第六十四話 隠れた才能
「さぁさぁ見てってよ。この包丁、そんじょそこらの包丁とは大違い!この道うん十年の職人が一つ一つ丹精込めて作った逸品だ!これを一度使ったら、他の所の包丁はちょっと使えないよ?」
どこにそんな才能があったのか、刹那はこなれた様子で啖呵を切っていく。その声に、道行く人が一人、また一人と足を止め、すぐに出店の前は人だかりが出来てしまった。
「はいはい、ちょっとそこ行く奥さん、これ見てってよ。すごく綺麗な刃でしょ?これだけ綺麗に研いであるものってはそうそうないよ?明日から奥さんの強い味方になってくれること間違いなしだ!迷ってるの?せっかくのお祭りだ、ここは景気良く買っちゃいなよ。な~に、ダンナだって今頃どっかで飲み歩いてるんだから文句は言えないよ。はい、まいどあり~」
ひと声掛ければたちまち売れる。まさに刹那の声は魔法の声だった。もしかすると、記憶を失う前はそういった仕事をしていたのかもしれない。
「すげぇ」
その信じられない光景に、錬はただただ茫然と立ち尽くし、口をぽかんと開けて見惚れていた。
「錬、見てないで手伝ってくれよ!」
「は、はいっす!」
刹那が順調に売り続けたおかげで、出店の商品は次々に売れていき、昼を過ぎる頃には残すところあと三つとなっていた。
「すごいっす!まさかこんなに早く無くなっちゃうなんて!」
「ま、俺にかかればこんなもんよ」
自分の功績でかなりの数を売った自負のある刹那は誇らしげに胸を張る。その姿は、円がいれば文句の一つでも言ったであろうくらいのふんぞり返りっぷりだ。
「俺、刹那さんのこと尊敬します」
「はっはっは、そうかねそうかね」
もともとお調子者の刹那が煽てられて調子に乗らないはずがない。彼は「なんらなもっと持って来い」と言って、錬にこれ以上は勘弁してくれと止められてしまう始末であった。
「おぉ、やってるか」
作業場の奥から頑徹がやってきた。祭りであろうと長袖と首に巻いたタオルという出で立ちは変わらない。
「師匠、見て下さいよ、これ。もうほとんど在庫がないんすよ?」
「あぁ?そんなに売れたのか?チビ、お前早く祭りに行きたいからってズルしてねぇだろうな?」
頑徹がジロリと錬を睨む。おそらく曲がったことは大嫌いなのだろう。その視線にはそういった彼の性格がまじまじと見てとれた。
「ズ、ズルなんてしてないっすよ!ただ、刹那さんが手伝ってくれて、すごい勢いで売っちゃったんです」
錬が助けを求めるように刹那に視線を送った。嘘はついていないのだから堂々としていれば良いのだが、あの眼に睨まれれれば怯えてしまうのは良く分かる。
「なに?兄ちゃん、香具師でもやってんのかい?」
「いや、別にそういうんじゃないっすよ。ただ自然に言葉が出ちゃう感じで」
「ほ~、大したもんだ」
頑徹は腕を組みながらうんうんと頷いている。どうやら納得してもらえたようだ。
「残りは……お、チビ、お前の作ったやつも売れてるじゃねぇか。よかったな」
「あ、はいっす」
「錬の作ったやつもあるの?」
残りの品を見てみるが、素人目にはどれが錬の作品かは分からない。
「はい。師匠のと一緒に幾つか。まあ師匠のに比べたらまだまだっすけど」
「何言ってやがるんだ。それで俺を超えるなんて言ってやがるのか。中途半端なもんをうちの名前で売らせるわけがねぇだろうが。もっと胸張りやがれ!」
頑徹に背中をバンッと叩かれ、錬は照れくさそうに笑っている。確かに、師匠のものと遜色の無いものを作れているのだから自信を持って良いと思う。
「さて、あとひと踏ん張りか、気張れよ」
頑徹はそう言って錬の肩にポンと手を置くと、そのまま奥の自分の作業場へと消えてしまった。
「師匠の言うとおりっす。あとひと踏ん張り、やりましょう刹那さん!」
終わりが見えてきたことで気合いを入れ直した刹那たちは、元々売れていたこともあってそれからすぐに残りの商品を売り切ってしまった。
「よっしゃ、終わった!」
「やったっす!」
得も言われぬ達成感が込み上げてくるがそれに浸っている暇はない。祭りは一日中やっているが、お預けを食らっていた二人にはもう一秒も我慢できそうにないのだ。
錬は売上を頑徹の元へ持って行くと、すぐに息を切らせて戻ってきた。その手には膨らんだ小袋がしっかりと握られている。おそらく、今日の為にコツコツと貯めてきた小遣いが入っているのだろう。
「お待たせしたっす。行きましょう!」
「おう!」
仕事を終えた二人は活気に満ちた祭りの中へと飛び込んで行った。




