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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第四十一話 見下げたクズ

「ふふふふ」

「いつまで笑ってるんだよ、円」


 やけどの薬を塗った刹那は今、再び眠るためにベッドに横になっていた。同じ様にベッドに横になっている円は、押し殺したように笑っている。


「くく、いや、あれは中々見物だったからな」


 ついに円は我慢しきれなくなったのか思い切り噴き出した。円が笑っているのは、火傷薬を塗ってもらった刹那がその痛みに耐えかねてウサギのように飛び上った挙句、もう塗りたくないと逃げ回り従業員の女の子に追いかけられたためである。


「まったく、お前はつくづく追いかけっこが好きなんだな」

「うるせぇよ、早く寝ろ」


 頭から布団をかぶってしまう。これでもう円の笑い声も聞こえてこないだろう。


「……」

「……」


 部屋にやっと静かな時間が訪れる。物音は窓にあたる風の音だけ。


「刹那」


 しばらく続いた静寂を円が破った。


「……」

「もう寝たか?」

「起きてるよ」

「先ほど、彼女が言ったことを覚えているか?」

「言ったこと?」


 刹那は頭を巡らせた。思い出せるのは……


「男の子なんだから我慢しなさい?」

「違う。こんな時間に外をうろついてる奴がいたという話だ」


 薬の痛みのせいで忘れかけていた。そういえばそんなことを言っていたな。確か、近所に住んでいる男だという話だったか、この真夜中に散歩と言うのも妙な話だ、と親父さんと二人で話していたな。


「……気になるな。明日、調べてみるか」

「よろしく~」


 円が調べてくれるなら安心だ。自分は部屋でゴロゴロするとしようと、何の不安も抱えずに刹那は再び眠りにつこうとした。


「お前も行くんだ」


 駄目だった。


「ちぇ、わかりましたよ。それじゃあ明日に備えて寝るとしますか。おやすみ」

「おやすみ」


 その怪しげな男のことも気にはなるが、今日は走り回って疲れた。ゆっくり休みたい。


 * * *


「どうしたもんかな」


 刹那は昨日従業員の女の子が夜中に出会ったという男の家の前に立っていた。とりあえず家まで来てはみたが、何と声をかけたら良いのやら、まったく思い付かず、ずっと家の前に立ち尽くしているという状態である。


「たくっ、何が調べてみるか、だよ。俺だけ行かせやがって」


 円は「俺は別口から調べてみる」とだけ言って刹那を一人でこの家に行かせたのだった。

 どうせ円のことだ、自分だけ働かせて、宿で紅茶でも飲んでるに違いない。


「なんて声かける?昨日なんで夜中にうろついてたんですか?いや、不自然だな。実は俺のこと襲いに来てませんか?……直球過ぎるな」

「うちに何か御用かな?」

「――ッ!」


 後ろから声を掛けられて振り返ってみると、そこには猫背の小柄な男が立っていた。猫のように鋭い目をした男だ。うちに、ということは、この男が昨日女の子が会ったという男か。


「あ、いや、その……」


 まずい、いきなり声を掛けられてしまったが何も考えていない。こういう時の対応は円の方が得意なのだが、頼りの円はここにいない。どうする?


「うん?」

「いえ、たまたま通りかかって、知り合いの家に似てたもので、ちょっと見てただけなんです。じゃあ!」


 結局、刹那はその場を取り繕う上手い言い訳が思い浮かばずに逃げるようにその場を後にしてしまった。あぁ、こんなことでは後で円に何を言われるか……。


 * * *


「アイツが家に着ただと?」

「えぇ」


 暗い路地の中でスキンヘッドと猫背の男が話している。


「昨日の時点で片付けられればよかったんですが、アイツ、変な猫を連れてまして。何やら探っていた風です」

「まあいい。それで、正体はバレなかったか?」

「それはないと思います。顔は見られていないはずですから」

「そうか……よし、今日アレを厳磨に渡す」

「いいんですかい?アレは俺達が使う予定だったはずじゃ?」

「作戦変更だ。確かにアレを厳磨が使った場合、水神を殺してしまうかもしれないが、それならそれで考えがある」

「では、厳磨を呼びに行きますか?」

「いや、俺が行こう。お前は目を付けられている可能性があるからな」

「わかりました」


 二人は話し終わるとそれぞれ反対方向へと歩いて行った。見張られている可能性がある今の状態ではあまり一緒にいるところを他人に見られるわけにはいかないと考えてのことだろう。しかし、彼らは見落としていた。彼らを監視しているのが人ならざるものである可能性を。その監視者は彼らが去ったのを確認すると物陰から姿を現した。もちろん、それは変な猫こと円である。


「目を付けられているという着眼点はよかったが、もっと周りを警戒するべきだったな」


 昨日襲われたのは刹那が奴らの計画の邪魔だったから、か。奴らの話からして、どうやら水神をどうにかしたいようだな。

 さて、これからどうしたものか。奴らはどうやらあの厳磨という男に何かを渡すようだ。水神絡みということは、何か物騒なものを渡す可能性が高いだろう。関係ないと言えば関係ないが、喧嘩を売られて黙っているのも性に合わない。

 しばらく思案した円はとりあえず刹那にこのことを伝えるために宿に戻ることにした。


 * * *


「へぇ、そんなことがあったのか」

「うむ」


 宿の部屋で円から報告を聞きながら、刹那は紅茶を飲んでいた。


「にしても、そういうことなら俺にも言っといてくれりゃよかったのに」


 どうやら、円は自分をわざと相手の目に晒し、その後の相手の動きを見張っていたらしい。


「お前のことだ、事前に話しておいたら挙動不審になって怪しまれただろう?」

「う……」


 確かに。ガチガチに緊張して右往左往する自分の姿が刹那にも容易に想像できた。


「奴らは今日中に何かを厳磨に渡すつもりらしい。話からして、水神を攻撃するための道具だ」

「厳磨さんが持ってた道具はあいつ等が渡してたものなのかな」

「その可能性が高いだろうな。奴ら、厳磨を利用して水神に危害を加えるのが目的だったようだ。その真意はわからんがな」


 そこで言葉を切って少し冷めた紅茶に口をつける円。

 なるほど、自分たちの手は一切汚さずに、他人に汚れ仕事をさせようというわけだ。


「許せないな」

「スキンヘッドか?」

「あぁ。たぶん厳磨さんの息子さんへの想いを利用して、水神を襲わせてるんだろ。利用されてる厳磨さんも襲われている水神もどっちも可哀想だ」


 刹那はカップを握りしめた手に力を込めた。

 他人の復讐心を煽るような真似をするとは、見下げたクズだ。


「お前らしい意見だな。それで、どうする?」


 円が面白そうに目を細める。

 どうするかなんて、そんなこともちろん決まっている。


「厳磨さんを止めて、そのハゲをブッ飛ばす」

「スキンヘッドを倒しても、厳磨の気持ちは収まらないと思うが?」

「それは……」


 確かにそうかもしれないが、それでも放っておくわけにはいかない。

 だから――


「ハゲをブッ飛ばした後で考える!」

「本当にお前らしい考えだな」


 多少の嫌味を含んだ円のため息交じりの返事も、怒りに燃える今の刹那の心には届かない。それどころか、その言葉をそのまま受け取り「そうだろう?」と褒められた気になってしまっているほどである。

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