第四十三話 同じ場所へ
地上はスキンヘッドたちを中心にして円の炎によって炎の海と化し、スキンヘッドたちはその炎の勢いのために全く身動きが取れなくなっていた。炎は彼らの腰のあたりの高さまで上がり、通り抜けようものならあっという間に全身火だるまになってしまう。しかも、それらの炎の包囲網が徐々に狭まってきているのだ。
「楽に死ねると思うなよ?」
円は腹の底から湧いてくる今まで感じたことも無いようなドス黒い感情に身を任せていた。
こいつ等を殺す。刹那を殺したこいつ等を皆殺しにする――
普段の円なら絶対にこんなことはしなかっただろう。だが、心の箍が外れた今の円を止める理性も、刹那もそこには存在しない。
奴らを焼きつくし、刹那の仇とする――
この時、円は気付いていなかった。自分が今やろうとしていることは、刹那が厳磨に止めさせようとしていたのと全く同じことだということを。
「ほ、炎がドンドン狭くなってる!」
「狼狽えるな!」
猫背の男の弱気な声にスキンヘッドが活を入れるように怒鳴った。しかし、当のスキンヘッドも現在の自分たちを取り巻く状況に少なからず混乱しているようだ。
その姿を見て、円は心底嬉しくなった。もっと怯えろ、そして悔め。刹那の分まで。
円は一気に炎の大きさを上げる。炎はスキンヘッドたちの伸長を超え、今や完全に彼らを包み込んでしまっている。
「そろそろトドメといくか」
円の双眸がその色を濃くし始める。範囲を一気に狭め、奴らを焼き尽くしてやるつもりだった。
と、次の瞬間、炎の中から巨大な銛が飛んできた。
「――ッ!」
寸での所でそれを躱した円だったが、そのせいで集中力が切れてしまう。相手はその隙を見逃さなかった。
「ヒュウッ!」
一瞬弱まった炎の壁から猫背の男が飛び出した。そして、その手に付けられた鍵爪が円を襲う。しかし、円もただ突っ立っているだけの木偶の坊ではない。後ろに下がって距離を置くと、今度は猫背の男に照準を合わせて炎を出す準備を始めた。それをさせまいと猫背の男の猛攻が始まる。躱し続けながらなんとか炎を出そうとする円だが、相手の動きが素早すぎてなかなか照準が定まらない。
「炎から出ちまえばこっちのモンだ!まったく、驚かせてくれるよなぁ?」
「……」
「どうしたい?喋る余裕もないかい?」
それは違う。
円は怒っているのだ。刹那の仇が生きていることに。彼の仇を取り損なったことに。そしてなにより、その機会を潰してしまった自分自身に。
こちらの手の内がバレた以上、相手は円の炎を警戒してくるだろう。そうなれば、こいつ等全てを倒すのは難しくなってくる。
こうなったら――
両腕の鉤爪を振り回す猫背の男の攻撃を円は避け続けた。それで反撃の機会をうかがっていたのだ。
「なんだい?避けるので精いっぱいかい?」
先ほどとは一転、円が回避に徹したことを自分の優勢だと判断したのか、猫背の男は笑みを浮かべながら余裕を見せ始めた。しかし、それは勘違いだ。円は燃やすことを諦めてはいない。それどころか、仇を討つことすらも。
湖の水がボコボコと音を立て始め、炎が引いたはずの地面からもなぜかまた煙が上がり始めていた。その異変に気付いたのかスキンヘッドが声を上げる。
「気をつけろ!その猫、まだ何か企んでるぞ!」
スキンヘッドの声に合わせて猫背の男が後ろに退いた。だが――
「もう遅い」
円は持てる力を全て使い、そこら一帯を燃やし尽くしてしまうつもりだった。そうすればこいつ等には逃げ場はない。しかし、それは円も同様だった。ここら一帯ということは自分がいる場所も含まれる。円は、スキンヘッドたちと刺し違えるつもりでいた。
刹那の仇を討つために、自分ごと相手を燃やし尽くす。正真正銘の、捨て身の一撃。
刹那、仇は取る――
泡立っていた湖が一気に蒸発を始め、地面から炎が上がり始めた。そして――
スパァッン!
「いてっ」
死を覚悟した円の耳に響いたのは、奴らの断末魔でもなく、己の苦痛の声でもなく、軽快に叩かれた己の頭の音だった。
そして、彼方では茫然と立ち尽くすスキンヘッド。
「お、お前、なんでッ?」
スキンヘッドがつぶやいたその視線の先を追う。自分の真後ろ、そこには見慣れた黒髪が怒った顔をして立っていた。
「円!何やってんだお前!危うく丸焦げになるとこだったぞ!」
「刹那、お前……じゃあ、ここは天国か?」
刹那がここにいるはずがない。であれば、自分はもう死の世界に来てしまったのか?
「あ?お前はどっちかって言うと地獄の方が似合ってんだろ」
この軽口、間違いない!刹那だ!そして、周りの光景はあの湖。とういことは……。
「刹那、生きてたんだな!」
「当ったり前だ。誰がいつ死んだって言った?」
「こ、この馬鹿者!」
「は?あっちぃっ!」
刹那の足元から炎が上がる。だが、それは炎と呼ぶにはあまりに小さく、湖の水ですぐに消えてしまった。
「何すんだ!」
「ふん、心配させた罰だ」
「ったく」
刹那も円の心中を察したのか、それ以上は追求しなかい。
「それでお前、傷はどうした?先ほど、確かに刺さったはずだろう?」
「ある人に治してもらった」
「ある人?」
「詳しい話は後にしよう。まずはあいつ等をなんとかしないとな」
刹那が視線を向けた先では、猫背の男が改めて戦闘態勢に入っている所だった。




