いた。

「雨だな・・・・・・」

「そうですね。王宮まで持ってくれれば良かったのですが、まあ、ここらは石畳ですから、車輪がぬかるみに嵌る事はないと思いますよ。」

「そうだな・・・・・・」

 銀髪の少女は、窓にもたれかかり延々と続くかのような木々を、ぼんやりと目で追っていた。

 馬の蹄鉄と馬車の車輪が石畳を嬲る音に、馬の鳴き声が加わったかと思うと、馬車は急停止した。

「おわっ!?」

 銀髪の少女が前につんのめる。

 銀髪の少女が壁に頭をぶつけそうになったところで、お目付け役が体を支えた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう、助かったぞ」

「それなら良かったです」

 お目付け役は、操縦士の後ろにある小窓をあけて、話しかける。

「どうしたのですか?」

「申し訳ありません。道に子供が飛び出てきまして、馬が驚いちまったんです」

「轢いたのですか?」

「いえ、轢きはしませんでしたが、驚いて気絶したようです、今すぐ端に寄せるので待っていてくだせぇ」

 操縦士が、御者台から降りようとすると、銀髪の少女が食いつく。

「助けてやらないのか?」

「へぇ、こんな土砂降りの中一人で居るって事は、どこからか逃げ出してきた奴隷でしょう、わざわざ関わる事ねぇですよ」

「そうか・・・」

 銀髪の少女はうつむいた、まだ年端も行かない少女には厳しい現実だったようだ。それを察したのか、操縦者はすぐに話しを終わらせようとした。

「じゃあ、退かしますからちょっと待っててくだせぇ」

「待て」

「へ?」

 操縦者が素っ頓狂な声を上げて、銀髪の少女の方を向く。銀髪の少女は、真っ直ぐに操縦者の目を見ながら、ハッキリとした声で言った。

「決めた、助けるぞ」

 操縦者が驚いたように聞き返す。

「そりゃあ、正気ですか? 一時の気の迷いで拾っても子供が不幸になるだけですぜ。第一、奴隷を王宮に連れ帰ったら、また貴女様がにらまれっちまう」

 操縦士は心底心配した様子で言う。

「気持ちは嬉しいが心配はいらぬ。あやつらの戯言など無視すればいい、それに侍女も欲しかった所だしな」

 操縦士は頭を振る。

「貴女様は優しすぎまさぁ。・・・・・・どれ待っていえくだせぇ。私が今すぐつれて来ましょう」

「よい、私が行く、男だと驚くかも知れんからな」

 銀髪の少女は、お目付け役に目配せした。

「はい」

「気をつけてくだせぇ」

「ただの子供だ。君は心配性すぎる」

 銀髪の少女が、何か呟いてから外に出る。

 銀髪の少女に雨粒が当たりそうになった瞬間、雨粒が何かにぶつかった様に銀髪の少女の周りをつたって地面に落ちる。

 銀髪の少女とお目付け役は、倒れて微動だにしない子供に近づいた。遠くからでは雨のせいでよく見えなかったが、間近にすると、見るに耐えないほど酷い有様であった。

 伸び放題の髪はぼさぼさで土やら何やらで薄汚れている。ペラッペラの服から覗く肌には、切り傷や痣が数え切れないほどあり、足かせのついた足首は皮膚が剥がれ真っ赤に染まっていた。裸足だったせいか爪は割れ、足の裏はズタズタで惨状をきしていた。

