第五話 災難、再び
次の日、刹那たちは湯山を目指し、ひたすらに山道を歩いていた。そして、刹那はそこで自分の運命の不幸を呪うことになる。
「兄ちゃん、昨日は世話になったな」
刹那たちの目の前に昨日の盗賊たちが現れたのだった。その数は五人。昨日のことを踏まえて少し人数を増やしてきたのだろう。そんなことを考える頭があるのなら他にもやれることはあるだろうに。
「どちら様ですか?」
刹那は心底覚えていないといった風に首を傾げた。実際、よく覚えていない。
「正面の奴に見覚えがあるだろう。昨日お前を襲って俺に無様に追い払われたやつらだ。覚えていないのか?」
「ん?あ~、そう言えばそんな人たちいたな。いや~、俺、記憶喪失だから」
「一応言っておくが、記憶喪失はそうポンポン記憶が飛ぶ症状じゃないぞ?」
円が適切な突っ込みを入れる。確かに、そうポンポン消えていたら、記憶喪失の人間はまともに生活できない。
「あれ?そうなの?じゃあ、今度から気をつけるわ」
「お前ら俺の話を聞けぇ!」
昨日は円に燃やされ、今日は無視され続けた真ん中の盗賊が顔を真っ赤にして怒っている。おそらく彼が頭なのだろうが、ここまで相手に無下に扱われては頭としての面子もくそもあったものではない。
「なんだ?昨日のあれで懲りたと思ったが、そうでもなかったか。学習能力の無いやつだ」
円がそう言って一歩前に出る。その姿から昨日の悪夢を思い出したのか、頭が一歩後ずさる。
「ならば、二度と忘れないようにもう一度その体に刻み込んでやる」
円の瞳が見る見るうちに真紅に染まっていく。これでもう終わりだ。刹那がそう予感したその時だった――
「い、今だ!やっちまえ!」
頭のその一言を合図に、物陰から三人の男たちが飛び出し、その手に持った棍棒らしきもので思い切り円に殴りかかった。
「――ッ!」
予想外の乱入者に円は対処することが出来ず、初動が一歩遅れてしまった。男たちはその隙を突いて円の頭に強力な一撃をお見舞いする。
「円!」
殴られ横に吹き飛んだ円に刹那が駆け寄ると、円の顔は血で赤く染まっていた。傷が大きいのか、血が止まる気配はなく、赤い色がどんどん広がっていく。
「対策は練ってるんだよ。何がもう一度その体に刻み込んでやる、だ。お前の方が体に刻み込んでやがるじゃねぇか!」
自分が優勢に立ったと判断したのか、先ほどまで気圧されていた頭は下卑た笑いを浮かべている。
「円!円!」
刹那が円の体を抱きかかえながら声をかける。今も血は止まらず、円は目を少しだけ開けてこちらを見ている。
「う……うう……」
円の口から途切れ途切れだが声が漏れる。よかった、最悪の事態にはなっていないようだ。
「おいおい、まだおネンネには早いぜぇ?」
頭を先頭に、盗賊たちが二人の方へと近づいてくる。頼みの綱の円がやられた今、刹那には何の太刀打ちも出来ないと踏んだか、ズカズカと大股に近づいてくる。
「近づくな!」
円を庇うように抱きかかえ、刹那が敵意のこもった眼で盗賊たちを睨み付ける。しかし、何の武器も持たない彼を盗賊たちが恐れるわけも無い。
「退きな兄ちゃん、さもないと、痛い目に遭うぜ?」
頭が左手で刹那にシッシッと追い払う素振りをする。だが、円を置いて逃げるわけにはいかない。
「退かねぇよ!」
「あ、そう。それじゃあ仕方ねぇ、おい」
頭が顎で合図すると、盗賊たちの棍棒が刹那目がけて容赦なく振り下ろされた。
「ぐっ」
当たり所が悪かったのか、刹那は痛みと衝撃で頭がふらついてしまう。
「あ~あ、俺の言うこと聞かないからそういうことになるんだぜぇ?」
頭は心底楽しそうに笑っている。その表情から弱い者いじめが好きでたまらないという印象を受ける。が、刹那は引くことはせず、力の限り相手を睨み付けていた。
「オラ、早く退けや」
刹那の行動に苛立ちを覚えたのか、盗賊の一人が再び棍棒を振り下ろす。それが刹那の頭に命中すると、赤い筋が頬を伝った。
「ほらほら、そんなこ汚い猫のためにケガしたってしゃあねぇだろ?今日の俺は気分が良いからよ、その猫と持ち金の半分で勘弁してやるよ」
「嫌なこった。お前らこそ、今やめれば許してやるぞ?」
「ッ!オイ!その兄ちゃんはまだ分からんらしい。せっかくだから教えてやれ」
頭の言葉を合図に盗賊たちが一気に刹那に襲い掛かった。次々に振り下ろされる棍棒に、しかし刹那は引くことをせず円を守り続けた。体中に痛みが走り、視界はすでにぼやけてきている。
「何だってんだコイツッ!こんな猫一匹守るために何考えてやがる?」
確かに盗賊の言う通りだった。ついこの間会ったばかり、しかも自分の命を狙ってきたような奴をなぜ身を挺して守るのか、刹那にもよく分からなかった。確かに円とはついこの間会ったばかりだ。
だが、自分が記憶を無くしてから初めて会ったのも円だった。初めて寝食を共にして、イラつくこともあったが、自分の知らないことを教えてくれたのも、話し相手になってくれたのも円だった。
この気持ちを何というのかは分からない。だが、少なくとも刹那は円を傷つけられたくないと思ったのだ。
「めんどくせぇ!オイ!そろそろ片付けろ!」
棍棒が顔面に横殴りにするように振られる。
その衝撃に耐えられず、刹那はそのまま横に吹き飛んでしまった。
「円……」
吹き飛ばされながらも、右手を円の方へと伸ばすが、その腕は届かず、彼の意識も途切れてしまった。