プロローグ
銀髪の幼女が、長身の体を真っ黒のコートですっぽりと覆っている男と一緒に石畳の上を歩いていた。
「ねえ、カンヌシさんってどこにいるの?」
銀髪の幼女が長身の者に話しかける。
「ん? ああ、この先の建物にいるんだ」
「ふーん」
銀髪の幼女は自ら話しかけたのに気のない返事を返す。
「なんだ、あんなに行きたがってたのにあまり楽しそうじゃないな」
「だって、なーんにもないんだもん。石で出来た高い建物がいっぱいあるって聞いたのになー」
どうやら銀髪の幼女は自分の想像と違っていたのがお気に召さなかったらしい。
「それは、ここが農作地帯だからだ。我らの国でも首都から離れると畑ばかりだろう?」
「そうだけど、つまんないもん。畑なんかきらーい」
銀髪の幼女は、頬を膨らませて不満をあらわにする。
「確かにそうだが、畑は国にとって必要不可欠な財産だ。君にもいずれわかる時が来るだろう」
「子供の私にはかんけいないもーん。私、探検してくる」
そういうと、銀髪の幼女は駆け出していった。しばらく走ると前方にチャンバラをしている男の子と女の子を見つけると、銀髪の幼女は物陰に隠れた。
銀髪の幼女が二人を羨ましそうに見ていると、後方から木の枝の割れる音がした。音の主を確かめるために銀髪の幼女は振り返る。そこには、暗がりで二つの目を不気味に光らせる謎の生き物がいた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
銀髪の幼女は、耳をつんざくような悲鳴を上げて、チャンバラをしている二人の下を目指して一目散に走り出す。
銀髪の幼女は、二人の下へたどり着くと、泣きながら女の子に抱きついた。
「え? え?」
女の子は急な出来事に戸惑いながらも、根が優しいのか、突き放すどころか逆に頭を撫でてあげていた。
「お前の友達か?」
男の子が銀髪の幼女を不思議そうに見つめながら、女の子に質問を投げかける。
しかし、女の子から返ってきたのは、質問の答えではなく悲鳴であった。
男の子が銀髪の幼女から視線を外し女の子の視線を追うと、口から長く鋭利な牙をのぞかし、よだれを滴らせる化け物じみた犬がいた。
男の子は一瞬ひるんだが、自分が唯一の男という使命感からか、すぐに顔を引き締めて子供用の短い竹刀を正面に構えた。
「さ、さがってろ」
男の子は一生懸命平静を装っているが、竹刀を持つ手と声が震えている。
しかし、眼差しだけは真っ直ぐに犬の目を見据えていた。
何分、いや数秒だったかもしれない、そう錯覚するほど極限の緊張状態で男の子は犬を睨み続けていたが、犬が視線を外し引き返していったことにより、ぷつりと糸が切れたようにその場にへたり込んだ。
女の子は泣きそうになりながらも、銀髪の幼女を抱いたまま、男の子に声を掛けた。
「だ、大丈夫?」
「あ、当たり前だろ、こんなの屁の河童さ」
男の子は立ち上がると、女の子の頭を撫でた。
「よかったぁ~」
女の子は安堵の声を漏らすと、銀髪の幼女にやさしく話しかけた。
「もう、大丈夫だよ。ワンちゃんはどっかいったから」
銀髪の幼女は恐る恐る胸から顔を上げて、辺りを見回す、辺りに犬が居ないのを確認すると、女の子の腰に巻きつけていた腕を解いて離れた。
「怪我、ないか?」
男の子はそう言って、銀髪の幼女の頭をやさしく撫でた。
「うん・・・・・・その、ありがとう」
銀髪の幼女は、涙を目に溜めたまま頭を下げた。
「気にすんな、困ってる人がいたら助けるのが男だって、じいちゃんも言ってたしな」
そう言って男の子は、わんぱくそうに歯をむき出して笑った。