 銀髪の少女は、ワナワナ震えながら拳を握り締める。

「こんな、こんな事が許されるのか!」

 銀髪の少女が声を張り上げる。

「今、そのような事を言っても始まりません。早く子の子を連れて帰ってあげましょう?」

 銀髪の少女の口から一筋の赤い線が延びる。

 銀髪の少女はその場に座り込むと足かせに手をかざす、すると足かせが音を立てて真っ二つに割れた。

 銀髪の少女が子供を触ろうとすると、子供が目を覚ましたようでむくりと起き上がる。

 子供はすぐに状況を理解したらしく怯えたように謝りだした。

「すいませんすいませんすいませんすいません道をふさいですいませんすぐ退きますから殴らないでください」

 そう懇願しながら、端まで這って行こうとする子供の顔は、晴れ上がっており、片方のまぶたはほとんど開いていなかった。

 銀髪の少女は、子供に近づくと強く抱きしめた。子供は身を強張らせながら、短く悲鳴を上げる。

「ひっ・・・・・・」

「大丈夫だ、何もしない」

 銀髪の少女はそう言って、お目付け役に目配せする。お目付け役は頷くと、子供に幻術をかけ、眠らした。

 銀髪の少女は子供を抱き上げると馬車に戻った。 

 そこで意識が飛び無の状態になった。そこは上も下も分からない、もはやそういう概念が存在しているのかすら疑わしい場所だ。

 足が地につかず、何も見えない、何も聞こえない、何も触れない、暖かさも冷たさも何も分からない、感覚どころか、種としての優劣さにさえ意味を持たさせないこの空間は、己の自尊心、優越感を容赦なく打ち砕き、己の無力さを、無能さを、ひしひしと痛感させる。だがそれも束の間の出来事で、次の瞬間には、世界は色を取り戻していた。


 夜中の二時頃、クヴィネはあまりの寝苦しさに目を覚ました。

 夢の内容は思い出せない。しかし体中にじっとりとかいた気持ちの悪い汗が、決して良い夢ではなかった事を物語っている。

 クヴィネは半身を起こし深く息を吐き出すと、冠水瓶から水をコップに注いで飲み干すカラカラだった喉に潤いが戻り、胃にひんやりとした心地よい感覚が広がる。

 クヴィネは、汗をタオルで拭おうと思い立ち、洗面所へ向かうことにした。

 縁側の雨戸は家屋に湿気や熱を篭らせないためなのか開け放たれていた。

 クヴィネは、無用心だな、と思いながらも感謝した。

 森林で冷された空気は風にのってクヴィネの体を撫でると、汗を連れてどこかへ消えてゆく――。

 

「はぁ、変な時間に起きちゃったな。お茶でも飲むか・・・・・・」

 そう呟くと、宮司は起き上がって居間に向かった。

 居間の前の曲がり角を曲がると、クヴィネが縁側に立っていた。

 雲一つない夜空に浮かぶ満月は、煌々と辺りを照らしている。

 クヴィネはその月光を一身に受けていた。クヴィネの銀の髪は、月の光を柔らかく反射している。透き通るような紫の瞳は月明を、夜空にきらめく無数の星のように、瞳一杯に輝かせている。

 その姿は宮司が今まで見たどんなモノより美しく、宮司の心を虜にした。

 宮司が見惚れていると、クヴィネが髪をなびかせながら振り向いた。

「ん? 居たのか。話しかけないから気づかなかったぞ」

「悪い悪い、見とれちゃって・・・・・」

 宮司の口から本音がポロリと出てしまった。

 クヴィネの驚いた顔を見て宮司は、慌てたように宮司は訂正した。

「いや、月な、月。綺麗な満月だなって」

「・・・・・・ああ、そうだな。見事な満月だ。いつまでも眺めていたくなる」

 満月、か。それはそうか、まだ会って二日も経っていないしな・・・・・・。私のことだと思うなど、我ながら自意識過剰だな。そもそも、なぜ、勘違いだったからといって気分が沈むのだ。自分のことながら理解に苦しむ。はあ、満月でも見て気分を落ち着かせることにするか。

