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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第九十八話 逃げる

 穴が開いたドアの向こうに、見慣れた少女と黒猫の姿が見える。


「刹那!無事かッ?」

「円!」


 どうやってここを突き止めたのだろう?いや、今はそんなことはどうでもいい。こちらには彼が――


「侵入者。ドクターは殺して良いって言ってた」


 Ωが右手を振りかぶる――まずい!


「危ない、避けろ!」


 Ωが凛へと詰め寄り、彼の鎌のようになった右手が凛へと振り下ろされる。凛は手に持った多節棍でそれを受け止め、はじき返す。まるで鉄同士がぶつかり合ったような鋭い音が部屋に響き渡る。


「ちゃんと持ってきといて良かったわ」

「まだ行くよ!」


 一度は下がったΩが再び凛に迫る。だが、不意を突かれたのならまだしも、正面から来ると分かっている敵に後れを取る凛ではない。彼女は近づく右腕を弾き返すと、そのままΩに詰め寄り、鍔迫り合いのような形になった。その隙をついて円が刹那の元へ走る。


「円!」

「刹那、無事か?」

「近づくな、侵入者」

「――ッ!」


 凛の相手をしているはずのΩの左手が円をなぎ払った。円はそのまま勢いよく壁に叩きつけられる。


「円!くそっ!よくも!」


 刹那がΩに飛び掛かる。見た目は子供だが、力は大人以上だ。手加減すれば逆にこっちがやられてしまう。


「Ω!君はドクターに騙されてるんだ!こんなことしちゃいけない!」


 Ωは何も答えない。だが、意識は確かに刹那の方へと向いており、その瞬間を凛は見逃さなかった。


「オリャ!」


 棒状になった多節棍がΩの横顔を捉える。鈍い音と共にΩの顔から血が流れた。しかし、Ωは顔色一つ変えず、凜の方へと視線を向けた。


「よそ見するなんて随分なめてくれるじゃない。……にしても、やっぱり子どもに手を上げるのは気が引けるわね」 

「邪魔をするな」


 鞭のようにしなったΩの手が凜を襲う。Ωの手は凛を弾き飛ばし、そのまま勢いを失うことなく窓側の壁を抉り、窓を割った。下から上にかけて斜めに登るような形で壁に穴が空く。もはや宿のことなど全く考えていないようだ。


「侵入者は殺して良いってドクターが言ってた」

「ガハッ」


 倒れたままの凛を足で抑えつけ、Ωが右手を振りかぶった。見た目にもかなり鋭利な鎌だ。振り下ろされればひとたまりもない。


「死ね」


 Ωの腕が凛に振り下ろされる。


「殺しちゃダメだ統也!」

「――ッ!」


 思わず叫んだ刹那の声を聞いて、Ωの動きが止まる。切っ先は凛の眼の前数センチのところで止まっている。


「止めるんだ統也。人を殺しちゃいけない。お姉ちゃんもそう言ってただろう?」


 刹那が諭すように声を掛ける。Ωはその声を黙って聞いている。よかった、まだ話は通じるようだ。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん」


 Ωが目に見えて動揺する。よし、あと少しだ。


「足を退けて。人を傷つけちゃいけない。悪い子だ」

「違う、僕は悪い子じゃない」


 Ωが怯えたように首を横に振る。思ったとおり「悪い子」という言葉には敏感だ。


「わかった。それじゃあゆっくり足を退けるんだ」


 凛を抑えつける足がゆっくりと持ちあがり始めた、その時だった。


「動くな!大人しくしろ!」


 部屋の中に大勢の人影が押し寄せてきた。甲冑を纏った男たち、堅要の兵士たちだ。


「凜様!」

「逆賊だ!捕えろ!」


 さまざまな怒声が部屋中に広がる。いったい何所からこんなに集まってきたというのだ?


「くそッ!」


 ここで捕まるわけにはいかない。兵士達に囲まれかけた刹那は窓の方へと走った。一か八か、このまま外に飛び出すしかない。


「刹那!」


 飛び降りる刹那と同時に円が飛び出した。言わずもがな、円は見事に着地し、刹那も上手く着地することが出来た。


「賊が逃げたぞ!追え!」


 二階の部屋から声が聞こえてくる。外に待機していたのだろう、何人かの兵士が自分たちの存在に気付き、ざわつき始めた。あと数秒もすればこちらに迫ってくるに違いない。

 一刻も早くここを離れなければならない。


「何だこの子供はッ?」

「普通じゃないッ?」


 背後から兵士たちの驚きの声が聞こえてくる。Ωが応戦しているのだろう。

 その瞬間、刹那の脳裏にある疑問が浮かぶ。


 あの子をこのままここに置いて行って良いのだろうか――


 おそらく、Ωの強さなら兵士たちに遅れは取らないだろう。返り討ちにしてあの老人の帰りを待つに違いない。

 では、その後は?彼はまた聯賦に良いように利用されていくのではないか?


「行くぞ刹那」


 すでに走り出している円の背中を刹那は追うことはしなかった。


「どうした刹那?神威なら心配するな、凛に後で取ってきてもらおう」


 その円の言葉にも刹那は首を横に振る。そして、二階の部屋を見上げた。あそこにはまだΩがいる。


「俺は……行けない」

「何ッ?」


 Ωを一人で残していくことは出来ない。あの子はあの老人と一緒にいてはいけない。ここから連れ出さなければ。


「どうしたんだ刹那?何を考えてるッ?」

「円、一人で行ってくれ。俺にはやることがある!」

「せつ――」


 円の声を振り切り刹那は宿の中へと駆けた。

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