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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第五十七話 時間切れ

 聯賦は自分の近くに吹き飛んできた刹那を見下ろし、切り札を手に入れた喜びに口角を釣り上げた。刹那は吹き飛ばされた衝撃と痛みから未だに立ち上がることが出来ない。


「円君、見えるかね?君の相棒がここまで飛んできたぞ!」


 刹那を足蹴に、聯賦が声を張り上げる。


「その炎を止めないと……」


 刹那の右腕の傷に聯賦の体重がかかる。


「ぐあァァァァッッッ」


 激痛に苦しむ刹那の声が響く。それを聞いても、聯賦は体重をかけるのを止めないどころか、さらに力を込めた。


「や、止めろ!」

「ふむ、止めろと言われて素直に止めるほどわしは優しくないぞ?」


 再び刹那の腕に体重が乗る。刹那の傷口から血が噴き出した。


「Ω、こっちに来なさい」


 相手を凛一人に絞って戦っていたΩが聯賦の元へ戻る。それを確認すると、聯賦は刹那を見ろしてつぶやいた。


「必要なのは体だけじゃ。Ω、他の器官を傷つけぬように心臓を一突きしてしまえ」


 聯賦に蹴り飛ばされ、刹那がΩの方へと転がる。仰向けになった刹那をΩが何の感情も持たない目で見降ろした。そして、なんの感情も見せぬまま右手の鎌を振り上げる。


 ヤバい、殺される。


 刹那は己の死を覚悟し目を閉じた。口の中に何か嫌な味が広がる。鎌が風を切る音がする。もはやこれまで――


「やらせない!」


 何かがぶつかる音。そして、いくら待っても刹那の心臓に鎌が振り下ろされることはなかった。刹那が恐る恐る目を開けてみると、そこには棍を構えた凛の姿。Ωはと言うと、凛の打撃に吹き飛ばされたのか少し離れたところでノロノロと立ち上がっている。そして、聯賦はΩが吹き飛ばされたのに巻き込まれたのか、尻餅をついて未だに立ち上がれずにいる。


「ここで死なれちゃ困るのよ。それにしても、何の躊躇もなく人を殺そうとするなんて悪い子ね!」


 刹那をかばうようにして凛がΩの前に立ちはだかる。人質を奪われた聯賦はあわてて胸の内側へと手を伸ばした。おそらく、前のように逃げるつもりだ。


「何をしておるΩ?早く片付けろ」


 余裕がなくなったのか、聯賦の表情から笑みが消える。しかし、なにやらΩの様子が少しおかしい。


「……あ、あぁぁぁ」


 Ωが頭を抱えて苦しみだした。今まで感情らしき感情が伺えなかった表情に苦悶の色が浮かんでいる。目を見開き、焦点は定まらず、何かに怯えているようだ。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……ああああああァァァァァァァァ!」

「ど、どうしたんじゃΩッ?」


 その様子に聯賦も動揺を隠せない。どうやら、あの老人が何かしたというわけではないらしい。


「落ち着け、落ち着くんじゃΩ!」


 Ωは聯賦の言葉など聞こえていないのか、頭を抱えたままその場にうずくまってしまう。どうやら完全に戦意を喪失しているようだ。


「ちっ、やはりここではまずかったか。それに、どうやら時間切れのようじゃ。刹那君、命拾いしたな!」


 彼方に巨大な鳥の姿が見えた。刹那がそれに気付き立ち上がろうとしたとき、聯賦はうずくまるΩを後ろから引っ張るようにして強引に立ち上がらせていた。


「逃がさんぞ聯賦!」


 人質がなくなり手加減の必要がなくなった円が瞳を深紅に染める。だが次の瞬間、空から現れた巨大な鳥が聯賦達の目の前に降り立ち、その羽から生まれる強風のために、円を始め、そこにいた全員が目を閉じた。そう、聯賦以外は。


「さらばじゃ諸君!また会おう!」


 その声に目を開けると、そこには鳥の背中に乗って空の彼方に消える聯賦とΩの姿があった。刹那たちはその姿を黙って見過ごすしかできなかった。

 刹那は悔しさに拳を握るが、それと共に安堵する気持ちもあった。やはり、Ωと戦うことにはまだ躊躇が残っている。


「逃げられたか」


 そう言いながら円が刹那たちの元へ駆け寄る。逃げられたのか、それとも相手の言う通り命拾いしたのか。正直なところ、半々だろう。あのまま戦い続けていれば、双方ただでは済まなかったはずだ。

 刹那がそんなことを考え、難しい顔をしていると、そんなことは知ったことではないという風に凛が声を張り上げた。


「さぁ、勝負よ!」

「え?うそ?ほんとにやるの?」


 やっと自分の番が来たと凛が嬉々として棍を構える。今の今まで戦っていたというのに、この娘はどこにそんな元気を蓄えているんだ?


「当たり前でしょ!早く構えて!」

「ちょ、ちょっと待って」

「なによ?」


 失敗してはいけない。ここで下手なことを言えば、戦いは避けられない。正直、もう今日は戦いたくない!考えろ、考えろ俺!

 そして刹那が出した答えは……。


「勝負の前に便所に行かせてくれない?ずっと我慢しててさ」


 刹那が腹を押さえながらそわそわしてみせる。それを見た凛は一つため息をつくと手で「行って来い」と促す。刹那は凛に気付かれないように円に目配せすると奥へと走った。

 凜に見られないように陰に隠れ、自分たちの荷物を回収する。

 そして、そのまま迅速に移動を始めた。


「刹那」

「円、どうだ?」

「大丈夫だ。あの娘はまだ気付いていない」

「よし、急ごう」


 それから凜が異変に気付くまでの十五分ほどの間に、刹那たちは全力で彼女から逃げたのだった。

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