第六十三話 祭りの朝
「ん、んん」
窓から差し込む光と、何やら外から聞こえてくる賑やかな声で刹那は目を覚ました。
昨日はおかみさん特製のシチューを腹いっぱい食べ、その後、頑徹と錬と会話に花を咲かせ、結局夜中までずっと話しこんでしまった。
それにしても、頑徹とおかみさんとの馴れ初めはかなり面白かった。まさかあの頑徹の一目ぼれとは。頑徹の方から告白したらしいが、いくら仕事が忙しかったからといってもトンカチを持って追いかけまわしたらそりゃ変質者と間違えられるだろう。
「いや~、今思い出しても笑えるわ」
しばらくはこのネタで笑っていられそうだ。ところで、今は何時だろう?外はずいぶん明るいようだが……。
「やっとお目覚めか?」
その声に目を向けると、そこには寝転がりながら毛づくろいをする円の姿があった。どうやら、自分より先に起きていたらしい。
「よぉ円、おはよう」
「もうおはようという時間では無いな。まったく、体調が悪いというのに……。ほどほどにしておけと言っただろう?」
そういえば円が先に部屋に戻る時にそんなこと言われた気がする。腕の腫れはまだ引いてはいないが、もうずいぶん熱も下がってきたし、たぶん大丈夫だろう。
「それで、体調の方はどうだ?」
「ずいぶん良くなったよ。これなら今日の祭りは存分に堪能できるさ」
「ほどほどにしておけ、と言いたいところだが、あの活気を前にしてはその言葉も無駄なんだろうな」
「そんなにすごいのか?」
「百聞は一見にしかずだ。外を見てみろ、所狭しと人が歩いているぞ」
「どれどれ……うぉ!」
窓を開けて外を見た刹那の目に飛び込んできたのは、人、人、人の大群だった。どこからこんなに集まってきたのか、まるで餌に群がる蟻のように人が歩いている。
ある者は出店の商品に目移りし、ある者はどこかで買ったのか串に刺さった肉を頬張りながら歩き、またある者は複数人で笑いあいながら歩いている。みんな思い思いに祭りを楽しんでいるのだろう。こういう光景を見ると、とにかく好奇心の強い刹那は黙っていられない。腕の腫れもなんのその、すぐにでも外に飛び出して祭りを満喫したいと思ってしまう。
「円!すごいぞ!超盛り上がってる!」
「分かったから窓から身を乗り出すな。落っこちるぞ」
今にもそのまま外に飛び出してしまいそうな刹那を円が窘める。だが、興奮した刹那に声が届いているかどうか……。
「お前、行かないんだよな?じゃあ、俺だけで行ってくるわ!」
「あっ、おい刹那!あんまり無駄遣いを――」
刹那はすぐに寝巻きから外着に着替えると、部屋を飛び出した。
背後で円が何かを言っていたようだが、残念ながら外の活気にかき消され聞こえることはなかった。
「おぉ!」
頑徹夫妻に挨拶を済ませ外へと飛び出した刹那は町の華やかさに目を奪われた。
どの店も華やかな装飾品を飾り、この日の為に用意したのであろう商品を所狭しと店先に置いている。店と店の間のスペースには出店が並び、美味しそうな匂いを漂わせたり、見たこともないようなおもちゃで子供の目を釘付けにしている。
「あ、刹那さん、おはようございます」
その声に振り向くと、そこでは錬が出店の番をしていた。並べられている商品は大小さまざまな包丁で、おそらくどれも手作りなのだろう。
「おはよう錬。って言っても、もう昼前だけど。今日は店番?」
「そうなんすよ。ホントだったら俺も祭り見て回りたかったんすけど、師匠にやれって言われちゃって。全部売り切るまでは動いちゃいけないんす」
出店には両の手で足りないくらいの数の商品が置いてある。奥を見ればさらにいくつもの在庫が並んでおり、これを全部売りさばく頃には祭りは終わってしまっているだろう。ご愁傷さまである。
「あ~、お気の毒さま」
「まったくっすよ。あ~あ、俺も祭り見たかったなぁ」
早くも諦め始めている錬を見ていると、なんとも不憫でならない。このまま彼を放っておいて一人だけで歩くというのはあまりにも後味が悪すぎる。
刹那は裏から出店の方へ回ると、大きく深呼吸した。
「刹那さん?」
「二人でやりゃその分早く終わるさ」
「――ッ!いいんですかッ?」
「昨日助けてもらったから、そのお礼」
「ありがとうございます!」
錬の眼は本当にうれしそうで、ここまで感謝されれば悪い気はしない。さあ、さっさと売り切って祭りに行くとしよう。




