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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第二十三話 食事

 荒野は思っていたよりも広く、その日のうちに抜けることは出来なかったため、刹那たちは適当な所で暖を取ることになった。

 その日の夕飯は聯賦が世話になった礼にと、彼が孫たちのためにいくらか持ってきた食材で作ってくれるということになった。

 最初はそれは申し訳ないと断った刹那だったが、聯賦がどうしてもと言うので、そこまで言われては刹那たちには断る理由がないし、せっかくの親切を無駄にするのも悪い気がして、ありがたく世話になることになった。


「何を作ってくれんのかな?」

「何をそんなに浮れている?飯ならいつも食べているだろ」

「お前は知らないだろうけどな、飯作るのって結構めんどくさいんだぞ?他人がやってくれるならそれに越したことはねぇよ」


 これまでの道中、食事を作るのはもっぱら刹那の仕事だった。まあ、円は付いてきているだけ、という名目なので当然といえば当然なのだが。


「ふん、誇り高き猫又は料理などしないのだ。それに、この前作ってやっただろうが」


 刹那が凛との戦いで重傷を負った時、体の自由が利かない刹那に代わって円が料理を作ったことがあった。しかし、あれはとても料理と呼べる代物ではなかった。


「アレは料理とは言わない」

「たまたましくじっただけだ」


 円が出した料理は黒い謎の塊で、その腐った生ごみをかき集めて泥水で煮込んだような臭いは、とてもこの世のものとは思えなかった。

 その上、石を噛んでいるのかと錯覚させるほど固いその塊を噛むたびに滲み出る謎の汁は、もはや味という概念から逸脱しており、子供が食べたらトラウマになるんではなかろうかという強烈なものだった。

 視覚、嗅覚、味覚、触覚、すべてに訴えかけてくるその存在感はもはや料理などという言葉では表すことができず、神が作り出した世界の破壊兵器と言われても疑う者はいないだろう。

 円がせっかく自分の為にと作ってくれたのだから残すわけにはいかないと全て食べたのだが、今思い出しても恐ろしさに身震いする、まさに拷問のようなひと時だった。


「それだけじゃないぞ。付け合わせの……あ~、泥水?」

「スープだ!」

「そう、あのスープ。人参の皮剥かずに入れたろ?火もよく通ってなかったし、歯ごたえありすぎたぞ」

「う……」


 まあ、今思い返してみれば、あれはまだ料理の体裁を保っていたともいえる。


「あとは……」

「刹那君、食事の準備が出来たぞ」


 まだ不満を述べようとする刹那の言葉を遮る様に食事の知らせが届いた。まだ言い足りない刹那に対して、円はこれ幸いと、そそくさと聯賦に呼べれた方へ向かってしまった。


「さぁ、冷めない内に食べとくれ」

「おぉ、初めて見る料理ばっかりだ」


 豪華絢爛とまではいかないが、そこに広げられた料理はどれも刹那が見たことも無いような料理ばかりだった。色とりどりの野菜を使った目にも楽しい料理、何やら豆腐らしきものが入った赤い料理、他にも肉と野菜を炒めた鮮やかな料理が並んでいる。

 刹那はその中から赤みがかった豆腐の入った料理へ目を向けた。何か辛そうな匂いが食欲をそそる一品だ。


「爺ちゃん、この豆腐の入ったやつは?」

「それは豆腐と香辛料を一緒に炒めた料理じゃ、ここよりもっと西で食べられることが多い料理じゃよ」

「へぇ~、爺ちゃんそっちの方の生まれなの?」

「いや、こちらの方の生まれじゃよ。西の方へは研究のために行ったことがあるんじゃよ」

「あ、そういや何かの研究してたって言ってたよね。なんの研究してたの?」

「遺伝子についての研究じゃよ」

「遺伝子?」


 その聞きなれない単語にさりげなく円の方へ顔を向けてみるが、その気配に気付いた円は黙って首を横に振った。どうやら円も知らないことらしい。


「遺伝子というのはその生き物の設計図みたいなものじゃよ」

「設計図?」

「そう、設計図。つまりわしの中にはわしを、刹那君の中には刹那君を作る設計図が入っているんじゃ」

「ふ~ん遺伝子ってすごいんだ」


 よく分らないが凄いものだということだけは分かった。しかし、刹那にとってはよく分らない設計図より目の前の食事だ。早くも、どれに箸をつけようか思案し、目を奪われている。


「まあ、そんなことは今はどうでも良いじゃろ。ほれ、冷めないうちにいただくとしよう」

「それもそうだ。んじゃ、いただきま~す」


 二人が食事を始めた横で、円は今日の夕飯にと宛がわれた魚の燻製を食べていた。黙ってそれに口をつけているあたり、どうやら聯賦の前では普通の猫で通しきるつもりらしい。聯賦の料理はその見た目通りなかなかに美味だった。結構な量があるかとも思われたが、それでもドンドンと入ってしまう。食べられない円が少し可哀想だ、と刹那が思ってしまったくらいである。


「ごちそうさまでした。おいしかった」

「お粗末さま。見事な食べっぷりじゃな」


 聯賦が言うように、刹那の前に置かれた皿は全て空で、残飯などは微塵もなかった。これだけ綺麗に食べてもらえば作った方もうれしいだろう。


「ふぁ~、腹いっぱい食べたせいかちょっと眠くなってきたよ」


 食べてすぐ眠くなるという動物の本能丸出しの刹那に円は呆れたような視線を向けているが、聯賦は嫌な顔一つせずほほ笑むと、皿を片づけ始めた。


「ワシにかまわず眠ると良い、後片付けならわしがしておこう」

「いや、でも、何から何までやってもらって悪いなぁ」

「気にすることはない。ここまで運んでもらった礼じゃよ」


 喋りながら聯賦は手際よく皿を片付けていく。


「それじゃお言葉に甘えて……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 床に就くとよほど疲れが溜まってしまったのか、刹那はすぐに眠りの淵へ落ちてしまった。

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