第六十七話 猛禽類
「お客さん、うちの商品に何か不満でも?」
突然現れた錬に男性は訝しげな視線を向けている。無理もない、いきなり見ず知らずの他人が乱入してきてケチをつけられれば誰だっていい気はしないだろう。
男性は頑徹と同じ鍛冶屋とは思えないくらい小奇麗な格好しており、きちんと整えられた髪と、折り目正しい服が鍛冶屋と言うよりは裕福な商人を思わせる。
「商品じゃなくって、売り文句の方っす。大和一とか言ってたっすけど、大和一の鍛冶屋はうちの師匠っす!」
師匠思いなのも良いが、それじゃ恰好がつかないんじゃないか?
「師匠?アナタ、鍛冶屋ですか?」
「そうっす。この町一番、いや、大和一の鍛冶屋、頑徹師匠の一番弟子、錬っす」
自信満々にそう語る錬。どうだ参ったかといわんばかりの態度で胸を張っている。
「――ぷっ、アハハハハ」
しばらくキョトンとしていた男性だったが、突然タガが外れたように笑い出した。その姿に、今度は錬が固まる番だった。
そして、しばらく固まった後、思い出したように相手に食って掛かかり始めた。
「何がおかしいんすかッ?」
「いや、なに、私も今までいろいろな所を渡り歩いていますが、どうしてこう、みんな同じことを言うのかと思いましてね」
男性はくくくっと、笑いを堪えるしぐさを見せているが、逆にそのしぐさが相手を小ばかにしているように見えてしまう。
「鍛冶屋というのはよほど自分の腕に自信があるんでしょうね。どこに行っても○○一の鍛冶屋とか、大和で最高の商品とかのたまうのですよ。まあ、私もそれに習って大和一と名乗らせてもらっていただいてますがね?」
心底愉快そうに、その相手を見下したような視線が錬に注がれる。「お前もそんな奴らと同じ部類なんだろ?」とでも言いたげなその眼に、錬は顔を真っ赤にして反論した。
「師匠をそんなのと一緒にするな!師匠は本当に大和一の鍛冶屋っす!」
「そうですか……そこまでおっしゃるなら、どうです、一つ勝負でもしませんか?」
「勝負?」
「えぇ、第三者に審査員を頼み、その人の注文通りのモノを作るのです。審査員に二つを比べてもらい、どちらの方が良いか選んでもらう。選ばれた方が勝者というわけです。どうですか?分かりやすいでしょ?」
確かに勝負としては分かりやすい。だが、話の流れから戦うのはあくまで頑徹であり、錬ではないのだ。簡単に、はいそうですね、というわけにはいかない。錬もそこはわきまえているようで、
「そういうのは師匠に訊いてみないと……」
「怖じ気づきましたか?それとも、やはり大和一は私だと認めますか?」
再びその挑発的な目が錬に向けられる。そして案の定、錬はその挑発に乗った。
「――ッ!いいっす!やってやるっす!」
「ちょっと待て錬。ちゃんと頑徹さんに聞いてから決めなくちゃダメだろ」
珍しく刹那が制止する側に回る。刹那が止めなければ、このまま当人がいない場所で話が決まっていただろう。
「部外者は黙ってていただけませんか?」
「そういうわけにもいかないんでね」
刹那と男性がにらみ合う。ここで引くわけにはいかない。何とかこの場を収めなければならないのだ。しかし、刹那のその思いは錬には届かなかったようだ。
「刹那さん、止めないでください。それに、師匠だって挑まれた勝負から逃げたらきっと怒ります」
それよりも自分のうかがい知らぬところで勝手に勝負の約束を取り付けられた方が怒ると思うのだが?
「どうやら決まりのようですね。しかし、ただ勝負するだけというのはいただけませんね。そちらには何か賭けていただけないと」
「は?なんでっすか?」
「だってそうでしょう?こちらはただ商売をしていただけなのに、そちらが言いがかりをつけてきたんだ。その上こちらは貴重な商売の時間を勝負のために使わなくちゃいけない。それで何の見返りもないとあっては大赤字もいいところです」
「う~ん」
勝負を持ちかけてきたのは明らかに相手側なのだが、そこに気付けるほどの冷静さを今の錬は持ち合わせていない。そして、それに気付いた刹那の制止などもちろん聞けるわけがない。
「わかったっす。何か賭けます」
周りから「おぉ」という声が上がる。錬達の周りには最初からいた客たちの他にもこの騒ぎを聞きつけた野次馬たちが大勢集まっていた。
「結構」
錬のその言葉を待っていたとばかりに男性が満足そうにうなずいた。次に彼が顔を上げた時、思わず刹那は固まった。その眼は鋭く、まるで獲物を捉えた猛禽類のようだったのだ。そしてついに、男はその本性をさらけ出した。
「私が勝った暁には、そちらの工房をそっくりそのままいただきましょう。ちょうど、この辺りにに腰を落ち着けたいと思っていたんですよ」
「工房をッ?」
錬の目がこれでもかというくらい見開かれる。それもそのはずで、工房を奪われてしまえば仕事をすることが出来なくなる。別の場所に工房を新しく作るにしても、同じ町に二つの鍛冶屋があれば、周りの人々は勝負に勝った優秀な方を選ぶだろう。たとえ付き合いがあった人が贔屓にしてくれるとしても、収入は激減する。つまり、この町での鍛冶屋の仕事を明け渡すということだ。それに、頑徹の工房は自宅も兼ねている。自宅も無く、商売も上がったりとくれば、この町から出ていかざるを得なくなるのだ。
「そ、それは……」
「おや?やはり止めますか?そうですよね?勝負に負けるような中途半端な腕の鍛冶屋じゃ、馴染みのない外の土地じゃやっていけませんもんね?いいんですよ別に。尻尾を巻いて逃げてくれても?皆さん!どうやら向こうは勝つ自信がないので勝負から逃げるようです!」
「勝負しろよ!」
「腰ぬけ!」
周りの野次馬はここぞとばかりに錬をはやし立てる。
捉えた獲物は逃さない。男は周りを味方につけることで錬の退路を断ったのだ。
「……わかったっす。工房を賭けます」
「おぉ!」
「いいぞぉ!」
野次馬たちから歓声が上がる。男は思惑通りにいったとばかりにニヤリと笑う。
「では明日、この場所に集合ということで」
「わかったっす」
錬と刹那は相手に背を向けてその場を立ち去った。心なしか、少しその足取りは早足になっていた。




