第五十六話 違和感
刹那が知る限り、炎を使える生き物など猫又以外いない。おそらく、いや、ほぼ確実に聯賦は猫又の力を借りたに違いない。それも相手の意思などは全く関係なく。
「何をした?」
「何を、と言うと?」
「とぼけるな!」
聯賦の横に火柱が上がった。しかし、聯賦にひるむ様子はなく、その顔にはまだあの不快な笑みが張り付いている。
「ふふふ、そう焦らんでもいいじゃろ。君のお仲間、猫又と言ったかの?彼らにご協力願ったんじゃよ。まあ、少し強引にやらせてもらったがの。そうさな、何をしたかと言われれば、体の皮を丸ごとご提供いただいたくらいじゃ」
少し力を借りた程度の簡単な言い方をする聯賦だが、体中の皮を全て取られればどうなるかは火を見るより明らかだ。つまり、彼らはもう……。
「Ωの体を覆い尽くせる量の皮を集めるのは苦労したよ。確か、七、八匹にお世話になったかの。さすが猫又の皮じゃな、君の炎を受けてもビクともしとらんよ。Ωの体に馴染ませるのに少し時間がかかったが、その成果もあったという――」
「貴様ァァァァァ!」
再び地面から火柱が上がる。だがその標的はきちんと定まっていないようで、聯賦の周りやら、遠くやらを発生源にしている。仲間を傷つけられ、円も動揺しているに違いない。
「ふむ、少々目障りじゃな。Ω、黙らせろ」
聯賦の言葉に応えるようにΩが膝を曲げ、一直線に円に跳躍する。その飛距離はとても人間のそれではない。
「邪魔だ!」
円の炎が上がる。だが、猫又の皮膚を全身に移植したΩにはその攻撃は通じない。火だるまになりながらも右手を振り上げ、それを円めがけて振り下ろした。
鉄と鉄のぶつかり合う様な音が響く、片方はΩの右腕、そして、もう片方は刹那の神威だ。
「あぶねぇあぶねぇ。円、無茶するなよ」
「邪魔をするな刹那。そいつの生皮を全て剥いでやる!」
興奮状態の円に刹那の声は届かない。だが、自慢の炎が効かない今、円は全くと言ってよいほどΩに対して無力だ。彼の心境を考えると止めないでおいてやりたいが、それで死んでしまっては元も子もない。
「ハッキリ言わないと分かんないの?今のあんたじゃ敵わないって」
凛が円のΩの間に入るように加勢する。Ωは先ほどと同じように空いた左手で彼女の棍を受け止めた。刹那が言おうとして言い淀んでいたことをハッキリと言ってしまう彼女だが、今はその彼女の性格がありがたい。
「女、貴様――」
「円、今はこの娘の言ってることが正しい。少し落ち着いてくれ」
「ッ!……分かった」
凛だけではなく、刹那にまで制止され、円はやっといつもの調子に戻る。まだ少し興奮しているようではあるが、もうあんな無茶をするようなことはしないだろう。
「炎が効かないとなると、俺の相手はあちらだな」
円の視線の先には未だ不敵な笑みを浮かべたままの聯賦がいる。
「任せた。俺たちはこの子のお守りするからさ。それに、あの爺さん片付ければこの子も大人しくなるだろ」
Ωは聯賦の指示で動いている以外は全く自分の意思のようなものが感じられない。たぶんだが、頭を潰せば動けなくなるはずだ。
「話し終わった?この子、見た目以上に力があるみたいでちょっと厳しくなってきたんだけど?」
凛の言うとおり、Ωは見た目からは想像できないほどの力で神威と棍を押し返している。前戦った時よりも力が増しているのではないだろうか。
凛の言葉に合わせて円が横に飛びのいた。それを確認すると、刹那と凛も横に跳ぶ。円は彼らから距離を置くと、まっすぐに聯賦を見据え、瞳を紅く染める。
「……ッ」
それに気付いたΩが円へと迫ろうとするが、そこに再び刹那と凛が立ちふさがる。
「どこ行くんだ?」
「私たちの相手、もっとしてよ」
標的を円から目の前の二人に切り替えたΩが視線を彼らの間で右往左往させる。流石のΩと言っても同時に二人相手は厳しいようで、どちらを先に相手するか迷っているようだ。しかし、それを大人しく見守っているほど刹那たちはお人よしではない。それぞれの得物を構えると、合わせたように二人同時に飛び掛かった。
刹那の斬撃と凛の打撃、止むことのないその攻撃の嵐に、先ほどまで防ぎ切れていたΩも段々と後ずさる。そして、防ぎ続けるのにも限界がきはじめたのか、その体にいくつもの傷が刻まれていった。
「そろそろ限界かしらね?」
「あぁ、流石に二人相手なら――ッ」
右腕に走る激痛。瞬間、刹那の止むことのなかった斬撃がその動きを止める。
その隙をΩは見逃さなかった。右腕の鎌を左から右へ横なぎに、刹那を掃うようにして切りつける。なんとかそれを神威で受け止めた刹那だったが、右腕の激痛のために力が入らず、相手の勢いそのままに吹き飛ばされてしまう。
その先には、円の炎を避けながら右往左往している聯賦の姿があった。




