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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第三十九話 忍び寄る影

「あ~、食った食った」


 部屋に戻った刹那はそのまますぐにベッドに倒れ込んだ。

 あの後紅茶を二杯お代わりし、酔っぱらいたちの騒ぎを横目にゆったりとした時間を過ごしたのだった。


「刹那、寝る前にシャワーを浴びておけ」

「了~解」


 寝転がって動こうとしない刹那とは対照的に、円はせっせと毛づくろいをしていた。性格の違いとはこうも如実に表れるものだろうか。


「ねみ~。シャワーは明日の朝で良いかな」

「寝るな。寝るならシャワーを浴びてからにしろ」


 そのまま毛布を被ってしまおうとしたところで、円に毛布を引っぺがされた。会話だけを見るとまるで親と子のようだが、猫に促されてシャワーを浴びに行く人間というのも不思議な光景である。


「わ~ってるよ。まったく、お前は俺の母親か」

「もし父親だったならもう少し厳しく躾けている」


 結局、円に逆らうことはできず、刹那はしぶしぶシャワーを浴びるのだった。


「あ~、すっきりした。さて、じゃあ寝るかな」


 頭を拭きながら刹那が出てくると、円は床に寝転がってくつろいでいた。


「俺も寝るとするか」


 円は二つあるベッドの一つに飛び乗ると、体を丸くして目を閉じた。本来ならベッドは一つでという所だが、円がどうしても床で寝るのを嫌がったために、ベッドが二つある部屋を借りたのだ。


「じゃあ、おやすみ円」

「あぁ、おやすみ」


 刹那は部屋の明かりを消した。部屋が闇に包まれる。

 瞳を閉じて、眠りの世界へと入る……


「おい、刹那、起きろ」

「んぁ?」


 半ば夢心地だった刹那は円の猫パンチで目が覚ました。窓に目をやると、外はまだ暗い。まだ鳥だって寝ている時間だ。


「なんだよ、まだ早いじゃん。もうちょっと寝かせてくれ」


 毛布を被ろうとする刹那を円は逃がさない。

 彼の手から毛布を奪うと、そのまま膝まで毛布をまくってしまった。


「誰かが二階に上がってきた。この部屋に近づいてくるぞ」

「この店の親父さんか、従業員さんじゃねぇの?それか、他のお客さんとか?」


 宿の人間ならば朝早くから準備をしていてもおかしくない。

 それ以外となると、あとは他の宿泊客くらいだろう。


「ここには俺たち以外に客はいない。昼間あの従業員の子に聞いた。それに、あの押し殺すような足音、不自然だ」

「周りを起こさないように気を遣ってるんだろ~、円も気を遣って寝かしてくれよ」


 刹那は毛布を奪い潜り込もうとしたが、円に服を引っ張られてしまう。


「さっさと起きろ。燃やすぞ?」

「わ~ったよ。しゃあねぇなぁ」


 寝起きで燃やされてはたまったもんじゃない。

 刹那はベッドから起き上がると、円と二人で扉に耳を押し当てた。


「ん?」


 確かに、足音を殺して近付いてくる音がある。刹那の目が一気に覚めた。ぼやけていた意識が一気に覚醒する。


「円、どうするんだよ?」

「まだ出るな。目の前まで来たら、扉を開けて一気にたたみかけるぞ」

「了解」


 足音が一歩、また一歩と近づいてくる。

 ゴクリとつばを飲み込み、逸る気持ちを抑えた。


「まだか?」

「まだだ、もう少しひきつけろ」


 足音が最大まで大きくなる。

 扉一枚隔てて、相手が目の前に来た――


「今だ!」

「オラァ!」


 円の合図で刹那が思い切り扉を蹴り開いた。


「きゃっ」


 誰かが驚きの声を上げてその場に倒れ込んだ。

 この隙を逃すわけにはいかない。顔を拝ませてもらおうじゃないか。

 刹那が倒れた相手に歩み寄る。


「さて、いったい誰だ?」


 暗がりでもわかるくらい顔を近づけ、そこにいたのは――


「――ッ!ちょっと待て、刹那」

「ん?」


 見間違えるはずがない。そこにいたのはあの従業員の女の子だった。

 彼女はいつもの制服の姿ではなく、ズボンにシャツと、とてもラフな格好をしている。


「あれ?なんで君が?」

「あの、二階の戸締りをきちんとしたか思い出せなくて、考えだしたら気になって眠れなくなっちゃって。起しちゃいました?」


 女の子が申し訳なさそうに刹那を見上げる。


「いや、大丈夫なんだけど……」


 その表情に居たたまれなくなった刹那は、彼女に手を貸して起き上がらせると、この原因となった奴の方へと視線を向けた。


「ピュイ~」


 円はその口で器用に口笛を吹いていて、刹那とは目を合わせようとしない。


「刹那」


 沈黙を破ったのは円の方だった。


「なんだよ?」

「人は、過ちを繰り返して成長していく、そうは思わないか?」


 どこか遠いところを見つめ、愁いを帯びた表情。


「まあ、そうだな」


 思わず刹那も同意する。


「つまり、そういうことだ」

「何が?」

「だから、つまりその……すまん!」


 円は大急ぎで部屋に戻って行った。


「あ、てめっ!待ちやがれ!」


 一瞬流されそうになった刹那は瞬時に正気を取り戻すと、円の後を追った。


「だから、すまんと言ってるだろうが!」

「そういう問題じゃねぇだろうが!お前が怪しい奴が近づいてきたとか言って起こすから、俺はわざわざ起きたってのに」


 刹那は円を追いかけながら容赦なく非難の声を浴びせる。

 安眠を邪魔された恨みは相当なようだ。


「違う、俺は誰かがこの部屋に近づいてきていると言ったんだ」


 円が何とか言い返そうとしているようだが、ハッキリ言って火に油としか言いようがない。


「どっちでも良いんだよ!」


 案の定、刹那の怒りに拍車がかかったようだ。


「刹那、あまり夜中に大声を出すな。周りに迷惑だ」

「俺たち以外宿泊客いないんだろ!」


 刹那の腕を寸での所で交わしながら、円は部屋を逃げ回っていた。

 他に宿泊客がいたら怒鳴りこまれていたかもしれない。


「そう怒るな。誰にでも間違いはある」

「うるせぇ!お前が言うな!」


 刹那は怒りで顔を真っ赤にしている。それに比べ、円は余裕の表情だ。

 その光景を見ていた女の子は「保護者……?」と呟いたのだった。

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