銀髪の幼女も、男の子につられて笑顔を咲かせる。女の子は、笑いあう二人を嬉しそうに眺めていたが、しばらくすると話しかけた。
「ねえねえ、あなたも一緒に遊ぼうよ!」
「いいの?」
銀髪の幼女は遠慮がちに聞き返した。
「もっちろん♪ いいよね?」
「当たり前だのクラッカー!」
「ありがとう・・・・・・ありがとう!」
銀髪の幼女がにっこり笑いながらお礼を言った。
「へへっ、じゃあ何して遊ぶ?」
「何がしたい?」
「私は何でもいい、かな」
「うーん、じゃあ達磨さんが転んだやろう!」
「だるまさんが、ころんだ?」
「うん、ルール分かるか?」
銀髪の幼女は頭を横に振ると、男の子が銀髪の幼女にルールを説明した。
「分かったか?」
「うん」
「じゃあ、行くぞ。最初はぐーじゃーんけーん、ポン!」
「よし、最初は俺がだるまさんだな。ここからはじまりで、あそこのきがだるまさんの家な」
「うん」
「りょーかい」
男の子が指定した木まで走っていく。
「はじめるぞー!」
「うん」
「いいよー」
女の子と銀髪の幼女が声をそろえて「「始めの一歩」」と言って、一歩踏み出した。
「だーるまさんが」
男の子の掛け声とともに、女の子と銀髪の幼女は耳を澄ましながら歩を進める。
「こーろんだ!」
女の子はピタリと動きを止めたが、銀髪の幼女はふら付いてしまった。
「うーごいた」
「うぅ・・・・・・くやしい」
「待っててね、すぐに私が助けるから!」
「うん、待ってる!」
「へへっ、そう簡単には助けさせないぜ! だーるまさんが・・・・・・ころんだ!」
「その程度じゃ駄目だよ!」
「まだまだ。だーるまさーんがこー」
女の子は一気に男の子との距離を詰る。「切った!」そう言って女の子は、男の子と銀髪の幼女の繋いでいる手を、チョップで切った。
「よし、逃げろー!」
女の子が、銀髪の幼女の手を引っ張って走り出す。
「うん!」
銀髪の幼女も笑顔で走り出す。
「だるまさんがころんだ! ストップ! なーんぽ?」
「大股六歩!」
男の子が大股で近づいていった――。
それからしばらく色々な遊びをしていると、長身の者がやってきた。
「あ、もうお話終わったの?」
銀髪の幼女は、長身の者に駆け寄る。
「ああ、終わったよ。遊んでもらっていたのか?」
「うん、色々遊びを教わったよ」
「そうか、楽しかったかい?」
「うん!」
銀髪の幼女は満面の笑顔で元気良く答えた。
「それは良かった。私の子供と遊んでくれてありがとう。感謝するよ」
長身の者は怖がらせないよう、微笑みながらお礼を言った。
「へへへ、僕も楽しかったです」
男の子は、照れたように笑いながら答えた。
「うん、私も楽しかったです!」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいが、もう私達は帰らないといけないんだ。すまないね」
銀髪の幼女が顔を曇らせる。
「そっか・・・・・・残念だけどしょうがないよね、また一緒に遊ぼうね!」
「そうだよ、また一緒に遊ぼうぜ!」
銀髪の幼女は男の子と、女の子の言葉を聞いて、陰らせた顔をパァっと明るくした。
「うん! きっとまた遊びに来る! 絶対にまたくるよ!」
「ああ、待ってるぞ!」
「きっとだからね!」
男の子と女の子は笑顔で銀髪の幼女の手を握った。
「じゃあ、行こうか?」
「うん。またね!」
銀髪の幼女が手を目一杯振ると、女の子と男の子も振り替えしてくれた。
銀髪の幼女は、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
長身の者は、階段に着くと周りに人がいないのを良く確認して、懐から鏡を取り出し一言二言呟く、すると光に包まれて消えた――。