第二十六話 賭けと意地
「迷っている暇はない、か」
相手は今にも円を突き飛ばそうと再び彼に照準を向けた。そして、一直線に円に迫る。
円は寸での所でそれを回避し、相手の体にしがみ付いた。相手はそれを振り落とそうと体を揺らす。
爪が深く刺さらず体が振り落とされそうになる。だが、ここで落とされるわけにはいかない。
「燃えろ!」
円の瞳が深紅に染まる。
次の瞬間、巨大カブト虫の足元に火の手が上がる。
「学習しておらんのか?火は効かんよ!」
「それは短時間の間だけだろう?」
巨大カブト虫の足元に上がった火の手はドンドンと勢いを増し、今や体の高さまで上がってきていた。巨大カブト虫は体を揺らし円を振り払おうとするが、円はしっかりとしがみついて離れない。そして、足元の炎もそれは同様で、ますます勢いを増していく。
最初の攻撃の時は相手の突進に円が集中力を切らしたために炎が消えてしまった。だが、今回は何があっても炎を消すことはしない。
「どこまで耐えられるか、我慢比べと行こうか」
「くそっ、早く振り落すんじゃ!」
円の意図を読み取った聯賦が慌てて指示を出す。だが円が落ちるよりも先に炎が巨大カブト虫の体をほとんど覆う形となった。ついに耐えられなくなった巨大カブト虫は羽を広げ飛び立つ姿勢に入る。
その時――
「待っていたぞ!」
円が巨大カブト虫の羽の内側、殻の中のやわらかい部分へと牙を立てる。強固な殻に守られている柔らかい内部への攻撃、円はそれを狙っていた。だが、それを行うにはどうしても相手に密着する必要があった。相手が飛び立つ準備に入ってから近づいていては間に合わないからだ。ゆえに、円は相手の体に必死にしがみつきその機会を待った。そして今、ついにその千載一遇の機会が訪れたのだ。
「くらえ!」
円の鋭利に尖った両の牙が相手の肉に突き刺さり、力を籠めようとした次の瞬間――
「――がァッ!」
円の牙は確かに相手の体に突き刺さった。
しかし、それとほぼ同時に巨大カブト虫が羽を閉じ、噛みついた円を殻で挟み込んだのだ。巨大カブト虫の外殻はもともと固い殻であり、その大きさから重量もかなりある。それが一気に頭上に圧し掛かってきたために、円は攻撃を解き、そのまま振り下ろされてしまった。
攻撃による軽い脳震盪と、振り落とされたことによる衝撃で思うように体が動かず、完全に無防備な姿を晒してしまう。
「そのまま踏み潰してしまえ!」
円の何倍もの大きさの巨体が彼を踏みつぶさんと迫りくる。
「ぐっ……」
まだ円は動けない。
巨大カブト虫が体を反らせ圧し掛かりの姿勢に入った。
だが――
「ナメるなァァァァァァ!」
円の瞳が燃えたぎる炎のように深紅に染まった。
巨大カブト虫の体が一瞬にして炎に包まれる。たまらず羽を広げて空に飛び立とうとする巨大カブト虫。しかし、円の炎がそれを許さない。羽を広げむき出しになった体に炎が迫る。
巨大な炎が闇に包まれた荒野を明るく照らし、その近くで二つの真紅の光が浮かび上がる。
事情を知らない者が見れば、その光景は美しく映ったかもしれない。しかし、それも長くは続かず、炎が動きを見せる。
「!!!!!!!!!!!」
巨大カブト虫は天に向かって角を掲げたが、それが最後の抵抗だったのか、仰け反るように体を直立させるとその場に倒れた。
「これで……終わりか……」
巨大カブト虫の死骸を確認し、ふらつきながらも聯賦の方へと視線を向ける。
一瞬ではあったがあれだけ巨大な炎を操ったのだ。円の精神的な疲労は計り知れない。
しかし、これで相手の駒は潰した。こちらの優位になったはずだ。
「まさか倒してしまうとはのう。ふふふ、円君ますます君の遺伝子が欲しくなったよ」
円の期待を裏切るように、聯賦はまるでさも当然と言わんばかりに平静を保っている。自分の手駒がやられ、不利になったにも関わらず、全く動揺しないとは……まだ何か秘策を隠しているというのだろうか?
「何度も同じことを言わせるな。貴様に俺の体をいじらせるつもりはない。とっととその燃えカスを持って失せろ。さもなくば、貴様もその虫と同じ目に遭わせるぞ?」
「ふむ、それは困る」
そう言う聯賦には全く困った様子はない。
「……仕方がない、切り札を出すとしよう。お前の出番じゃ、Ω!」




