第二十五話 防戦一方
「ふぅ、仕方がない」
円は微塵もうろたえる様子はなく、静かに目を閉じた。そして、次に彼が目を開けた時、その瞳は真紅に染まっていた。
次の瞬間、巨大カブト虫の全身が炎に包まれる。
「つまみいっちょあがり、と言いたい所だが、さすがにこれは食えんな。いや、刹那なら食うと言うか?」
あの能天気男なら焼いたカブトムシを見せても一向に食欲が落ちないのではないかと思えてくるから不思議である。
「ほぅ、こんな巨大な炎も出せるのか。だが、安心するのはまだ早いのではないかな?」
「なに?どういう――」
円の言葉は突然の衝撃によって遮られる。その体が宙を舞い、そこで円は見た。巨大なカブトムシが体のいたるところから湯気を出しているところを。
完全に焼き尽くせなかったか。しかも、俺の集中力が切れたせいで炎も消えてしまっているとは。
円は宙を舞いながら思案した。炎が効かないとなると、あとは自分が出来る攻撃手段は一つだけ。体の損傷はそこまで激しくは無い、戦闘続行に問題は無いだろう。
鮮やかに着地をした円だったが、その瞬間を待っていたかのようにまたあの巨大カブト虫が突っ込んでくる。
しかし図体のデカいだけのカブト虫である。円が遅れを取るはずもなく、彼は鮮やかに突進してくるカブトムシを避けると、その体に飛びついた。そして牙を立て、その体に噛みつく。
「ちっ」
だが円の牙は食い込むどころかカブト虫の体に傷一つ付けることも出来ず、あっけなく弾かれてしまった。
「ははは、君のその貧相な牙では傷一つ付けることは出来んよ」
悔しいが聯賦の言うとおりだ。カブト虫の名は伊達ではないということか。万事休すというやつだな。
こんな時、刹那がいれば――
「フッ、フフフ、ハハハハッ」
突然笑い始めた円に聯賦が訝しげな視線を向ける。
「どうした?万策尽きて頭がおかしくなったのかの?」
「ふ、ふふ、世迷いごとはその狂った頭の中だけにしろ」
自分はどうかしてしまったのか?殺そうとしている相手に助けを求めるとは。まったく、鈍ったものだ。自分は今まで一人で生きてきた。これからもそれは変わらない。ならば、この程度の危機、一人で乗り越えなければ。
「ふぅ~、さて、では続きといこう」
一しきり笑い、冷静さを取り戻した円は改めて相手を見据えた。
円の突然の行動を警戒していたのか、動きを止めていたカブト虫は再び頭を低くして円の方へと照準を合わせた。これでまた突っ込んできて自分をすくい上げるようにして放り投げるつもりだろう。まったく、単調な攻撃だ。
「来たな」
円の予想通り、巨大カブト虫は真正面から円に突っ込んできた。しかし、来ると分かっている攻撃ほど避けやすいものは無い。円は労せずその一撃を避けてしまう。
だが、攻撃が効かないのであればいずれこちらが限界を迎えてしまうな――
防戦一方ではいずれ限界が来てしまうことは円も分かっていた。なんとか打開策をみつけなければならない。
それから円は、相手の目を狙ってみたり、足を攻めてみた。だが、目は顔の近くに飛びついた途端にふり払われ、足は体と同じように硬く牙は全く歯が立たなかった。しかも、最悪なことに体に何度も飛びついているうちに警戒されてしまい近づくこともできなくなってしまった。
「もう気は済んだかね?」
「何を言っている?まだまだこれからだ」
「そうは言うがね、もう君に万に一つの勝ち目もないじゃろ?」
そんな聯賦の言葉にも円は不敵な笑いを返すが、内心は確かに焦りを感じていた。自慢の炎は効かず、牙も傷をつけることが出来ない。なんとかしてあの強固な皮膚を貫通する術は無いだろうか?
「――ッ!」
円の頭の中に一つの名案が浮かぶ。しかし、それは少々危険を伴う。さて、どうするか?




