第三十一話 そこから出てきたものは?
「さて、ついに到着したわけだが……」
「うむ」
刹那たちは次の刀がある場所、龍降湖へと到着した。龍降湖は小高い山の上にあり、周りを木々に囲まれたとても穏やかな湖だった。
「で、どうしようか?」
「うむ……」
差し込む太陽の光を反射し、水面は静かに佇んでいる。この湖のどこかに次の刀が隠されているのだろうか。
「う~ん……よし!分かった!」
刹那が何かを閃いたように腕をポンと叩く。
「なにッ?何か心当たりがあるのかッ?」
「あぁ。良いか、よく聞けよ?まず、この神威を湖に投げ込むわけだ。それで、その状態でしばらく待つ。すると……」
「すると?」
「湖から綺麗な女神さまが金の刀と、銀の刀、それと神威を持って現れる。そして、俺にこう訊くんだ。『アナタの落としたのはこの金の刀ですか、この銀の刀ですか?それとも、ただの刀ですか?』」
「それで?」
「で、俺はこう答えるわけよ。自分の落とした刀はただの刀ですってな。すると、女神さまが、『アナタはなんて正直ものなのでしょう!正直なアナタには新しい刀を授けましょう』って言うわけだ。それで正直者の俺は新しい刀を手に入れるってわけよ」
「…………」
わざわざ感心する女神の姿まで熱演した刹那の話を聞き終わった円は下を俯いたまま黙ってしまった。刹那は満面の笑みでその円の顔を覗き込む。
「あまりの名案に流石の円さんも声が出ませんか?」
「俺はお前のことを甘く見ていたようだ」
「そうだろうそうだろう。苦しゅうない、存分に――」
「お前は想像以上のバカだな」
「はぁ?」
まるでかわいそうなものでも見るような円の憐みの視線に、刹那のプライドは紙きれのようにふきとばされてしまった。
「湖から女神など出てくるわけがないだろう」
「そんなもん分かんねぇじゃん」
「いいや、分かる」
「じゃあ、もし出てきたらどうするよ?」
刹那は何とか食い下がる。当然だ、このアイディアには自分のプライドが懸っているのだから。
「お前の前で腹踊りしてやる」
「いいねぇ!是非やってもらいましょう!」
黒猫の腹踊り、しかもあのプライドの高い円の腹踊りだ。ぜひ見てみたい。
「その代わり、もし出てこなければ、刹那、お前が腹踊りしろ」
「上等だ!腹踊りでも背中踊りでもなんでもやってやるよ!」
「その言葉に二言はないな?」
「もちろん」
「よし、それでは、女神が出てくるのを待つとしよう、まあ、たぶん出てこないだろうがな」
そう言って、円はその場に寝転んでしまった。
「ふん、今に見てろよ。それ行け神威!俺の願いを乗せて!」
刹那が神威を投げる姿は、円が言ったモノの正にそれだった。
神威が湖の中に消えていく。水面は少し波紋を広げ、また静かになった。その静寂の中刹那は女神の姿を待った。
刹那が神威を投げ入れてから五分が経った。湖からは何も出てくる気配はない。
「なにも出てこないな」
「ちょっと遅れてるだけだろ」
十五分経過。湖は波風ひとつ立てずひっそりとしていた。
「諦めたらどうだ?」
「支度に手間取ってるんだよ」
三十分経過。
「反応なしだな。おい、刹那」
「いっち、にぃ、さん、し、ご~、ろっく、しっち、はっち」
円が刹那の方を向くと、刹那はパンツ一枚で何やら体を動かしていた。
「何をしているんだ?」
「見て分かんないか?準備体操だよ。泳ぐ前はよ~く体動かしとかないとな」
「泳ぐ?水浴びがしたくなったか?」
今日が比較的暖かいと言っても流石に水浴びが出来るほどの気温ではない。
「神威取りに行くんだよ」
「なぜ取りに行くんだ?女神様が拾ってくれるんじゃなかったのか?」
「円~、現実を見据えなきゃだめだぞ。女神様が出てこないんだから自分で取りに行くっきゃないだろ」
刹那がやれやれ、といった素振りを見せる。しかし、それはある一つの事実を示していた。
「そうか。では刹那、その前にまず腹踊りを披露してもらおうか?」
円はしっかりと約束を覚えていた。いや、このもしかすると、この瞬間を今か今かと待ちわびていたのかもしれない。
「あ~、そんなのあとあと。まずは神威取ってこないと」
刹那は円に取り合おうとせず、手をヒラヒラ振ると、準備体操を続行した。どうやら、かなり念入りに行うつもりらしい。
「約束を破るのか?」
「そうじゃないって。まずは神威取ってこないとだろ?無くしたら大変じゃん」
至って正論なのだが、今の状況からして逃げているとしか思えないその姿勢に円もため息を漏らすしかない。
「自分で放りこんでおいてよく言う」
「円~、小さいこと気にするなよ、そんなことじゃあ大きな猫になれないぞ?」
「俺は今のままの体型で満足だ」
「そうかい。そんじゃま、ちょっくら行ってくるよ」
刹那は勢いよく湖に飛び込んで行った。水面は先ほどの神威の時と同じように、しばらく波紋を広げた後、また静かになる。
「ふむ、戻ってきたら奴の腹踊りを肴に鰹節でも食べるとするか」
円が再び寝転がろうしたその時――
「ぶはっ」
刹那が勢いよく水面から顔を出した。そして、陸地に泳いでくる。何やら慌てているようだが?
「戻ったか刹那。どうだ?神威は見つかったか?」
「そんなことはいい!早く移動する準備しろ!」
陸地に上がった刹那は着替えもしないで急いで靴を履き、荷物を持ち始めた。彼の表情には明らかに余裕がない。一体どうしたというのか。
「どうしたんだ刹那?」
「喋ってないで早くしろ!来るぞ!」
「何がくると――」
円がそう尋ねようとした瞬間、刹那の背後の水面が急激に盛り上がるのが見えた。
盛り上がった水が大量に水面に落ちる。そして、そこに姿を現したのは、水色の巨大なトカゲ……いや、あれは龍と言った方が良いかもしれない。
「な、何だアレは?」
その巨体に円が絶句する。見た所、胸の辺りまでしか水面から出ていないがその体は鱗で覆われており、頭から背中にかけて背びれの様なものが付いている。その瞳は体よりもさらに濃い青で、瞳の先は真っ直ぐにこちらを見ている。何度も咆哮を上げていることから、あまり機嫌は良くないようだ。
「刹那、お前、何をしたッ?」
「それは走りながら説明する!今はとりあえず走っとけ!」
刹那はすでに荷物を持って走りだしていた。
「おい、待て!」
円が刹那の後を追うようにその場を離れると、龍の腕が円のいた位置まで伸びてきた。
背後で地響きが立ち、地面が揺れる。
もしあと数秒あの場所にいたら、あの腕に叩き潰されていただろう。
そして、彼らと龍の追いかけっこが始まった。




