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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第八十三話 それぞれの邂逅

「さ、着いたわ。ここで待ちましょう」


 凛に通された部屋はとても広い部屋だった。壁一面にギッシリと本が納められた巨大な本棚が並んでおり、正面は一面ガラス張りで、外にはテラスがあり、窓から出られるようになっているようだった。窓の前には立派な机と椅子、その前にはガラス板のテーブルがあり、両側にソファーが配置されている。


「そこのソファーに適当に腰掛けてましょう」


 ソファーに腰かけた円は驚いた。ここまで軟らかい材質のソファーがあるものだろうか。軽く乗った円の両足は見る見るうちに沈み込み、もう足首の辺りまで沈んでしまっている。上手くバランスを取ることが出来ず転んでしまいそうになる。


「お、おふ」

「なに遊んでんのよ」

「遊んでなどいない!少し慣れないだけだ」

「もう、仕方ないわね」


 凛は軽くため息をつくと、ソファーの上で四苦八苦している円を抱えあげ自分の膝の上に乗せた。


「――ッ!おい!何をしているッ?」

「見てらんないから膝貸してあげてるのよ。大人しくしてなさい」

「馬鹿にするな、俺はお前の助けなどなくとも……」

「また足が沈んで動けなくなるわよ?」

「う……」


 結局、円は大人しく凛の膝に収まることにしたのだった。そして、今は凛に頭を撫でられている。


「これはあくまで仕方なくだな……」

「はいはい」

「いや~、待たせてしまってすまない」


 部屋に入ってきた凛の父親は先ほどの袴姿ではなく、ゆったりとした茶色のシャツとズボンという普通の姿で現れた。

 王族ということでもっと派手な姿を想像したのだが、案外、身内の前では普通の格好をしているものなのかもしれない。


「ん?凛、ペットを飼い始めたのか?」


 円の頭を撫でながらソファーに着いている凛を見て父親が尋ねる。それに反論しようとした円だったが、凛に頭を抑えつけられそれは叶わなかった。


「まあね。旅先で見つけたのよ」

「そうか。だが、猫なら言ってくれればここにいる時に用意したものを……」

「それはいいから。お父様、今回はちょっとお願いがあって来たのよ」


 ダラダラと話すと話題に入りづらくなる。凛は単刀直入に用件を伝えることにした。

 だが――


「その前に一つ言っておくことがある」

「――ッ!」


 凛の父親の顔がみるみる険しくなる。先ほどまでの柔和な目つきではない。都を預かる王の目だ。

 空気が張り詰める。

 まさか、勘付かれたのか?


「二人っきりの時は……パパと呼んでくれ」

「却下」


 張りつめた空気が一気に緩んだ。


「そんな~、凛~」


 その情けない声は、今しがた権威に満ちていた目をしていた男と同じ人物とは思えない。


「それでお願いなんだけど――」


 凛は懇願する父親を無視して話を先に進める。その様子を見ていた円は、どんなに巨大な都市の王であろうと、父親が娘に弱いというのは変わらないのだ、としみじみと感じたのだった。


 * * *


 凛が今まさに話題を切り出そうとしていたその時、刹那の元へある来訪者が訪れていた。


「面会だ」


 何もない牢屋の中で特にすることも無くゴロゴロと寝転がっていた刹那の所に監視の兵士がやってきてそう告げた。はて?また凛と円かな?


「――ッ!アンタは!」


 檻の外に立っていた男はこの場にふさわしくない白衣に身を包み、顔に不気味な笑みを浮かべて立っていた。まるで囚人に死を宣告に来た死神のようだ。だが、刹那はこの男が死神ではないことを知っている。いや、下手をすれば死神よりも厄介な男だ。


「よくここまで入れたな。アンタを見たら、脱獄した犯罪者だと勘違いしちまいそうだけど」

「何を言っておる。わしは善良な年寄りじゃよ。それに、彼らも気の良い若者たちじゃ。少しお小遣いをあげたらすぐに通してくれたよ」


 なるほど、それ相応のものは渡したというわけだ。


「それで、爺さん、また懲りずに実験に来たのかい?生憎と、今はそんなことしてる余裕はないんだけどね」


 明かな敵意を込めて刹那が目の前に立った聯賦を睨む。今までのことから、この相手は油断ならないということは嫌というほどわかっている。


「いやいや、今日は実験に来たんじゃないよ」

「じゃあ何しに来たんだ?俺はアンタとお喋りしたい気分じゃないんだけど」


 出来れば一秒でも早くこの老人と離れたい。毛嫌いなどという生易しい感情ではなく、刹那の本能がこの老人に近づくことを拒んでいた。


「ほほ、そう邪険にするでない。せっかく助けに来てやったというのに」

「は?アンタが?なんで?」


 信じられない。この老人は二回も自分の命を狙ってきた人物だ。それがなぜ手のひらを反したように自分を助ける?簡単に信じるわけにはいかない。今は自分一人で、武器も持っていないのだ。


「その眼は全く信じとらん眼じゃな。君にはこんな所でつまずいてもらっては困るんじゃよ。ワシのために。もちろん、君自身のためにも」

「どういうことだ?」


 不気味だ。何か企んでいるのか。


「いいのかの?このままでは死刑を待つだけじゃぞ?」

「そんな心配しなくてもアイツがなんとかしてくれるさ」

「ほぅ、円君一人、いや、一匹でかね?」

「あいつだけじゃない。アンタと違ってある程度信用できる協力者もいる」


 完全にと言うわけではないが、今まで接した中では凛も約束を違えるような人間には見えない。少なくとも目の前の老人よりは信用出来る。


「それはあの凛とか言う女の子かね?」

「――ッ!」


 なぜそんなことを知っている?ここでの会話を聞かれたか、もしくは兵士から聞き出したのか。いずれにせよ、情報は筒抜けらしい。


「アンタには関係ない」

「それはそれは。ではわしの出番はなさそうじゃな。しかし、君の刑が決まるのは明後日じゃろ?こんなに悠長にしていて良いのかね?」


 刹那の動揺を見て取ったのか、聯賦が口角を釣り上げて刹那を見やる。


「アイツ等が上手くやってくれるよ」

「だと良いがね。それでは、また来るよ」


 聯賦はそれだけ言うと帰って行った。そう何度も来られたらたまったもんじゃない。出来ればもう二度と会いたくないくらいだ。

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