第七十七話 武の都へ
「ここが堅要かぁ」
その場でぐるりとまわりを見回した刹那の目に映ったのは、四角く切った石を積み上げて造られた家々だった。それらの家は奇麗に四角になっており、これまた綺麗に家々が隙間なく建っている。見るからに頑丈そうだ。
「すげぇな、こんなに家だらけの場所、初めて来たよ」
「そういえば、お前は都は初めてだったな」
「あぁ。町には何回か来たことあったけどな。でも、何が違うんだ?」
「ふむ、そうだな、人の規模はもちろんだが、強いて上げれば、都は統治している者が違う。町や村なら町長、村長など一個人だがな、都になると、特定の一族だったり、団体だったりするわけだ。堅要は確か王族がいたはずだな」
「王族かぁ。その人たちはどこに住んでるんだ?まさか、この中にその人たちの家があるわけじゃないよな?」
「あそこを見てみろ」
円が顎でしゃくった先にあったのは、巨大な城だった。刹那たちがいる位置からかなり離れた場所にあるはずなのに、それでも全体の三分の二ほどが見えるところを見ると、どうやらかなりの大きさらしい。
「あそこに王様たちが住んでるわけか」
「そうだ。特に堅要の王族は権威が強い。その影響は堅要だけではなく、周辺地域まで及んでいるということだ。まあ、早い話が領主だな。っと、そんなことより刹那、分かっているな?ここはあの凛とかいう女武芸者の住んでいた所だ。つまり――」
「分かってる。鞘当ては厳禁なんだろ?」
この前の決闘のことを思い出すと体のあちこちが痛くなってくる。またあんなことになっては堪ったものじゃない。ここにいる間は神威に神経を回しておこう。
「分かっているならいい。さて、では行くとするか」
「どこに?」
「新しい刀の情報を集めに、だ。あの瀏蘭とかいう女が言うには、次の刀はこの都にあるらしいからな。聞いて回ればそれらしい情報も得られるはずだ」
「そっか。じゃあまずは……」
その瞬間、何か獣が唸るような音が聞こえてきた。音の出どころは刹那の腹、それは彼の腹が盛大に自己主張した音だ。
「飯屋に行こう!飯屋ならいろんな人が集まるはずだ!」
「素直に腹が減ったと言え」
力説する刹那に円の非難めいた目が向けられる。
「う……。ま、まあ、ついでに腹ごしらえするってのも悪くないだろ」
もちろんついでで済むわけなどがないのは上機嫌の刹那を見れば一目瞭然だ。そして、こう言った時の刹那は絶対に譲らない。かくして、彼らは情報と食事を求めて飯屋に向かったのだった。
「うわ!これ美味ぇ!どうやって作ったんだろうな?お、こっちのも美味そう!」
刹那の前に運ばれてきた料理は瞬く間にその姿を消していった。豪快に食事をする人間の刹那と、優雅に食事をする猫の円。普通は逆の構図なのだろうが、この二人に関してはそれも当てはまらない。
今、刹那たちが食事をしている――情報を集めている――場所は、先ほどの場所から数分歩いた所にあった大衆食堂だ。昼時ということもあってか、店内は人で埋まっており、皆談笑を交えながら食事を楽しんでいる。
円は刹那と同じテーブルの向かいの椅子に腰かけて、隣の椅子に置かれた魚を食べていた。入店する際に店長らしき女主人に円の同伴を話したところ、快く了承してくれた。見た目が恰幅の良い人だったが、中身も同じくらい心の広い人だったようだ。そして、刹那は入店してすぐに料理を頼み、運ばれて来るやいなやそれを口に運び続け、一向に情報を集める様子は見られなかったのだった。
「まったく、何がついでだ。こっちがメインだろうが」
「ん?円、何か言ったか?」
小さな声でつぶやいた円だが、刹那の耳には聞こえていた。いや、円の性格的にわざと聞こえるようにしたのかもしれない。
「何でもない。それより、頬に付いてるぞ」
「なぬッ?しまった……。まさか猫に指摘されるとは!」
