第六話 力
「…つな……刹那……」
「ん……誰だ?」
気がつくと、刹那は一面真っ白な場所にいた。そこには刹那以外誰もいない。この声の主は……いや、そんなことより盗賊たちは、円はどうなったのだ?
「刹那」
「誰だッ?どこにいるッ?」
刹那は周りを見回すが自分以外そこには誰もいないようだ。謎の声は刹那の問いには答えず、淡々としゃべり続ける。
「刹那、これを受け取りなさい」
その声とともに、刹那の前に一本の刀が現れた。黒い鞘に収まったそれは、不思議とどこかで見たような記憶のあるものだった。手に取ってみると、その感覚はますます強くなる。この重みを自分は確かに知っている。
「これは……」
「その刀の名は神威」
「神威?」
「そう。神威を含め、その刀には六つの姿があります。あなたがその六つの刀を手にしたとき、あなた自身の謎も解けるでしょう」
「俺自身の……謎?」
それはつまり自分の記憶に関することなのか?
「謎が解けるって、記憶が戻るってことか?」
「それは全ての姿が揃った時に分かります。まずは、八頭尾山を目指しなさい」
「そこに行くとどうなる?」
「それも行ってみれば分かります」
どうやら何を尋ねても無駄なようだ。それならば、もうここに用はない。早く円の元に戻らなければ。
「話しはもう終わりか?俺、助けなきゃいけない奴がいるから急いでるんだけど」
「あの円という猫又ですか?刹那、あの猫又はアナタの命を狙っているのですよ?」
「そうだな」
「ではなぜ?助けたところでアナタには何の得も無い。それどころか、身の危険すらあり得るのですよ?」
「確かにそうかもしれないけど、でも、アイツだって俺のこと助けてくれたんだ」
「助けた?あの猫又が?」
「盗賊が初めて俺の前に現れた時、アイツは俺を助けてくれた」
「それはアナタの心臓を狙っているからでしょう?」
「今回も、アイツは俺を庇う様に前に出てくれたよ」
「ですから、それはアナタの心臓を――」
「初めてだったんだよ」
「はい?」
「誰かと一緒に飯食うの。記憶を無くす前はどうだったか知らないけど。少なくとも俺が覚えてる中じゃ、アイツと会う前に誰かと飯食ったことはなかったし、一人で食う飯はすげぇ味気なかった。だから、初めて一緒に飯食ったアイツは、なんとなく死なせたくない」
「そんな理由で」
「アンタにとっちゃそんな理由でも、俺にとっちゃ大事な理由だ」
記憶を無くして、独りぼっちだった自分に出来た初めての話し相手。確かに心臓目当てで付いて来ただけかもしれないが、それでも刹那は嬉しかったのだ、一緒にいてくれることが。だから、守りたいと思った。
「あの猫又はアナタに助けられたとしても、アナタに牙をむくかもしれない。それでも助けるというのですか?」
「あぁ」
刹那に一切の躊躇はない。
「はぁ~」
声の主の姿は見えない。だが、もし姿が見えたのなら、今頭を抱えていることだろう。
「刹那、アナタは相当なお人よしかもしれませんね」
「極悪人より良いだろ?」
「私としては良い人過ぎるのも困りものですが……。これだけは言っておきます。あまり近づきすぎると後悔することになりますよ?」
「別に構わないよ」
「そうですか……。では止めません。アナタの旅に幸あらんことを」
謎の声のその言葉を最後に白い部屋の光がどんどんと濃くなっていき、刹那はその眩しさに思わず目を手で覆った。
そして、その光が引くと刹那はあの場所に戻ってきていた。右手にはあの刀、神威が握りしめられている。
「ニャン公が調子に乗りすぎなんだよ!」
目を開けた刹那の目の前で、頭が円に蹴りを入れている。少しの隙間から見える円の体は血だらけで、赤い毛並みの猫のようだ。
「――ッ!」
思わず立ち上がった刹那の体は軽かった。見てみると、自分が先ほど棍棒で殴られた部分の傷が綺麗に治っている。こんな不思議なことがあるのだろうか。いや、今はそんなことを考えている時ではない。一刻も早く円を助けなければ!
「おい、円から離れろ!」
刹那の怒声を聞き、盗賊たちの動きが止まる。
「あ~、なんだ?もう起きたのか?」
円に足を乗せたままの頭の視線が刹那に向けられる。その瞳には恐怖も驚きもない。ただただめんどくさそうな目だ。
「今すぐその汚い足を退けろ」
「言われなくても退けてやるよ。ほれっ」
頭は踏みつけていた円を球でも蹴るかのように刹那の方へと蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がり、円が刹那の前で止まる。
円は元々なかなか毛並みの良い猫だったが、今亜h血と土で塗れその面影など微塵もない。
「円!」
「……刹那……か?」
血だらけの顔の微かに開いた口から消え入りそうな声が聞こえてくる。
その顔は傷だらけで、触った刹那の両手もその血で赤く染まってしまう。
「何を……している?殺されるぞ……命が惜しかったら……逃げろ」
「お前を置いていけるかよ」
「俺はお前を……殺そうと……したんだぞ?」
「俺にこの世界のこと教えてくれたろ」
「そんな……ことで……」
「お前がいなくなっちまったら、俺また一人で飯食うことになるんだよ」
「何を……考えているんだ……お前は……」
「へへ、記憶なくした時に、少し馬鹿になったかもしんねぇな」
「少しじゃない、大馬鹿だ……」
それを最後に円は目を閉じて静かになった。これだけ憎まれ口を叩けるなら大丈夫だろう。
「兄ちゃんも物好きだな。その薄汚い猫がそんなに大事か?」
頭がニヤニヤと笑いながら声をかけてくる。
「薄汚い……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、刹那の胸の辺りから何かどす黒いものが湧きあがってきた。
少なくとも自らの身を顧みず刹那を逃がそうとした円の心は、集団で痛めつけることしかできないこいつ等の何倍も気高い。
「あれ?怒ったか?じゃあ……ボロ雑巾なんてどうだ?」
刹那の怒気を孕んだ視線を見て、頭は口角を吊り上げ最後のトドメとばかりに侮蔑の言葉を言い放った。
「そりゃいいや!」
「最高だぁ!」
頭の言葉に他の盗賊たちが沸き立ち、下品な笑い声を上げる。
彼らはまだ気付いていない。自分たちがしたことがどれだけ愚かなことだったのかを。
「――ッ!」
刹那は盗賊たちの言葉に拳を握り締めた。身体に流れる血液が沸騰したかのように全身が熱くなる。
薄汚い……ボロ雑巾……コイツらだけは絶対に許せない!
「お、何だその眼?やろうってのか?」
刹那は神威を抜き一歩前へ出る。先ほどまで手ぶらだった相手がいつの間にか武器を持っているとあって警戒を強めたのか、盗賊たちも己の武器を構えた。
「おいてめぇら、やっちまえ」
頭の合図で棍棒を持った三人の盗賊たちが刹那に向かって行く。
だが――
「どけっ!」
相手の棍棒が振り下ろされるよりも先に、刹那が相手の一人に切りかかった。振り上げ途中だった棍棒は、持ち手の部分の少し上から綺麗に真っ二つになってしまい、それを見ていた他の二人は一瞬後ずさるが、顔を見合すと同時に刹那に殴りかかった。
「邪魔だっつってんだろうが!」
ほぼ同時に殴りかかった盗賊たちだったが、刹那は逃げるどころか自分から相手に近づいて行き神威を振るった。次の瞬間、男たちは膝をつき、その場に倒れてしまう。