「私は、もう少しここで月を眺めることにするよ」

 そう言って縁側に腰掛けたクヴィネの顔が一瞬陰ったような気がした。少なくとも宮司の目にはそう見えたのだ。そんなクヴィネを一人に出来ないと宮司は思い提案した。

「なあ、お茶でお月見といかないか?」

「ん? 君は君は何か用事があって起きただけじゃないのか? わざわざ私に付き合う必要などないぞ」

「気にすんな。お茶のみに起きただけだし、俺も満月みたいからな」

「そうか、ありがとう」

 クヴィネがやんわりと笑う。 

 宮司は、クヴィネの笑顔にドキドキしながら台所へ消えた。

 少しして、空を眺めるクヴィネのもとにお盆にお茶を載せた宮司が戻ってきた。

「ほら、お茶だぞ」

 クヴィネは宮司からお茶を受け取ると意外そうな顔をした。

「暖かいな」

「昨日苦手だって言ってたからな。それに夜はまだ寒いし」

 宮司が、そっぽを向いて答える。クヴィネは小さく、ありがとう、と呟いてお茶を一口飲んだ。

 若干冷えすぎた体に、お茶の程よい温かさがしみる。 

 二人で緩やかに流れる時間を堪能していると、クヴィネが唐突に口を開いた。

「なあ、宮司」

「ん? 何だ」

 宮司がクヴィネのほうを向いて返事を返す。

 クヴィネは少しの間うつむいたがすぐに宮司の目を真っ直ぐみて、思い切ったように声を発した。

「私達、前に一度、会っていないか?」

「うーん、会ってないと思う・・・・・・けど」

「そうか・・・・・・」

 宮司は、クヴィネを不思議そうに眺める。

「どうしたんだ? 急に」

「いや、何でもない。変な事を聞いたな、忘れてくれ」

 クヴィネは、宮司から目線を外すと再び満月を見つめた。 

 月影がクヴィネの寂しげな顔を映し出す。宮司は自分の胸がチクリと痛むのを感じながらも、何も言う事ができなかった――。


 朝六時頃、クヴィネは目を覚ました。洗面所で顔を洗い居間に行くと、ベレイとバレットは既にご飯を食べ始めていた。

 クヴィネも席に着き、宮司との間に微妙な雰囲気を漂わせながら、朝食を食べ始めた。

 ベレイとバレットが、一足先に食べ終わった。

「ご馳走様でした。美味しかったです」

「ご馳走様! 美味しかったよ宮にい!」

 ベレイとバレットは、食器を台所に持っていくと、クヴィネに挨拶をして居間を出て行った。

 クヴィネは、宮司が居間を出るのを確認すると、一人反省会を催した。

 うぅ~、なぜあんな事を聞いてしまったんだ。そのせいで微妙な雰囲気になってしまったではないか。

 クヴィネは頭を両手で抱えて机に突っ伏した。

 最悪だ。これからずっとこのような空気が流れ続けるなど耐えられぬ・・・・・なんとか、何とかせねば。

 クヴィネが、悶々と考えを巡らせていると、肩をいきなり叩かれた。

「うひゃぁ!」

 クヴィネが悲鳴を上げて振り返るといつの間にか宮司が戻ってきていた。

「おぉ、悪い。そんな驚くとは思わなくて」

「驚くに決まっているだろう。心臓が飛び出るかと思ったぞ」

「それはそれで一度、見てみたいな。やってみてくれよ」

 宮司が笑いながら、無理難題を言った。

「物の例えだ。本当に出来るわけないであろう」

 クヴィネも笑いながら答えた。

 宮司はまったく意に介してないのか。これでは気にしていた私が馬鹿みたいではないかだが、まあ良かったかな。

「そうだ、クヴィネ。そろそろ本堂に行った方がいいと思うぞ」