「黙って食え!」
「へいへい」
刹那は頬に付いた料理を指で取って食べると、また皿の料理に神経を集中する。これでかれこれ五皿目だ。その刹那の健啖ぶりに周りの客も驚きを隠しきれていないようだ。
「刹那、言い忘れたんだが、この都には鞘当て以外にも幾つか変わった決まりがある。ここで行動をする以上、それらはきちんと押さえておかなければならない」
「はむ?ほむはほは?(なぬ?そうなのか?)」
まるでリスのように料理をめいいっぱい口に詰め込んだ刹那は、とても満足にしゃべれる状態ではない。
「何を言っているのか分らん。とりあえず、口の中のものを片づけてから喋れ。それで、食事をしている時の注意だが――」
「すいませーん!これおかわり!」
「――ッ!馬鹿ッ!」
円が慌てて制止しようとしたが、手遅れだった。
先程までチラチラと向けられていた店中の視線が一転、今度はハッキリと刹那に向けられる。まるで刺すようなその視線は常識知らずの刹那を非難するものだ。先ほどまでの温かな雰囲気から一変、店内は凍りついたように冷たい空気に包まれた。
「ん?なんだ?俺なんかやった?」
「早く取り消せ!」
状況が呑み込めずに唖然としている刹那に円がすぐに注意する。その表情はかなり焦っているようだ。
「へ?」
「いいから、早くしろ!」
「分かったよ。すいませーん、さっきの取り消しで!」
刹那のその一言を聞いた途端、また店内は先ほどまでの温かな雰囲気に戻って行った。いったいなんだったんだ?
「ふぅ~、世話の焼けるやつだ」
「円、今のなんだったんだ?」
突然変わったあの視線の温度差はなんだったのか?自分が何かしてしまったのだろうか?
「あれはな、お前がおかわりを要求したせいだ」
「は?なんで?」
円の言っている意味が理解できず、刹那の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。おかわりのせい?おかわりをして避難されるなんて聞いたこともないぞ?。
「いいか?この都ではな、外で食事をする際に『おかわり』という行為は厳禁だ。それは出された料理の量に不満があり、『ケチケチせずにもっと持ってこい』という、相手を侮辱した解釈に繋がるからな。それと同じ理由で大盛りも厳禁だ」
「へぇ~」
「もしおかわりが必要な場合は一度会計を済ませて新しく頼む、という形を取る」
「おかわりと何が違うんだよ?」
「一度会計を済ませて食事を終えたという形式をとれば、同じものを頼んでもそれは新しい料理という扱いになるからな。失礼には当たらん」
「ふ~ん、でもいちいちおかわりの為に会計済ますのはめんどくさいな」
なんとなく納得はできるのだが、いかんせんめんどくさすぎる。それでは大食漢の人間は何度会計を済ませれば良いのか。
「だから、普通は『食事を打ち切る』という形を取る。それで後でまとめて会計するわけだ」
「だから、伝票ががいっぱいある人がいるのか」
刹那が見回した店内では伝票の束を机に積み上げている客が何人か見受けられた。その誰もが、見た目から相当量の料理を食べる人物であることが予想できる。
「じゃあ、俺も食事を打ち切ろうかね。どうやるんだ?」
「ただ単純に、打ち切る旨を伝えれば良いだけだ」
「そっか。すいませ~ん、食事打ち切りで!」
「あいよ!」
先ほどとは違い、すぐに店側の反応が返ってきた。それを確認すると、刹那はすぐに先ほど自分が食べていたものと同じ料理を頼んだ。
「それで刹那、あとどれくらい食べるつもりだ?」
「へ?そりゃ、あと二回は食事を打ち切るつもりだぜ?」
「……はぁ~」
そこには次の料理を待ち望み嬉しそうな刹那と、まだまだ終わる気配のない食事に辟易する円という対照的な二人の姿があった。




