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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第八十五話 それぞれの晩餐

「いや~、しばらく音沙汰がなくて心配していたが、やっと道楽娘が帰ってきて一安心だな。なあ、母さん?」


 大の大人が五人並んでも納まりきらないような長テーブルに四人の人間が腰掛けている。一番奥の短辺には凜の父。その両脇を挟むように長辺には凛と向いに凛の母親。そして、凜の父と対になって座っているのは次期当主、凛の弟、蓉だ。


「ええ、そうですね」


 娘の帰宅に上機嫌の王の言葉に、凛の母親である王妃はにこやかに相槌を打っている。

 長い髪に面長の顔で、輪郭はあまり凛に似ていない。しかし、その切れ長の眼は確かに凛の母親だ。だが、その瞳は黒く、髪も黒髪だ。それもそのはずで、王妃はもともと堅要の人間ではなかった。凛の父親が他の都市との戦争のための遠征中に補給に立ち寄った村で花を売っていた娘に一目惚れし、熱心に交際を申し込んだ。最初は自分の様な下級の身分の人間が、と断っていた娘だったが、結局、熱意に押されて交際を承諾、凛の父親は勝利と共に伴侶も手に入れたのである。

 はじめは都の外の人間が王妃となることに反対する者も多かったが、武を重んじる堅要で最強の武芸者だった王には誰も逆らえず、また王妃のその優しい人柄から反対していた者たちも皆彼女を認め、二人は皆が祝福する中で夫婦となった。


「本当に、いきなり帰ってくるんだもんな。ビックリしたよ」


 テーブルの上のサラダボウルから自分の分を取り分けながら蓉が言う。彼の眼は半分ずつ父親の茶色と母親の黒を受け継いでいる。


「あ、蓉、私のも取って」


 凛が蓉に自分の皿を差し出す。蓉は文句一つ言わず黙って皿を受け取るとそれにサラダを盛り始めた。


「凛、それ位自分でやりなさい」

「ありがと」


 注意する父親がまるで眼中にないように、凛は蓉から皿を受け取った。


「凛、聞いているのか」

「お、このドレッシング美味しいね」


 全くの無視。


「おい凛、お前は父親の――」

「まあまあお父さん、凛もそういう年頃なんでしょう」


 娘に無視される父親を母親が宥める。どこにでもある思春期の娘と父親の関係だ。しかし、凛の場合、思春期だからというよりは、父親の変わらない性格に憤りを覚えてこのような行動に出ているため、父親が変わらない限り、いくら時間が経ってもこの関係は修復できそうにない。


 * * *


 凛がそんな家庭の事情を抱えたまま夕食を取る中、留守番をしている円はと言うと、


「なんだこれは?」


 目の前には皿の上に盛られた食事。しかし、どう見ても出来合いの猫の餌だろう。フォークか何かで多少崩してはあるが、ところどころ角が残っており、箱に入っていた形跡が残っている。


「誇り高き猫又に、出来合いの餌だと?馬鹿にするな」


 円は餌の乗った皿に背中を向けて、後ろ脚で砂を掛けるような仕草をした。


「一日ぐらい食べなくても死にはしないな」


 床に腰を落とし、そのまま丸くなる。今日はこのまま寝てしまうか。


 しかし――


 頭でいくら否定しても、体は正直である。円の胃袋は本来なら満たされるべき欲求が満たされず、目の前にその欲求を満たすモノがある事実に盛大に自己主張を始めた。


「……まあ、出されたものに手をつけず返すというのも失礼な話ではあるな」


 礼を失するのは誇り高き猫又にあるまじき行為だ、などと呟きながら出された食事に口をつける円なのだった。


「ん!これはなかなか……」


 結局、誇り高き猫又は既製品の食事に大満足したのである。


 * * *


 そして、誇り高き猫又の旅の共はと言うと……


「なんだこれ?」

 

 刹那の目の前には汁状の何かの入ったお盆、白米と麦飯が半々位の割合で盛られた茶碗、そして副食の痩せ細った焼き魚が一匹だけ乗った皿がまとめて乗せられたお盆があった。

 円ならば間違いなく文句の一つでも言ってただろう。だが、そこはさすがの刹那である。彼は文句を言うどころか……


「タダで飯が出てきた!やったね!」


 何の躊躇もなくそれらに手を付けたのだった。


「臭い飯って聞いてたけど全然いけるな!ご飯が固めなのがちょっと気になるけど……。あ!すいません、お水もらえます?」


 刹那にとって見張りの兵士も飯屋の店員も変わりない。立っている兵士を呼び止め、コップ一杯の水を貰って満足そうに喉を潤している。


「なんなんだこの罪人は?」


 そのある種堂々とした姿には兵士たちもただただ呆れるばかりだった。

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