 クヴィネは宮司の言葉を聴いて、時計に目を向ける。時計は七時十分頃を指している。バイトは七時半から始まるので、確かに宮司の言うとおりぎりぎりだ。

 クヴィネは慌てて立ち上がると、宮司にお礼を言った。そして宮司の、頑張れよ。の声を合図に走り出した。

 クヴィネは息も絶え絶えに更衣室に着くと、息を整えながら着替え始める。

 着替え終わると、時計をチラリと見た。時刻は七時二十五分、更衣室から本堂まではさして距離はない、何とか間に合いそうだ。

 クヴィネは安堵の溜息を漏らすと、早足に本堂へ向かった。

 本堂に入るとすでにベレイとバレットが巫女装束に身を包み待機していた。

「クヴィネ様、ギリギリです。もう少し余裕をお持ちになられた方が良いですよ」

「すまぬな、明日から頑張ろう」

「よし全員揃ったようじゃな。説明を始めるぞ。クヴィネさんは昨日と同じように階段の掃除を頼むぞい」

「はい」

「ベレイさんとバレットさんは境内の掃除を頼みますぞ。終わったらわしの所へ来ておくれ本堂におるからの」

「分かりました」

「ましたー!」

「じゃあ、クヴィネさん二人を掃除用具のある所に案内してもらっていいかい?」

「勿論です」

 クヴィネは二人を着いてくるよう促すと掃除道具のある場所に案内した。そして、自分用の掃除道具を手に取ると階段へ向かう。

「さて、始めるとするか」

 クヴィネは、そうひとりごちると、掃き掃除を始める。

 今日も、夜の涼しさなどなかったかのように暖かい。しかし、周りの木々の葉をたっぷりと蓄えた枝のお陰で、直射日光が当たらないのでまだましな方だ。

 この木々が生えていなければ掃除の間中、太陽が真っ向から照らしてくる。

 クヴィネが黙々と掃き掃除をしていると昨日会ったおばあさんが優しい笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「こんにちは。ご精がでますねぇ」 

「こんにちは。これも仕事ですから」 

 クヴィネははつらつとした笑顔で答えた。

「そうそう、昨日この町で凄い恐ろしい野良犬が、目撃されたらしいから気をつけてね。ここら辺森だから隠れてるかもしれないわ」

「ありがとうございます。おばあ様も気をつけてくださいね」

「ありがとう。それじゃあ頑張ってね」

「はい」

 クヴィネはその後も何人かと挨拶を交わしながら階段の掃除を終わらせた。そして本堂へ戻り老人から言われた雑務をこなし始める。途中で境内の掃除を終わらせた、ベレイとバレットも加わった。

 昨日と同じように、十二時半に老人が入ってきて、バイトの終了を告げた。

 老人と、一言二言言葉を交わすと、クヴィネたちは更衣室へ向かった。

 更衣室へ着くと、バレットは慌てながら着替え始めた。

「そんなに急いでどうしたのだ? バレット」

「トイレ行きたくて」

「そうか、巫女装束は私が片付けておこう。早く服を着て、トイレに行くがよい」

「ありがとうございます!」

 バレットはお礼を言いながら服を着ると、更衣室を飛び出していった。するとベレイが、巫女装束を脱ぎながら話しかけてきた。

「今日は久しぶりにクヴィネ様がお仕事をするお姿を見れた気がします。ここまで熱心に勤められたのは、奴隷制度廃止のとき以来ですかね?」

 ベレイが、娘の成長に喜ぶ親のように優しく微笑みながら言う。

「心外だな、ベレイの執務室に来る時間がたまたま休憩時間なだけだ。いつもそれなりに頑張っているぞ。それに奴隷制度廃止は特別だ、あれほど頑張る事は向こう何年かはないだろうな」

