第六十六話 お調子者
周りの歓声が少なくなりはじめ、再びあたりに祭りの活気が戻ったころ、一しきり英雄気分を味わった刹那は満足そうに伸びをした。
「さて、そろそろ行くか。ん?錬、どうした?」
錬の方を見ると、彼の目は点になり、瞬き一つしない。何かあったのか?
「すごいっすよ、刹那さん!あっという間にやっつけちゃうなんて!」
まるでウサギのようにピョンピョン飛び跳ねながら錬が刹那の両手を取った。刹那の手より小さいが、ところどころ肉刺があり、まさに職人の手と言った感じだ。
「なんでそんなに喧嘩強いんすか?」
「あ~、いや~、まあそれは~」
はっきり言えば経験の差だ。記憶を無くしてすぐの頃ならまだしも、修羅場を何度も潜ってきた今の刹那にかかれば、そんじょそこらのチンピラなど相手にもならない。
「分かりました。言わなくても結構っす」
錬が片手を出して刹那を制止する。いったい何が分かったというんだ?
「刹那さんは流離いの武芸者なんすね?今は強い奴を求めて武者修行の最中ってわけっすか?」
おいおい勘弁してくれ。それじゃあまるでアイツみたいじゃないか。
「いや、別に流離いとかそう言うんじゃ……」
「隠さなくてもいいんす。俺も同じく修行中の身。刹那さんの気持ちはよく分かるっす。どうりで、最初に会った時に妙に親近感が湧くと思ったすっよ」
それは明らかに能天気な部分に親近感を覚えただけだろう。
「まあ、もうそれで良いや。とりあえず、他の店でも回ろうや」
「はいっす」
一際元気な声で返事をする錬の眼は、もはや武芸者に憧れる少年の目だ。もしかすると、これはちょっとめんどくさいことになってしまったかもしれない。
「それで、錬は何か買ったのか?」
少しでも先ほどの話題から遠ざかりたかった刹那は、出来るだけ自然に祭りの方へ話題を移そうと試みた。
「いろいろ食べたっすよ。蒸した饅頭とか、串に刺さった鶏肉とか、あ、あと、なんかモコモコした不思議なお菓子も食べたっす」
昨日の夕飯の時も思ったが、本当によく食べる奴だ。この身体のどこにそんなに入るのだろう?
「そんだけ食って金は?」
「もうほとんどないっす!」
ここまできっぱりと言い切られると逆に清々しい。
「いいのか?そんなに後先考えずに使っちまって?」
円が聞いたら腹を抱えて笑い転げてしまうようなセリフだが、刹那はいたって真面目だ。あれだけ一生懸命に働いて貯めていた金だ。やはり、そんなに簡単に使ってしまうのはもったいない気がする。
「大丈夫っす!もうやり残したことは無いっすよ!」
自信満々に胸を叩く錬だが、果たして本当に大丈夫なのだろうか?
「まあ、自分でそう言うなら大丈夫か」
なんだか嫌な予感をヒシヒシと感じるが、もう過ぎてしまったことを考えても仕方がない。あとはなるようになるさ。
しかし、祭りというものは不思議な魅力があり、どんなに遊んでも遊び足りるということはない。それは錬も例外ではなかった。少し歩いては露天に目を奪われ、自分の小袋の中身を思い出してはため息をついて諦め、また少し歩いては目を奪われを繰り返す。
「やっぱり後悔してないか?」
「な、何がっすか?俺は全然後悔なんてしてないっすよ!」
どう見ても強がりなのだが、そこを指摘してやるほど刹那は鬼ではない。
「あ……」
錬が急に立ち止まった。その視線の先には手の平に収まるほどの小さなガラスで作られた動物の置物が飾られており、彼はその中の一つ、馬のガラス細工に目を奪われている。走っている姿をそのまま切り出したようなその馬のガラス細工は、繊細な作りで、たてがみや足に至るまで丁寧に作りこまれていた。そしてなにより、今すぐに走り出してしまいそうな力強さを感じさせる。ちなみにお値段はというと、とても金をほとんど使いきった錬に払える金額では無い。
「錬、行くぞ?」
刹那の呼びかけにも反応せず、錬はずっと馬のガラス細工を見つめていた。まさに心ここにあらず、完全にガラス細工に心を奪われている。
「錬?」
「――ッ!は、はい!」
刹那に肩を叩かれてやっと気付いた様子の錬は名残惜しそうにガラス細工を見つめている。よほど気に入ったのだろう。それを見て、刹那はため息をついた。
「すいません、これください」
刹那は錬が見つめていた馬のガラス細工を手に取ると、店の人に代金を支払った。そして、きょとんとしている錬の手にそれを握らせる。
「ほら、これでもういいだろ?行くぞ?」
「え?あの、これは?」
「あんなに物欲しそうに見てるのを見たら、引っ張って行くのも可哀想だからね。ま、この借りはいつか返してよ」
「せ……」
せ?
「刹那さぁん!俺嬉しいっす!ありがとうございます!」
錬は今にも泣き出しそうな顔で刹那に抱きついてきた。というかもう泣いている。そして、その涙は次々に刹那の服に吸収されていく。
「抱きつくなって!歩きにくいだろうが!」
「刹那さん、俺、一生着いて行くっす」
そんな、ガラス細工一個で大げさな……。
「あ、やっぱりダメっす。俺は師匠に着いていって大和一の鍛冶屋になるって決めてたんす。刹那さん、すいませんけど、俺のことは諦めて下さい」
「最初からいらねぇよ!」
本当に調子の良いやつだ。
数秒前の誓いはなんだったのか?めまぐるしく態度を変える錬に流石の刹那もついていけなくなってきた。
「またまた~、照れなくてもいいんすよ?」
「照れてねぇよ!」
錬を見ていると、なぜだか自分を見ているような気分になってしまう。もしかして、円もいつもこんな感覚を味わっているのだろうか。
「へへへ~」
先ほどまでの絶望的な表情が嘘のように錬はニコニコしている。よほど気に入ったのか、馬のガラス細工を両手で持ってそれを空にかざすようにして見ている。
「前見ないと転ぶぞ」
「大丈夫っす~」
ここまで喜んでもらえば買った甲斐があったというものだろう。さて、次はどこへ行こう?
と、思案する刹那の耳に気になる言葉が入り込んできた。
「さぁさぁ、よ~く見てってくださいな。この包丁、素晴らしい光沢でしょう?なんてったって大和一の鍛冶屋が打った作品ですからね」
見れば、そこでは男性が通行人を相手に包丁を売っていた。周りに人だかりが出来ているのを見ると、ある程度は繁盛しているらしい。それにしても、大和一の鍛冶屋とは、先ほど錬が言っていたのと丸かぶりではないか。
「聞いたか錬、大和一の鍛冶屋だってさ。まるでお前みた――あれ?」
そこにすでに錬の姿は無い。まさか……
「へんっ!大和一の鍛冶屋が聞いて呆れるっす!この程度のもの誰だって作れるっすよ」
あぁ、やっぱり!
刹那が想像した通り、錬はすでにその男性の店の前へと行っていた。しかも、喧嘩を吹っ掛けるおまけ付きである。




