第四十七話 奏でる刀
瀏蘭によって神威は返ってきた。だが、刹那にはまだ気になることがある。そのために彼らはここに来たと言っても過言ではないのだ。
「それで、神威は返ってきたけど、新しい刀は?」
「神威を貸して下さい」
刹那は瀏蘭に神威を差し出した。それを受け取ると、彼女はそれを両手で持ち、胸のあたりまで持ち上げた。劉苑が飛旋をくれた時と同じ格好だ。それから、劉苑と同じように何かを唱え始める。何が始まるのかと期待に胸を躍らせた刹那の前で不意に唱える口が止まった。
「終わったんですか?」
瀏蘭は答えない。その代わり、突然目を見開き――
「キェェ――」
「それはもういい!」
叫ぼうとした瀏蘭を円が止める。流石に二度もあのお遊びに付き合う気は無いらしい。
「んもう!せっかくノってきてたのに!」
「いいからさっさとやれ!」
「もう終わりましたよ」
瀏蘭が刹那に神威を差し出す。その顔は、どこか不満そうだ。やはり、「キェェェ」は重要なのだろうか?
「新しい刀の名前は奏流です。出し方は、分かりますね?」
神威を受け取った刹那は目を閉じて静かにその名を告げた。すると神威は光に包まれ、やがて刀身から水があふれ出した。その水は神威を全て包み込んだかと思うと、すぐにまた刀身へと吸い込まれていく。その光景の後、刹那の手の中にあったのは刀身が真っ青の刀。長さは神威ほどだが、反り返った刃とその見事な青が水の流れを思わせる。
「奏流は水の刀です。その刀から発せられる水、その周りにある水、全てを意のままに操ることが出来ます。水は本来形無きもの、あなたならば、その水の流れを奏でるがごとく操ることが出来るでしょう」
「へぇ~、ほれっ」
刹那が奏流を振るうと、切っ先から水が流れ出た。そして、その水の行く先は
「――ッぷッ?。何するんだ、刹那ッ?」
「いや、ちょっと実験を……」
「燃やすぞ?」
「すいません」
ずぶ濡れになった円が刹那を睨み付ける。先ほどの瀏蘭の件からまだ機嫌が悪く、下手をすると本当に燃やされかねない。
「ふふふ」
「何がおかしい?」
円の鋭い視線が瀏蘭へと移った。元凶となった瀏蘭が愉快そうに笑うのを見て、円の怒りの矛先は変更になったようだ。
「いえ、昔の貴方に比べると、ずいぶん丸くなったと思いまして」
「ふん、余計なお世話だ」
二人はまた黙ってしまう。
嫌な予感がする――
刹那の脳裏の先ほどの気まずい沈黙がよみがえる。自分には再びあの空気には耐えられる自信はない。こういう時は早々に退散するに限る。
「円、先に宿に戻ってるわ」
思い立ったらすぐ行動。刹那はスタスタと歩いて行ってしまった。
「あっ、おい!……まったく、自分勝手な奴だ」
「ふふ、本当に、貴方は変わりましたね」
「また昔の俺か?」
円が辟易したとばかりに返す。ため息の一つでもついて暗に抗議しようとも考えたが、おそらくこの目の前の女には何の効果もないだろう。
「えぇ、昔の貴方は他人に関心を示しませんでした。それこそ、自分以外は虫けら程度だと言わんばかりに」
「それは言いすぎじゃないのか?いや、知らないんだが」
いくら自分の知らない過去であっても、そんな言われ方をすれば気分が悪い。それはもちろん円も例外ではなかった。怒っているというほどではないにしろ、眉間に軽く皺が寄っていた。
「そんな貴方があの刹那のことになると命まで懸けようとするなんて」
「そ、それは、アイツの心臓が俺にとって必要なものだからな。途中で死なれるわけにはいかんだけだ」
思わぬ言葉に円は動揺してしまう。
「ふふ、そんな風に貴方に気にかけてもらえるなんて、少し妬けてしまいますね」
そう言った時の瀏蘭の目は一瞬影を落としたのだが、動揺していた円はそれに気付く様子もない。そして、瀏蘭の言葉を誤魔化すために咳払いすると、真剣な顔になり話題を変えた。
「話は戻るが、先ほど俺と貴様の関係、その答えは俺の中にあると言ったな?」
「ええ、言いました」
その話題に瀏蘭の顔が自然と険しくなる。どうやら、明るい答えが返ってくる質問ではないらしい。
「その答えを今すぐに俺自身で紡ぎ出すことは可能なのか?」
「多分無理でしょう。貴方の求める答えは貴方が考えているよりもっと奥深くにあるものなのです」
「ではどうすれば解ける?」
円が訪ねる。だが、それは訪ねるというよりも、有無を言わさず答えを聞き出そうとする、そんな風に見えた。
「それは刹那と旅を共にしていれば自ずと導かれていくはずです」
「俺の答えと刹那が関係あるというのか?」
「当たらずも遠からずと言ったところです」
その答えを予見していたかのように円はため息をつく。これ以上の情報は恐らく出てこないだろう。
「そうか。それで、次はどこに行けばいい?」
「堅要へむかって下さい。そこに次の刀があります」
「……分かった。世話になったな」
もうここに用はないと、円が立ち去ろうとした時――
「円、これだけは忘れないでください。過去にどのようなことがあろうと、貴方は今を生きています。だから自分を見失わないで……」
「頭の片隅にでも留めておくとしよう」
円は振り返らずにそう答える。
「では道中お気をつけて」
「さらばだ」
それだけ言い残し、円は彼女の元を去ったのだった。