 クヴィネはバレットの巫女装束を畳みながら答えた。

「それは残念ですね。あのときの勇ましいクヴィネ様はもうお目にかかれないのですね」

「もうこりごりだ。あの一件で田舎貴族共と一戦交える事になってしまったしな。都市近郊の貴族が全員賛成じゃなかったらもっとゴタゴタしただろうな」

「懐かしいですね。またあのような血湧き肉躍る戦いをしたいものです。大義名分の下に幾千の敵を薙ぎ払う。ああ、思い出すだけで身震いが止まりません」

 ベレイがうっとりとした顔で行った。

「相変わらずベレイの本性は見た目と相反しておるな」

 クヴィネは苦笑いしながら答えた。

「バレット、ただいまもどりました!」

「バレットも戻った事だし、居間に帰るとするか」

「そうですね」

 三人は着替え終わると、居間へ向かった。

 居間に戻ると、宮司唸りながら何かを書いていた。

 クヴィネが宮司の後ろから覗き込む。ノートになにやら数式が書き込まれている。

「ん? お疲れ様、昼飯は冷蔵庫に入ってるぞ」

「うむ、ありがとう。宮司は何をやっておるのだ?」

「ああ、宿題だ。高校から出される課題みたいなもんだ」

「ふむ、難しいのか?」

「まあ、難しいな。俺が馬鹿なだけな気もするけど・・・・・・」

 宮司は、自分で馬鹿と言っておいて凹んでいるようだ。

「のう、宮司」

「ん?」

「ここの途中式、計算間違っていないか?」

 クヴィネは、先ほど宮司が頭をフル回転させて解いた問一を指さした。

「え? まじで」

「違っていたらすまないが、ここはこうじゃないか?」

 クヴィネは、宮司の手からシャーペンを取るとノートの端に、問一の計算式を書き始める。その計算式をみて宮司は自分の計算が間違っていた事に気が付いた。

「どうだ?」

「ああ、俺が間違ってたよ・・・・・・」

 宮司が机に顔を寝かせながら呟いく。

「うう、俺の三十分はなんだったんだ・・・・・・」

 クヴィネのもとに、バレットが笑顔でお盆を持って寄ってきた。

「クヴィネさま、昼食です!」

「おお、すまないな。ありがとう」

 クヴィネはバレットの頭を撫でると、宮司の隣に座り昼食を食べ始めた。

「それにしても、お前、良くこんな数字と記号の羅列が理解できるな」

「そうか? 公式さえ覚えればあとは、それなりにやれば出来るではないか」

「俺は今、お前との決定的な差を発見したよ・・・・・・」

「そうくさるな。私も数をこなしたからできるだけだ。宮司も頑張れば出来るようになるさ。何ならベレイに教わるといい、かなりの鬼講師だぞ」

「どうですか? 宮司様」

 ベレイはニッコリと笑った。

「遠慮しとくよ。怖そうだし」

 そう言って宮司は再び宿題に取り掛かった。クヴィネはそれを眺めながらソーメンをすすった――。

「ふう、ご馳走様」

「ご馳走様でした」

「さま!」

 クヴィネたちは立ち上がると台所に食器を置きに向かった。

「クヴィネ様は午後どうなさるのですか?」

「私は宮司に剣の稽古をつける予定だ。ベレイたちは私に構わず好きなことをやっていてよいぞ」

「バレットも剣術やるー!」

「だそうですので、私もお付き合いさせて頂きます」

 クヴィネは居間に戻ると宮司に話しかけた。

「宮司、それが一区切り付いたら剣術の稽古をやらないか?」

「そういや、今日だったな・・・・・・」

 宮司は少し考え込むと元気よく言った。

「よし! 付いた。今、一区切り付いたから始めようぜ」

「いいのか?」

「良いんだよ。体動かさないと頭動かないからな」

 宮司は、宿題の事を心配するクヴィネを、適当な事を言って丸め込んだ。

「宮司様、先延ばしにしても宿題は減りませんからね?」

 宮司の心臓にベレイの言葉がぐさりとささる。

「いい、良いんだ。明日から本気出すから・・・・・・」

「宮路様がいいのでしたら構いませんが、一つ忠告させて頂きます。私は、明日から本気出すと言って出した方を見た事がありません。私の傍にも一人居ます。このことを頭の隅にでもとどめて頂けたら幸いです」

