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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第七十三話 起死回生

 円の瞳が真紅に染まる。そして、炉の中の火が一気に勢いを増した。円の力にかかれば、そこに木炭があろうが無かろうが関係ない。


「馬鹿なッ?なぜッ?」


 思わずそう呟いた鍛冶屋の男はすぐに自分の失態に気付き、口を押さえた。それとは対照的に刹那はしてやったりと笑みを浮かべ、その顔を見た。


「どうかしたのか?」

「い、いえ別に」


 言葉とは裏腹に彼は明かに動揺している。用意周到に準備をしていたようだが、流石にこの事態は予測できなかったらしい。目が泳ぎ、目の前の不測の事態にどう対応してよいか分からないといった感じだ。

 ざまあみろ。


「二人ともがんばれ!」


 やっと炉に火が足りて来たことで余裕が出てきたのだろう。手を上げさえしなかったものの、錬は刹那の方に視線を送ると一度だけ頷いた。

 頑徹はただジッと炉の火を見つめている。どうやらまだ満足のいく温度になっていないらしい。しかし、それも時間の問題だろう。何せ円が炎を出し続けているんだから。


「円、もっとじゃんじゃん行っちゃえよ!」


 刹那のその声に応えるように炉の炎がさらに勢いを増す。


「くそっ」


 鍛冶屋の男の悔しそうな声が聞こえてくる。炉の火が強くなるにつれて相手の顔が反対に青ざめていく。

 これならきっと大丈夫だ。二人は絶対に勝つ。

 刹那がそう確信した次の瞬間――


「まあ!円ちゃん、目が真っ赤じゃないの!」

「へ?」


 刹那がそちらを向くと、おかみさんが円を抱え上げ、その顔を覗き込んでいた。炎を操っている円は未だに赤い瞳のままだ。


「いったいどうしちゃったの?」


 そう問いかけるおかみさんだが、円はどうやら鍛冶屋の男を警戒して喋ろうとしない。それが余計におかみさんの心配を買ってしまった。


「口もきけないのね?すぐ休ませなきゃ!」

「えッ?ちょっ!まど――」


 あっという間の出来事だった。おかみさんは円を抱えると、刹那が制止するよりも先にその姿を二階へと消してしまった。連れ去られる円の顔は、焦りと混乱で今まで見たことも無いような表情だったが、今の刹那にそんなことを考えている暇はない。円がいなくなったことで、炉の炎はまたその勢いを弱めてしまう。

 再び襲いかかる異常事態を打開しようと、頑徹たちはなにやら瓢箪(ひょうたん)のような形の板を組み合わせた不思議な道具を両手で持ち、腕を閉じたり開いたりしている。その度に炉の中で少しだけ炎の上がる様子が見て取れた。どうやら、炉の中に空気を送り込んでいるようだ。


(ふいご)で少しでも空気を送り込もうというわけですか?ふふふ、その程度の風では到底足りないでしょう」

「うるさいっす!ちくしょう、あと少しなのに……」


 鞴を持ちながら錬が悔しそうに炉を見つめる。頑徹と二人係で交互に空気を送り込んでいるが、それでもまだ足りないらしい。


「空気か……あっ」


 刹那は何かに気付いたのかその場を後にし、すぐに自分の部屋に戻った。途中、開きっぱなしのドアの向こうで無理やり頭にタオルを乗せられた円が見えた気がしたが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 部屋のドアを開けて、枕元に置いてあったそれを拾い上げる。


「こいつなら」


 刹那は神威を握りしめて一階へと急いだ。まだ開いたままのドアの向こうに、抵抗も虚しくボサボサになった毛で首にネギを巻かれた円の姿があった気がしたが、きっと気のせいに違いない。

 工房に降りた刹那は、さっそく神威を飛旋に変えて、それを横なぎにふるった。

 音を立てて風が起こり、それが炉に向かって飛んでいく。頑徹たちの髪を巻き上げて駆け抜けたその風は炉に入るや、その音とともに中の炎を刺激した。


「おぉ!」


 炉の炎の勢いが増していく。どうやら刹那の作戦は上手くいったらしい。


「まだまだぁ!」


 刹那が刀を振るうたびに風が起こりそれが炉の中に吸い込まれていく。そして、炉はそれに呼応するかのように炎を強めていった。


「い、いったい何が起こってるんだ?」


 次々と起こる謎の事態に鍛冶屋の男が目を丸くする。


「アンタの思い通りにはいかないってことだよ」

「いいぞ兄ちゃん!何が起きてるか分からんが、もうちょっとで炉が十分温まる。もうひと踏ん張りしてくれ!」


 頑徹の声に応えるために、刹那が再び飛旋を振りかぶる。


「よし、もういっちょ――ッ」


 刹那の腕に突然激痛が走る。そこは右肩、あの巨大ムカデに噛まれた場所だ。どうやら、工房の暑さと刀を振るったことでの血液の循環から再び傷が熱を持ち始めたらしい。あまりの痛みに刹那は飛旋を落としてしまった。


「おやおや、どうやら快進撃はここで終わりみたいですね?」


 窮地から一転、風向きが再び自分に向いてきたことを悟った鍛冶屋の男が嬉々として口角を釣り上げる。


「くっそっ」


 飛旋を拾い上げようとするが、痛みの為に右手に力が入らず、再び落としてしまう。


「よくやりますね」

「大きなお世話だよ!」


 痛みにふるえる手を無理やり押さえつけ、飛旋を掴む。あと少し、あと少しなのだ。自分がここで諦めるわけにはいかない。


「刹那さん、無理しないでください!」


 止めさせようと錬が一歩刹那に近づいた。だが、刹那はそれを無視し、そして、そのまま勢いに任せて飛旋を高く振り上げた。


「大事なもんが懸かってんだろうが!今無理しないで何時するんだよ!」

「――ッ!」


 錬の横を巨大な風が駆け抜けた――

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