第七十八話 出た!
「は~、腹いっぱいだ」
「あれだけ食えばな」
店を出た刹那はとても満足そうな顔を浮かべながら歩いている。あれから、刹那は二回どころか四回も食事を中断し、その都度同じ料理と、新しい料理に手を出していた。その食いっぷりや凄まじいもので、途中から店内の視線は刹那に釘付けとなった。食事を終えたとき、女主人が「ここに二十年店を構えているが、こんなに食べた客はアンタが初めてだ」と太鼓判を押したほどである。
「本来の目的は全く果たせなかったな」
「え?腹いっぱい食ったじゃん?」
「新しい刀の情報収集はどうした?」
「あ……」
円に言われて初めて刹那は気づいた。そういえば、飯屋には情報収集をするという名目で入ったのだったか。
「いや、俺にも考えがあってだね」
「どんな考えだ?」
「それは……」
苦し紛れに周りを見回した刹那の眼に路肩で集まり大道芸を見ている人たちの姿が飛び込んできた。それを見て、刹那の頭にある考えが浮かぶ。
「円、俺に良い考えがあるぞ!」
「なんだ?」
「まあ見てろって」
不安そうに見つめる円を尻目に、刹那はなにやら路上の物を拾い始めた。一体何を始めようというのか。
「さぁ~、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!この何の変哲も無い黒猫、実はすごい特技を持っているんだ!」
刹那がそうやって声を張り上げて手を延ばした先では、円が行儀よく座っている。通行人たちは何が始まるのかと、二人を囲むようにしてその先を見守っていた。
「この黒猫、実は物を燃やすことが出来るという特殊な猫だ!」
その言葉が信じられないようで見物客たちは訝しげな目を円に向けている。まあ、普通の人の反応としてはそれが自然だろう。
「お客さん、信じてないね?それじゃあ証拠を見せよう!」
そう言って刹那が取り出したのは、先ほどそこで拾った木の葉だ。
「さぁ、これを燃やしてもらいましょう!」
刹那の手から木の葉が放り投げられる。そして――
ボッ
宙を舞っていた木の葉があっという間に炎に包まれ、地に着く前に燃え尽きた。
「「「おぉぉーーッ!」」」
見物客から歓声が上がる。これで掴みはバッチリだ。
「さてお次は――ん?」
刹那の足元を誰かが引っ張る。こんなことをするのは円以外にはありえない。やはり、下を見てみれば円がグイグイと刹那を後ろへと連れて行こうとしていた。
「どうしたんだよ円?」
観客に背を向けて、あちらに聞こえないぐらいの小さな声で話す。
「刹那、なんで俺がこんな事をしなければならないんだッ!」
「こうやって人集めた方が情報が集めやすいだろ」
「ふざけるな、誇り高き猫又がこんな見世物小屋の動物の様な――」
「鰹節」
「は?」
「もしこのまま大人しく俺の言うことを聞いてくれたら、報酬に鰹節をやろう」
「お前、俺を買収しようというのか?誇り高き猫又がそれくらいで――」
「鰹節……二つ」
「次は何を燃やせばいい?」
「さぁお客さん、次はこの石を燃やしちゃうよッ?」
交渉が済んだところで、振り返った刹那は先ほど木の葉と一緒に拾っておいた親指大の石を掲げた。
「え~」
「石は無理だろぉ」
見物客たちから否定的な声が聞こえてくる。
例え石だろうと円ならやってくれるさ――
石が刹那の手を離れ宙に舞った。
頼むぞ、円――
勢いを失った石が下降を始め、円の瞳が真紅に染まる。
ボッ
石は見事に燃え、地面に着く頃には真っ黒になっていた。
「「「「おぉぉーーッ!」」」」
先ほどよりも大きな歓声が上がる。よし、そろそろ頃合いだ。
「さてお客さん、良い感じで盛り上がってきたところではあるんだが、ここでちょっと小休止。実は俺はこの都に有名な刀があると聞いてやって来た。それについて何か知っている人はいないかい?」
刹那は本来の目的である刀探しの話題を切り出した。これだけ人が集まっていれば、誰かしらそれについて知っているはずだ。
「私、知ってるわ」
人ごみの中から声がかかる。刹那は思わずほくそ笑んだ。やった、予想通りだ。
「本当かいッ?それをぜひ教えてほしいな、お客さ……ん?」
知ってるといった見物客。その姿は肩の出たシャツにスカート、自分の身の丈ほどの荷物を肩から掛けていた。堅要の人間の特徴である茶色い髪は肩の少し先まで伸びており、それを束ねて動きを阻害しないようにしている。髪と同じ色の瞳は真っ直ぐに刹那を見据え離れない。と言っても、それが友好的な視線ではないのは一目瞭然だ。しかし、口は瞳とは反対に嬉しそうに口角が吊り上っている。そう、やっと探していた獲物を見つけたと言わんばかりに。
「出たぁ!」
その衝撃に刹那が後ずさる。
「人をお化けみたいに言わないでよ!」
流浪の女武芸者、凛。以前刹那に勝負を挑み、敗北を喫した彼女は再戦を誓い、再び刹那を見つけたが逃げられ、そしてついに、三度目の邂逅を果たしたのである。
「やっと見つけたわ。ここで会ったが百年目ってやつね。さぁ、勝負しなさい!」
凛が肩から下げた荷物を降ろす。それは刹那を苦しめたあの多節棍だ。あの時の記憶がよみがえり、体中に痛痒いような感覚が走る。
「円……逃げるぞ!」
ここにはもういられないと、刹那たちは一目散に逃げ出した。あの多節棍が厄介だというのもあるが、また女性相手に戦いたくないというのが本心だ。
「待ちなさい!」
やっと見つけた相手を逃がしてなるものかと、凛も全力で追いかけてくる。
「どうするつもりだ刹那?あの女はこの都の生まれだ。地の利はあちらにあるぞ?」
「そんなこと知るか!とりあえず全力で逃げるんだよ!」
後ろを振り返る余裕もない。刹那はただ一目散に逃げることしかできなかった