「う、宮司! 私は一足先に剣道場に行かせて貰うぞ!」

 クヴィネが、罰の悪そうな顔をしながら、駆け出していった。

「あいつか・・・・・・。まあ俺のは本気と書いてマジの方だから、うん、大丈夫だ」

「そうですか。では行きましょう」

「ん? お前らも来るのか?」

「はい、バレットが剣術を教えて欲しいそうなので、迷惑でしょうか?」

「いや、全然いいぞ。子供用の竹刀も丁度あるしな」

「やったー、剣術っ剣術~」

 三人は宮司を先頭に剣道場へ向かった。

 剣道場に着いて、引き戸を開けると、クヴィネが剣道着に身を包み準備万端で立っていた。

「おそいぞ。宮司たるんでおるな」 

 クヴィネは先ほどの事などなかったかのように振舞っていた。

「悪い悪い。今から着替えるから待っててくれ」

 宮司は箪笥を漁ってベレイとバレット用の剣道着を探す。

「うーん、このくらいかな。ベレイさんこれ羽織ってみてくれ」

 宮司は、剣道着を差し出す。ベレイは受け取ると、ワンピースの上にかさねる。

「どうですか?」

「うん、丁度いいな。なら袴はこれでいいかな」

 宮司は袴を出すとベレイに渡すと、次はバレットのを探し始めた。

「俺の、小さい頃のがあったはず・・・・・・」

「おっ、あったあった。ちょっと大きいかもだけど我慢してくれ」

「ありがとう! 宮にぃ」

「着方はクヴィネに教わってくれ。俺は玄関で着替えてくるから」

 宮司は、剣道着を抱えて玄関に出た。

「ベレイは知っておるな?」

「はい、バレットの方をおねがいします」

「うむ」

 クヴィネは頷くとバレットに近づき、着方を教え始める。教え終わると、ベレイに確認を取ってから、宮司に声を掛けた。

「入っていいぞ」

 引き戸が開いて宮司が入ってくる。そのまま宮司は竹刀の所まで歩いていく。自分のとクヴィネにベレイの竹刀、それにバレット用の短い竹刀を手にとって、クヴィネたちの下へ向かった。

「はいよ。バレットはこの短いのな」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「ございます!」

「じゃあ、クヴィネ早速始めてくれ!」

「うむ、いいぞ」

「さ、バレット私達はあっちで練習しましょうね」

 ベレイがバレットを促がしてクヴィネ達から離れた。

「クヴィネさまも宮にぃも頑張ってね!」

「おう、ありがとよ」

 クヴィネたちは、ベレイたちが十分離れるのを確認してから打ち合いを始めた。

「胴があまいぞ!」

 クヴィネはそう叫びながら、胴へ一本入れる。宮司は、押忍と叫んで答えた。

「今度は肩が甘い!」

 クヴィネと宮司の叫び声をBGMにベレイたちは和やかに剣術の練習をしていた。

「これが基本の構えです」「

「こう?」 

 バレットが竹刀を重そうに揺らしながら正面に構える。

「そうです。次はそのまま上まで持ち上げて下ろしてください」

「えい!」

 バレットは、体全体で一生懸命竹刀を持ち上げて下ろす。竹刀の重さでそのまま前にこけそうになった。

「とっ、大丈夫ですか?」

「うん! ありがとう、お姉さま」

「もうへばったのか? 動きが鈍いぞ!」

 クヴィネたちは、かれこれ十分ほど打ち合っていた。宮司は疲労が溜まっているようだが、それとは対照的に、クヴィネは息も乱れていない。

「がぁ! まだまだァ!」

 宮司が叫んでクヴィネに突っ込む。ロウソクの最後の灯火なのか、宮司の太刀筋が繊細さをましてクヴィネに迫る。

 クヴィネは間一髪の所でよけると胴を打った。宮司は、燃え尽きたようにその場に倒れた。

「最後の太刀筋は中々良い線をいっていたぞ。」

 宮司は呼吸を乱しながら頷く。

「魔王に褒めてもらえて、嬉しいよ・・・・・・」

「よし今から十分休憩を取ろう。また倒れでもしたら大変だからな。何か飲むか?」

「サンキュ。スポーツドリンク、頼む。お前らも、飲んでいいぞ」

「ありがとう」

 クヴィネは冷蔵庫に向かった。そこからスポーツドリンクを四本取って、宮司に一本放ると、ベレイたちの下へ行った。

「バレットの稽古はどうだ? あと宮司からの差し入れだ」

「ありがとうございます。クヴィネ様、中々筋がいいですよ。宮司様はどうですか?」

「うむ、あと少しというところだな」

「クヴィネさま、どうですか!」

 バレットがクヴィネの前で、竹刀を振った。

「うむ、格好いいぞ」

 クヴィネは、バレットの頭を撫でた。

「えへへ」

「そうだ、ベレイ、君も宮司に稽古をつけないか?」

「私が、ですか?」

「ああ、良い経験になると思うのだ」

「いいですね。丁度体も鈍っていた所ですし。バレットは頼みます」

 ベレイがニコリと笑う。

「やった、クヴィネさまとお稽古ー!」

「うむ、任せておけ。宮司のことは頼んだぞ」

 ベレイは宮司の下へ向かった。

「宮司様、次は私と打ち合いましょう」

 ベレイは怖ろしいほどの満面の笑みを顔に浮かべた。

 宮司は自分の背中に悪寒が走るのを感じた――。

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