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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第七十話 任せられない理由

 工房に戻った刹那は錬を部屋に連れて行った後、自分の部屋に戻り一人留守番をしていた円に病院での経緯を説明した。円なら何か良い考えが浮かぶのではないかと期待したのだ。


「円、何か良い考えないか?」

「難しいな。今の状況なら錬が出るのが最良だと思うが、頑徹さんが許可しないことにはな……」


 まさにそれなのだ。錬が出ればただ黙って工房を奪われるという最悪の事態は避けられる。だが、今のままの錬では頑徹は彼に代わりを任せるということはないだろう。

 それにしても……。


「ったく、このタイミングで頑徹さんに怪我させるなんて、間の悪い奴らだよな」


 頑徹が怪我をしたことで、一気に事態は悪化してしまった。頑徹たちに絡んできた三人組みには文句を言っても言い足りないくらいだ。


「そのタイミングだが、出来すぎているな」

「は?何が?」

「考えてもみろ。なぜそいつらは金ではなく暴力に訴えた?相手は酔っ払っているとは言ってもあの見た目だぞ?」


 それはいささか失礼な気もするが、確かに頑徹の見た目では喧嘩を売る気にはならない。下手をすれば返り討ちに遭ってしまうことも考えられるだろう。


「まあ、それは相手も酔っ払ってたんじゃないのか?気が大きくなってたとか?」

「それならなぜそいつらは執拗に頑徹さんを襲った?別に一緒にいた男性でもよかったわけだろうが?」

「いや、それは分らねぇけど……」


 頑徹さんが酔っ払っていたから?いや、それならもう一人の男の人も同じくらい酔っていたはずだ。頑徹さんだけを襲う理由にはならない。


「もしその三人組が誰かに雇われていたとしたら?」

「雇われていたらって、誰かがわざと頑徹さんを襲わせたってのかッ?」


 そんなことをして何になる。そもそもそんなことをして得をする人物がどこに……


「あ……」


 いた。ただ一人、頑徹さんが怪我をして得をする人物。


「もしかして?」

「俺の推測だがな。だが、かなり可能性は高いと思うぞ」


 頑徹に怪我をさせて得をする人物。それは明日勝負するあの鍛冶屋の男だ。頑徹さんが腕を怪我をしてしまえば明日の勝負には出られない。だが、そんなことは理由にならないと言ってくるに違いない。それで奴は労せずしてこの工房を手に入れるつもりなのだ。あの猛禽類のような眼、獲物を得るためなら手段は選ばないだろう。


「くそっ、汚ねぇ野郎だ」

「だが証拠がない。こちらが騒いだところで、相手は痛くも痒くもないだろう」


 円の言う通りだ。こちらがどんなに声を大にして相手の卑怯な策略だと言っても、それは負け犬の遠吠えにしかならないだろう。しかし、黙っていれば工房を取られてしまう。


「くそっ」


 頑徹は怪我、代わりに出ると申し出た錬は頑徹に許可をもらえず、もはやこちらには打つ手はない。この祭りに来ている人の中から鍛冶屋を探すか?いや、誰が協力してくれるというのだ。それに、協力を取り付けても、肝心の頑徹の許可が下りるとは到底思えない。


「どうすりゃいいんだ……」


 悩む刹那の耳に「コンコン」と部屋をノックする音が聞こえた。

いったい誰だ?この忙しいときに。


「刹那さん、まだ起きてますか?」

「錬?あぁ、まだ起きてるよ」


 錬が「失礼します」と言ってドアを開けた。落ち着いた感じで、先ほどまでの沈んだ様子はない。


「どうしたの?」

「あの、ちょっと話があるんすけど、良いっすか?」

「ん、別にいいよ」

「あ、あの、それじゃあちょっと外に」

「え?あぁ」


 ここじゃあダメなのか、と聞こうと思ったが、他人には聞かれたくない話なのだろう。刹那が円に視線を送ると、円は前足を器用にシッシと前足を振るそぶりを見せ、「行って来い」と促してきた。

 錬に連れられ刹那は工房の外に出て、彼と並ぶようにして工房の裏の原っぱに腰を下ろした。


「それで、どうした?」

「あの……」


 そこから言葉が出てこないのか、錬は下を俯いて黙ってしまった。わざわざ外に出てきて話そうと思ったぐらいだ、少し心の準備が必要なのかもしれない。

 刹那は黙って錬が話し出すのを待った。


「刹那さん、俺ってやっぱりまだまだ半人前なんでしょうか?」


 やっと絞り出した言葉には不安の色が漂っていて、それを裏付けるように錬の顔は暗い。


「それは巌徹さんが明日の許可を出さなかったからか?」

「はい……。明日の勝負はこの工房がかかってるんす。そんな絶対負けられない勝負に、俺みたいな未熟者には任せられないってことなんだと思います。ハハ、笑っちゃいますよね?何が師匠を超えるだよ。俺みたいな未熟者が」


 錬が自嘲気味に笑う。両手をギュッと握りしめ、本当に悔しそうに。


「それは違うだろ」

「え?」


 確かに頑徹は錬に許可を出さなかった。だが、それは本当に錬が未熟だからだろうか。店番をやっている時、頑徹は中途半端なものは売らせないと言った。つまり、あの時店に並んでいた錬の作ったものは、頑徹の目に適ったものということだ。そんな錬の腕が未熟とは思えない。


「頑徹さんはお前じゃ勝てないなんて言ってない。ましてや、未熟だなんて一言も言ってなかった」

「だけど、今のお前には任せられないって……」

「それはお前が自分の腕に自信を持ってなかったからだよ。俺は職人じゃないからよくわかんないけど、自分の腕を信じられないようなやつに、自分の大事なものを任せようとは思えないはずだ」


 頑徹は決して錬の腕が未熟だとは思っていないはずだ。どちらかと言えば、錬自身が自分は未熟だと思い込んでしまっている。


「でも……」

「頑徹さんは今までお前に中途半端な技術を教えてきたのか?」

「違うっす!師匠が教えてくれたことに中途半端なことなんて一つも無かったっす」

「だったら、その教えを受けてきた自分の腕に自信を持て」


 刹那は両腕を錬の肩に置き、彼の目を真っ直ぐ見た。錬はその視線を真っ直ぐに受け止める。


「お前の腕は未熟なんかじゃない。俺が保証してやる」


刹那はニカっと笑うと、錬の肩をポンポン叩いてやった。錬はまだ不安顔だ。


「ま、俺なんかの保証じゃ不安かもしれないけどな」


 自分に言えるのはここまでだ。後をどうするかは錬次第だろう。

 一人考え込むように下を向いた錬を残し、刹那は部屋へと戻った。

部屋に戻ると、円が床に丸まって欠伸をしている所だった。


「どうだった?」

「俺が言えることは言ったつもりだよ」

「そうか」


 円はそれ以上は何も聞いてこなかった。何の話をしたのかは見当がついているのかもしれない。

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