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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第六十話 そういう人種

「おっと、そういえば鍋を火にかけたままだった。お父ちゃん、チビちゃん、そろそろ仕事終わりにしとくれよ」


 そう言っておかみさんは二階へ上がって行ってしまう。


「そろそろ飯か。その前に最後の一仕上げといきてぇな。兄ちゃん、悪いんだが……」

「あ、気にしないでください。いきなり来たのはこっちっすから」

「そう言ってくれると助からぁ。明日から断石祭だからな。少しでも作っとかねぇといけねぇからよ。兄ちゃんは部屋で休んでるといい。せっかくの祭り当日に寝てるってのもつまんねぇからな」


 確かにその通りだ。円にも釘を刺されていることだし、大人しく部屋に戻るとしよう。


「チビ、手伝え」

「うっす」


 頑徹に言われて錬が彼の傍に寄る。どうやら相当忙しいようだ。あまり邪魔しない方が良いだろう。

 刹那は二人の邪魔をしないように静かに二階の先ほどの部屋へと戻り、部屋の中を見回した。自分の持っていた荷物は全てここに運ばれているようで、神威も椅子に立てかけられていた。ドアの対面に窓が一つだけあるシンプルな部屋だ。と、窓の方から賑やかな声が聞こえてきた。

 刹那が窓の方へ行き、窓を開けて外をのぞいてみると、そこではたくさんの人々がせわしなく動き回っていた。看板を立てかけたり、屋台の準備をしたり、そこにいる誰もが忙しそうだが、それと同時に楽しそうでもあった。それを見ているだけでこちらもワクワクしてきてしまう。


「断石祭かぁ。楽しみだな」

「そう思うなら安静にしていろ」


 その声に振り返れば、円が床に寝転んで毛づくろいをしていた。見た目だけなら優雅なその姿も、憎まれ口とともに見てしまうと、途端に憎たらしく見えてくる。


「言われなくてもわかってるよ。ちょっと疲れが出ただけさ。一日寝りゃ治る」

「ただの疲れならな」


 円が毛づくろいを止めて刹那の元まで歩いてくる。そして、彼の目の前で立ち止まると、まっすぐにその顔を見据えた。


「刹那、右腕を肩まで捲って見せてみろ」

「――っ。何言ってんだ?」


 その一瞬の動揺を円は見逃さない。


「いいから右腕を見せろ」


 睨みつけるような視線は有無を言わせない雰囲気がある。刹那は観念したのかしぶしぶと右腕をまくって見せた。


「やはり、酷いな」


 刹那の右腕は肩の丁度下あたりから楕円形に腫れ上がり、その大きさは拳とほぼ同じぐらいだった。血が一か所に集まっているのかと思えるぐらい真っ赤なそれは、突けば今にも破裂してしまいそうだ。


「その腫れ、昨日のムカデに噛まれたのか?」

「あぁ。地下にいた時にちょっとな」


 あの時はそれほどの痛みはなかった。だが、聯賦達と戦い始めたあたりから激痛が走るようになり、その日の夜には炎症による発熱と痛みからなかなか寝付けなかったくらいだ。今は少し落ち着いているが、この腕の様子を見るにまだ完治するには至らないようだ。


「まったく。なぜ我慢するんだ。素直に言えば俺が消毒してやったものを」

「それって、やっぱり熱消毒だろ?」

「当たり前だ。俺の炎にかかれば、ムカデの毒など敵ではない」


 ムカデの毒の前にこっちが丸焦げになっちまうよ。

 そう言いたいのをグッと堪え、刹那は腕に軽く触れてみた。


「――ッ!」


 刺すような痛みが腕を駆け抜ける。これは、今夜も寝苦しい夜になりそうだ。


「そう言えば、よくムカデの毒だってわかったな?」

「しきりに痛みに耐える様子が伺えたからな。それに、熱も出ていたようだし、昨日の状況ならムカデの毒をまず疑う」


 あまり目立たないようにしていたつもりだったが、それでもバレていたらしい。円の洞察力は侮れない。


「熱だったら風邪ってこともあるだろ?」

「お前に限ってそれはないだろ」

「どういう意味だよ?」

「知らんのか?お前は風邪を引かん人種なんだぞ?」

「嘘ッ?」


 それほどまでに自分はすごい人間だったのか!

 円の言葉に乗せられて一人感動する刹那を見て円が小さくため息をついていたのだが、それに気付けるような人間ならそもそもこんなことは言われまい。


「それで刹那、お前、その傷で明日祭りに行くつもりか?」

「当たり前だろ。目の前でこんな楽しそうなことをやってんのに寝てられるかよ」


 さも当然と答える刹那を見て、今度はハッキリと円がため息をつく。


「わかった。俺は人ごみは勘弁だからここにいることにするよ」

「そっかぁ。じゃあ、お土産に期待しててくれ」


 思わず刹那の顔に笑みがこぼれる。


 円が付いてこない!ということは、好きなものが買い放題!考えるだけでワクワクしてくるな!


 そんな刹那の心境を素早く察したのか、円がジト目を向けて一言。


「無駄遣いはするなよ?」

「わ、分かってるよ……」


 どうやらお見通しだったらしい。


「その口ぶりだと無駄遣いするつもりだったらしいな。その場にはいないが、俺の目が光っていることを忘れるなよ」

「へいへい」


 聞き飽きたとばかりに適当に返事を返す。世界広しといえど、猫に財布の紐を握られているのは自分ぐらいのものではないだろうか。まったく、奇妙な星の元に生まれてしまったものだ。


「その返事は分かってないな?そもそもお前は――」


 円の小言から逃れるために、刹那が再び窓の外を見ようと振り返ったとき、誰かが部屋をノックしてきた。


「ん?」


 咄嗟に円が口をつぐんで黙る。


「刹那さん、そろそろ晩飯の時間っす」


 錬の声だ。わざわざ呼びに来てくれたらしい。


「あ~、今行きます。円、大人しくしてろよ」


 円に限ってヘマをするとは思えないが、念のためだ。


「分かっている。その代わり、飯を貰ってきてくれ」


 外に聞こえないように小さな声で返事をすると、刹那はドアを開けて出て行ったのだった。

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