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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第六十一話 団欒

 刹那が部屋を出ると、錬は先ほどの長袖とは違った半そでの服を着ていた。こちらが部屋着なのだろう。


「刹那さん、さっき誰かと話してませんでした?」

「え?あ、いや、話してないっすよ?」


 危ない危ない、どうやら円との会話が外に漏れていたようだ。円のことを説明するのはなかなか面倒だ。出来れば誤魔化し通したい。


「そうっすか。俺の勘違いかな」


 何とか誤魔化し通した刹那は、錬に連れられて食事をするというダイニングへ向かった。頑徹の作業場はなかなかの広さがあるため、自然と二階も広くなる。食事をするダイニングは刹那の部屋から三つ目のドア。そこまでは十メートルほどあるだろうか。


「あ、そう言えば、刹那さんって年はいくつなんですか?」

「あ~、う~ん」


 自分の記憶がない刹那には当然自分の年齢も分らない。今まで見てきた人たちから客観的に自分の年齢を判断するに、おそらく十七、八ぐらいだとは思うんだが、ここは適当に答えておくか。


「十八です」

「ってことは俺よりも年上じゃないっすか!敬語なんて止めてくださいよ。なんかくすぐったくて」

「え?あぁ、そうですか?じゃあ、タメ口にさせてもら……おうかな」


 先ほどまで敬語だったために、いきなり口調を変えるのはちょっと難しい。


「まだちょっとぎこちないけど、おいおい慣らして下さい。あ、俺のことは錬で良いっすから」

「わかったよ錬」


 刹那が名前を呼ぶと、錬はくすぐったそうにへへっと笑った。何かおかしなことを言っただろうか?


「俺なんか変なこと言った?」

「あ、違うんす。俺、ここにいると、師匠にもおかみさんにもチビって呼ばれてて、名前で呼んでもらうの初めてだったんで、ちょっとくすぐったいんすよ」


 言われてみれば、先程下で二人とも彼のことをチビと呼んでいた。


「へぇ~、なんでまた?」

「師匠が、『名前を名乗るのは一人前の証だ。お前はまだチビで十分だ』って。だからずっとチビって呼ばれてて、おかみさんも俺のことチビちゃんって呼ぶんすよ。もう師匠の所に来て十年近く経つのに。まだまだ俺は半人前なのかなぁ」

「十年……」


 錬の見た目から判断するに年は十五、六歳。十年と言ったら人生の半分以上だろう。彼の口ぶりから頑徹夫妻は彼の両親ではないだろうし、親元を離れたのが五歳くらいの時ということになる。


「かなり小さい時からここに来てるんだね。住み込みってことは、ご両親は遠くにいるの?」


 両親という単語を聞いた瞬間、錬が悲しそうに顔を伏せた。まずい、また何か余計なことを言ってしまったか。


「あの――」

「あ、ここっす。ここでみんなで飯食うんすよ」


 刹那が何か言おうとしたのと同時に、錬がドアを指差す。そこを開けると、部屋の中央にテーブルがあり、その中心に置かれた鍋には乳白色のシチューが入っていた。頑徹はすでにテーブルに着き、奥さんの方は食器棚から取り皿を出している。


「今日はシチューっすかッ?やったね!俺大好き!」


 飛び跳ねるようにテーブルに着く錬の隣に刹那も腰掛けた。錬の向かいは頑徹、刹那の向かいはおかみさんが坐るようだ。


「刹那さん、おかみさんのシチューは絶品なんすよ!」

「そんなに褒められると照れちまうね。チビちゃんが喜ぶと思っていっぱい作ったからさ、お客さんもたくさん食べておくれ。体を治すにはまず食べないとね」

「遠慮なくいただくっす!」


 錬は言うが早いか早速自分の皿にシチューを盛り始めた。もちろん、山盛りだ。


「馬鹿野郎!お客さんが先だろうが!」

「あ、大丈夫っすよ、自分で盛りますから」


 錬に負けじと刹那もシチューを山盛りにする。どんなに体調が悪かろうときちんと食べられるのは刹那の長所だろう。だが、おかみさんが言ったとおりかなりの量のシチューがあるらしく、二人分山盛りにしてもまだ鍋の中には大量のシチューが残っている。


「「「「いただきます」」」」


 四人で一緒に手を合わせて一斉に食事を始める、が……


「は、早ぇ」


 錬の皿に山と盛られたシチューが見る見るうちに消えていく。その素早さたるや、いつももっとよく噛めと円にたしなめられる刹那ですら追いつけないほどだった。刹那の方はやっと皿に盛ったシチューが半分消えたくらいだ。


「こらチビ!よく噛んで食えって言ってるだろうが!」


 頑徹の言葉も食事を前にした錬には届かない。次々にシチューが彼の口の中に消えていく。それにしても、自分とまったく同じことを言われているとは、まるで自分が怒られているような気分だ。


「あれ?刹那さん、食べないんすか?」

「あ、あぁ、そうだな」


 一応食べてはいるのだが、錬から見れば、それは食べているうちに入らないのかもしれない。今や錬は早くも二杯目のシチューと格闘中だ。


「まったく、この子ったら本当によく食べるね」


 おかみさんは嬉しそうに錬が食べている姿を眺めながら、自分はスプーンで少しずつシチューを取って食べている。その姿はまるで実の子供を見守る母親のようだ。見た所、頑徹夫妻には子供がいないようだ。もしかすると、彼を本当の子供のように思っているのかもしれない。


「食い過ぎだ。ったく、仕事は半人前のくせに食う量は一人前ときてる」


 口ではそう言っている頑徹も顔はどこか綻んでいる。


「すいません、おかわりもらいます」


 最初は錬の食べっぷりに圧倒されていた刹那だったが、そこは元々よく食べる性質の刹那である。先ほどと同じくらいシチューを山盛りにしてそれを先ほどと変わらぬペースで平らげていく。


「おぉ、兄ちゃんもなかなか食うな」

「これじゃあ明日には残らないかもねぇ」


 おいしそうに食事をする若者とそれを優しく見守る大人たち。そこには団欒という言葉がよく似合う光景が広がっていた。しかし、彼らはまだ知らない。その団欒をぶち壊す使者が近づいているということを。

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