第七話 いざ湯山へ
「て、てめぇ、何者なんだッ?」
あっという間に仲間を三人もやられた頭は目に見えて怯えている。
問いかけられた刹那にも自分が何者なのかは分からない。なぜかこの刀の扱い方が自然と分かるのだ、まるで体が覚えているように。もしかしたら、自分は記憶をなくす前、剣士だったのかもしれない。しかし、今はそんなことは関係ない。目の前にいる、円を傷つけた奴らに生まれてきたことを後悔させるのが先だ――
「く、くそぉ!お前ら何やってる、さっさと行け!」
もはや完全に余裕を失った頭は残った四人に刹那を襲うように声を荒げた。しかし、先ほどまでの刹那の見事な剣さばきを見ていた四人は中々前に出ようとしなかったが、頭の癇癪にも似た怒声に後押しされて、勢いに任せて刹那の方へ向かって行った。
しかし――
「あ……あああ……」
一瞬だった。刹那は盗賊たちをすれ違いざまに切りつけたが、頭の狼狽えぶりから見るに、おそらく目の前で何が起こったのか理解していないだろう。
理解できたのは、圧倒的な実力の差、しかしもう手遅れだ。彼は怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった。
「残りはお前だけだ」
刹那の怒りに満ちた瞳が頭を捉える。頭は肉食動物に睨まれた草食動物のように一歩も動けない。今の彼の胸中はまさに草食動物のそれだろう。
「ゆ、許してくれ」
「うるさい」
刹那が神威を振り上げる。
「悪気はなかったんだよ」
「黙れ」
神威の切っ先が頭を捉えた。
「う、うわぁぁぁぁ!」
自棄になって闇雲に切りかかった彼はその数秒後、自分の無謀さと刹那の恐ろしさをその身をもって味わうこととなった。
* * *
「円、おいったら」
円に声をかけてみるが反応はない。もしや、自分が戦っている間に弱ってしまったのか?
「円、目ぇ覚ましてくれよ」
「う、ううん……」
やった!反応があった!
「円!」
「うるさい!そう何回も呼ばれなくても聞こえている!」
何度も名前を呼ばれて辟易したのか、怪我をしているにもかかわらず円が大声を上げた。その姿を刹那は嬉しそうに眺めている。
「刹那?ここは?」
刹那は傷ついた円を木陰の下まで運んでいた。円からすればいつの間にやら知らない場所に移動していることになるのだから当然の反応だろう。
「ここはあの盗賊たちに襲われた所から少し歩いたところだよ」
「そうだったのか……ッ!あいつ等はッ?」
「奴らだったら、俺が追っ払っておいた」
刹那は自信満々に自らの胸をドンと叩く。
「刹那、冗談は後にしろ」
「いや、冗談じゃねぇよ!俺があいつ等やっつけたんだって!」
一生懸命主張する刹那だが、円の眼は冷ややかだ。
「嘘を付くな!丸腰のお前に、武器を持ったあいつ等の相手が出来るか!」
円の主張ももっともだ。だが、刹那は待っていましたとばかりに笑みをこぼした。
「ふふん、これを見ても同じことが言えるかな?」
そう言って刹那はニヤケながら円の目の前に神威を置いた。どうだ、これで信じる気になったか?
「これは……」
「どうよ?驚いた?」
円の視線が神威と刹那の間を行き来する。そして、より一層視線を鋭くすると……
「どこで拾った?」
「違う!拾ったわけじゃない」
「ならば……あいつ等から盗んだのか?やってることは変わらんな」
円はやれやれと呆れた様子だ。どうやら、刹那の言っていることを全く信じていないらしい。
「違ぇよ!正真正銘、俺のだよ!」
「記憶が無いのになぜ自分のだと言いきれる?」
「それは……聞いて驚くなよ?実は……」
刹那は自分が気絶してから神威を手に入れるまでの過程を詳しく円に話した。円は目を閉じてその話を黙って聞いていたのだが、信じてくれたのだろうか。
「……刹那」
円が真面目な顔で見つめ返してくる。よかった、分かってくれたみたい……
「お前は、記憶をなくした時に頭を打ったんだろうな。しかも、かなり強く打ちつけたと見える」
はい?
「おい、どういうことだッ?ちょ、その可哀想なものを見るような目を止めろ!俺は正常だ!」
ひたすら自分が嘘をついていないと主張し続ける刹那を憐みの目で見続けた円だったが、目の前に神威という証拠品があるということで、結局半信半疑ながら刹那の話を信じたのだった。
「それで、行くのか、八頭尾山に?」
「あぁ。これといって行く宛ても無いしな」
「そうか、湯山と同じ方角ではあるが……」
円はしばらく下を向いて黙ってしまった。何かを考えているようだ。
「八頭尾山ってなんかあるのか?」
あの円の顔はただ事じゃない。そんなに険しい道なのだろうか。
「いや、山道を歩くのはめんどくさいと思ってな」
「それだけ?」
「それに付随して、さっさとお前を殺してしまおうかと考えてる」
「おい」
真面目な顔でなんて物騒なことを考える奴なんだ。助けなきゃよかった。
「安心しろ、今日の分の鰹節は食べてしまったからな。今日はまだ殺さないでおいてやる」
「貰う立場のくせに態度がでかいよな」
「そのおかげで殺されずに済むんだ。感謝しろ」
「なぬっ?」
この……黙って聞いていれば好き放題言いやがって。
「まあ、デカイ借りが出来たんだ。心臓を貰うのはしばらく待ってやる」
そっぽを向くと、円は刹那に聞こえないように小さな声でそう呟いた。
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもない。それより、もう少し看病の仕方はなかったのか?これじゃあ治るものも治らんぞ」
幸い、刹那の荷物の中に包帯が入っていたのでそれで円を看病したのだが、お世辞にも刹那の看病の腕は良いとは言えず、包帯でがんじがらめにされた今の円の姿はさながら歩く洗濯物のようだ。
「あ~うるせぇな!そんなに不満があるなら自分でやれよ!」
「断る。俺は怪我人だ」
「だったらもう少し怪我人らしい態度を取れっての!それに、お前猫だろうが!」
「相変わらず細かい男だ。器が知れるな」
「うるせぇバカ猫!減らず口がたたけねぇように埋めてやろうか!」
文句を言いながらも、刹那は円の体の包帯を巻き直してやったのだった。