第四十六話 返ってきた愛刀
新しい刀を授ける者だと名乗った瀏蘭に一瞬驚いた刹那と円だったが、相手だけに名乗らせるわけにはいかないと、刹那も自己紹介から始めることにした。
「これはご丁寧に。じゃあこっちも。俺の名前は……もう知ってるか。こっちの目つきの悪い黒猫は――」
「円……」
女性は先ほどとは違う、懐かしむような笑顔を円に向けている。
「え?よく知ってんな。円、お前が目つき悪いのって有名なんだな?」
「目つきが悪いは余計だ。それより貴様、なぜ俺の名前を知っている?」
先ほどよりもさらに鋭い目で円が瀏蘭を睨みつける。その瞳はすでに赤みを帯び始めていた。
初対面の人間にさも自分のことを知っているような素振りを見せられれば警戒してしまうのは当然だろう。いきなり燃やすのはどうかと思うが。
そして、次に瀏蘭の口にした言葉が、ますます円の警戒を強めることになる。
「私は遠い昔、貴方に会っています」
「なに?俺にはまったく記憶に無いぞ?」
その言葉を聞くと瀏蘭は悲しそうに目を伏せた。
その様子を見るに、どうやら円が小さい時に会った、などというわけではなさそうだ。
「いずれ答えを知る時がきます。そしてその答えは貴方の中にあるのです」
「なんだと?」
その言葉に動揺したのか、円の紅い瞳が急激に元の色を取り戻していく。
「…………」
「…………」
円と瀏蘭は互いに一言もしゃべらない。その沈黙は、そのままこの場所の空気として広がって行き、先ほどまでの静かだった水面はまた違った形で沈黙していくのだった。
辺りが重い空気に包まれているとき、この空気に馴染めぬ男が一人。記憶喪失の能天気、刹那である。
沈黙を続ける二人の気持ちなど露とも知らず、刹那はマイペースに考え事をしていた。
この人、円に会ったことあるとか言ってるけど、円は知らないって言ってるし……。円がド忘れしてるだけじゃねぇのかな?それともこの人の勘違い?あ、それあり得る!円みたいな黒猫どこら辺にでもいるし。円に似た猫又がいたとしてもおかしくはないよな。
それより、新しい刀くれんじゃないの?……あ!そういえば神威無くしちゃったんだっけ。どうすんだろ――
などと刹那が考えていると……
「何を呆けているんだ刹那。早く神威に新たな力を授けてもらえ」
「あ、終わった?」
「何がだ。いいから神威を出せ」
瀏蘭の方を見ると、彼女がにっこりと返してくれる。うん、終わったみたいだな。さて、ここで刹那は一つの事実を提示しなければならない。
「忘れてるみたいだから言うけど、神威は湖の底だから」
「あ……」
そのやり取りを見ていた瀏蘭が突然口を開く。
「神威なら持って来れますよ?」
「へ?」
「今なんと?」
二人はその言葉を理解しきれなかったようだ。それはそうだろう。神威はあの水神の巣の所に落ちており、おいそれと持ってこられるものではないはずだ。
「ですから、神威をここに持って来られると言ったのです」
「ホントにッ?じゃあすぐお願いしよう。なあ円?」
「頼むのはいいが、交換条件などと言い出すんじゃないだろうな?」
「昔から疑り深いのですね」
「その昔からというのはやめろ。俺はまったく知らないんだぞ」
自分の知らない過去を持ち出され困った様子の円に対して、劉蘭の方は楽しそうに笑っている。
「では刹那、両手を差し出してください」
「あいよ」
刹那が両手を差し出してじっと待つ。一体どうやって神威を持ってくるというのか、刹那の旨は少々の期待にワクワクしている。
すると、瀏蘭がなにやら唱え始めた。
「古の刀よ、わが名は瀏蘭。我の呼びかけに応えここに出でよ」
それらしき呪文を瀏蘭が唱え始め、刹那たちにも緊張が広がっていく。
そして次の瞬間――
「……キエェーーーッ!」
いきなり奇声を発して目を見開く瀏蘭。何か未知の力が発生しているのか、絹のような金髪は逆立ち、整った顔は大きく見開かれた瞳とそのために寄った眉間のしわ、逆立った髪によって、まるで般若のような姿になっている。
刹那たちは呆然とそれを見つめていた。先ほどまでの彼女からは想像できないようなその光景に、二人とも開いた口がふさがらない。
瀏蘭が叫び終えると、刹那の手の上の空間が光り出し神威が現れた。
待ちに待った愛刀の帰還だが、刹那と円の関心はなぜ神威出てきたかではなく、なぜ目の前の人物が奇声を発したか、ただその一点に向いていた。
「その『キエェーーーッ』てのは、やらなきゃいけない決まりなんですか?前も同じようなことしてる人がいましたけど?」
「同じようなこと?あぁ、劉苑ですね。彼も同じことをしたんですか。別に決まりというわけではないんですよ?」
「じゃあなんで?」
刹那たちの視線が瀏蘭に集まる。どんな答えが返ってくるのか。刹那たちの期待は高まった。その期待に彼女は微笑みながらこう答えた。
「なにか奇声を発したほうがそれっぽいでしょ?髪も演出で上げてみたんですけど、どうでした?」
「「…………」」
二人とも一言も喋らない。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、劉蘭は満足げに微笑んでいる。
しばし続いた沈黙を破ったのは、円だった。
「くだらない事をするんじゃない!」
真剣に怒っていた円だが、その怒りは残念ながら劉蘭には届いていないようだ。その証拠に、
「冗談が通じないのは変わらないのですね。もう少し頭を柔らかくした方がいいですよ?」
「余計なお世話だ!」
どうもこの瀏蘭という人物は見た目とは裏腹にかなりお茶目な性格らしい。あの円が軽くあしらわれているの刹那は初めて見た。
こうして、紆余曲折はあったが、なんとか神威は刹那たちの元へと返ってきたのだった。




