第八十四話 王の返答
時間は少し前後し、凛が父親へ頼み事をした時へと移る。
「それでお願いなんだけど、今日、蓉の見回りの時に捕まった罪人いるでしょ?アイツとの決闘、私にやらせて欲しいの」
「ならん」
「――ッ!なんでッ?」
「罪人の刑期を決める勝負は神聖なものだ。本来、堅要を統べる者が戦いを行う。例外があるとすれば、それは堅要を統べる者の血に名を連ねる者だけだ」
「だったら私だって――」
「政務を放り出して放浪していた者に神聖な勝負を任せるわけにはいかん」
そう言い放った父親の表情は娘に頭の上がらない父親の顔ではなく、先ほど一瞬だけ見せた都を預かる王の顔だった。
この男、流石に王を名乗るだけのことはあるな――
私情を一切挟むことのないこの父親の纏う雰囲気に円も感心していた。当の凛は、父親の有無を言わさぬ雰囲気に気圧されたのか、何も言えなくなっている。
「じゃ、じゃあ――」
圧倒された凛がやっとの思いで声を絞り出す。
「お父様が相手をするの?」
「蓉だ」
「――ッ!なんで蓉がッ?」
当然父親が務めるものと考えていたのか、凛はその予想外の返答に動揺を隠せない。
「アイツは次期当主になると決まっている。王としての自覚を持たせるためにも、一度罪人との勝負を行わせようと思っていた」
「やっぱり、蓉を当主にするつもりなんだ……」
凛の顔にあった驚きの色は鳴りを潜め、今は下をうつむいている。その手は強く握りしめられ、小刻みに震えていた。
「そうだ。アイツは親としての贔屓目を抜きにしても、相当腕が立つ。私の後継者にはアイツしかいないだろう」
「私だって……強いわよ」
この一言は凛のささやかな抵抗だったのだろう。視線は合わせていないが、控えめに、しかし、しっかりと凛はそう口にした。
「確かに。だが……」
「だが?」
「お前は女だ」
その言葉を聞いた瞬間、凛の視線が鋭くなった。この眼はどこかで?そうだ、刹那との勝負の時だ。
「またそれ。女だから。どんなに強くなっても、お父様は性別だけで判断する。私が女だから王にはなれない。罪人と戦えないのも、本当は私が女だからでしょう?」
「おい、凛、そうは言って――」
「もういい。行くわよ、円。ここに居るだけ時間の無駄だわ」
凛は立ち上がり、さっさと部屋の出口へと向かってしまった。円が凛に続きながらチラリと父親の方を見ると、彼は真剣な面持ちをしながら一点だけを見つめ、決して出ていく凛を追おうとはしなかった。
「まったく、あのクソオヤジ、昔っから変わってないんだから!」
今にも湯気を出さんばかりに怒り狂った凛は乱暴にその部屋のドアを開け放つと、後ろ手でそのドアを思いきり閉めた。まるで彼女の感情をそのまま表しているかのようにドアがものすごい音を立てて閉まる。
そこは凛の父親の部屋ほどではないが、かなり広い部類に入るであろう大きさだった。内部の装飾はシンプルなものだが、ところどころに置かれている動物のぬいぐるみが女の子の部屋であることを物語っている。どうやら、ここが彼女の部屋らしい。
「何かって言うと、『お前は女だから』。それしか言うことないのかっての!」
ベッドに寝転がり、枕に八つ当たりしている。
「なぜそこまで怒る?」
円は尋ねてみた。確かに、性別で差別されるのを快く思わない者もいるが、今の凛の反応はいささか異常だ。
「なぜって、それは……」
凛が言葉に詰まる。
円は決して先を急がせない。
凛の視線が落ち着きなく動き続ける。まるで答えを探しているかのようだ。
「私が……」
整理が付いたのか、凛はゆっくりと話し始めた。その姿は、なんとなく自分を落ち着かせているようにも見える。
「私が王女だってのはさっき話したわよね?」
「あぁ」
円は静かにうなずいた。凛も少し落ち着いてきたのか、先ほどまでの荒々しい感じはなくなっている。
「私には二つ下の弟がいてね。それがあの蓉。アイツはお父様の言うように確かに優秀よ。武術も師範代の腕前だし、学力もある。お父様がアイツを次期当主にしたいのも、まあ納得できるわ」
「ではなぜあそこで突っかかった?お前も弟の実力は認めているのだろう?」
「確かにね。だけど、アイツが当主になるのは納得いかないのよ。この都の当主の資格ってなんだか知ってる?」
「確か、武が秀でている者が都を統べる、だったか?」
武力が何より重宝される堅要ならではの仕来たりだ。
「そう。だから当主になる人間は強くなくてはならない。それは昔から決まっているこの都の伝統であり、絶対の掟なのよ。もし当主の候補が弱かった場合、より武に秀でた者が代わりの当主となり当主の血族が入れ替わるくらいだからね」
「それもまたすごい話だな」
他の要職ならともかく、王族が蹴落とされ統治者が変わるとはなかなか考えられない。
「まあね。だけど、そうやって武の都『堅要』は成り立って来たのよ。で、問題はここから。この都では強い者が当主となる決まりがあるわ。それが例え姉弟でも強い方が当主になるのよ。で、私と蓉は昔当主の座を懸けて戦ったことがあるの」
「勝負の結果は?」
「私の勝ち。二歳しか離れていないといっても、やっぱり武道では二年の差は大きかったのよ。それで、私が次期当主候補になるはずだった。それなのに――」
凛の顔が苦虫をかみつぶしたかのように歪む。
円はゆっくりと続きを促した。
「それなのに?」
「あろうことか、お父様は蓉が手加減したから負けたって言ったのよ。確かにアイツは女の子に優しいところがあって、絶対に女の子には手を上げないやつだけど、真剣勝負となれば話は別よ。お互い死力を尽くしたわ。それなのに、あのクソオヤジったら、自分の思い通りの結果にならなかったからっていちゃもんつけて、今の試合は無効だとか言いやがったのよッ?」
話しているうちに段々とその記憶がよみがえってきたのか、凛の語気がどんどん強くなっていく。
「それで、お前はそれが納得できず家を飛び出したのか?」
「そうよ」
やれやれ、なんということだ。要は自分を評価してもらえないことに腹を立てての家出というわけか。それで外の世界で強い奴らと戦って、自分を認めさせるつもりでいたのか?呆れてしまうほど幼稚なものの考え方だな。
「私は――」
凛の言葉を遮るように部屋のドアを誰かがノックする音が聞こえてきた。父親が謝りにでも来たか?
「なに?」
「お譲さま、お食事の用意が整いましたがいかがなさいますか?当主様もぜひご一緒にとおっしゃっていますが」
「そうね……」
凛は思案する様に円の方を見た。円を一人置いて食事に行くべきか悩んでいるのだろう。
「俺のことは気にするな。折角帰ってきたんだ、久しぶりに家族水入らずで食事をしてくると良い。それに、俺はこっちの方が気楽だ」
円はそれだけ言うとその場に寝転んでしまった。彼なりに気を遣っているのかもしれない。
「ありがとう。それじゃあ、ここに食事を運ぶように言っておくわ」
寝ころんだ円にそう言って、凛は部屋を出て行った。




