第二十二話 闇の荒野
刹那と円は今、とても薄暗い所を歩いている。だが、洞窟の中を歩いているわけではない、かといって夜というわけでもない。
ここは通称「闇の荒野」と呼ばれ、昼間でも薄暗いなどの特徴から皆に薄気味悪がられている場所だ。
円が言うには特殊なガスが発生しており、それが上空の光を遮ってうんたらかんたら~と難しいことを言っていたが、要はとにかく昼間でも暗い、ということだろう。
「なあ円、いくら近道だからってこんな薄気味悪いとこ通らなきゃいけないのか?」
「文句を言うな、次の町に着くにはこの荒野を通るのが一番の近道なんだ」
八頭尾山を後にした刹那たちは次の目的地である龍降湖に向けて出発し、今は龍降湖の麓の町、河近を目指していた。
「だけどなんか出てきそうだぜ?」
薄暗い荒野は生物らしきものが見当たらず、元の薄暗さに静けさが加わって何とも言えない不気味さを醸し出している。
「怖いのか?」
「イヤそういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあ、どういうわけだ?」
円がしつこく聞いてくる。その表情から面白がっている事は容易に想像がつく。
「お前、相手の弱みをとことん突くタイプだろ?」
そんなどうでもいい会話をしながら二人が歩いていると、目の前に何か白いものが見えた。
大きさは刹那より少し小さい位、岩などではないようだが。薄暗くそれが何なのか分からないので、二人はギリギリまでその物体に近づいた。
そこにいたのは老人だった、年寄りらしく腰は程よく曲がり、片手には杖、髪は白髪に所々薄いところがある。白衣らしきものを着ているが、医者なのだろうか。
と、その老人は刹那たちに気が付くと彼らに話しかけてきた。
「そこのお若いの、ちょっと待ってくれんか」
「なんだい爺ちゃん?俺たちになんか用?」
呼びとめられた刹那は愛想よく返事をする。
「実は孫の待っている町まで行こうと思って近道したんじゃが、年のせいか腰を痛めてしまっての、ここで誰か人が通るのを待っておったんじゃよ」
「そいつは大変だ!こんな所にお年寄り一人ってのは危ないよ。爺ちゃん、俺がおぶってやるよ」
「良いのかね?」
「良いの良いの、お年寄りには優しくしないとね」
刹那には記憶が無いので誰かにそう教わったというわけではないが、なんとなく年寄りには親切にしたほうが良い、と感じていた。それとなく円を見ると、視線が合った途端、ため息をつくような仕草を見せた。恐らく、お前の好きにしろ、ということだろう。
「すまんのぅ」
老人は謝りながらせっせと刹那の背中に負ぶさった。思ったよりも軽い。これなら背負って歩いてもそこまで負担にはならないだろう。
「気にしない気にしない、お互い様ってね」
爺さんが仲間になった……わけではないのだが、とりあえずそういうことにしておく。
「ありがとう、え~と……」
「俺の名は刹那、んでもってコイツが円」
刹那がそう言って指差すと、円はそっぽを向いてしまった。
「ワシの名前は聯賦と言う。道中よろしく頼むのぅ、刹那君。それに円君も」
聯賦がそう言って円に手を振るが、やはり円は知らん顔をしている。まったく、本当に愛想のないやつだ。まあ、いきなり喋る所を見せたら聯賦が昇天してしまうとも限らない。ここはこれが得策だろう。
それからの道中、聯賦は刹那に背負われながらいろいろなことを話した。自分は研究者で、家庭を顧みずに研究に没頭してしまったこと。息子が十歳の時に奥さんを亡くし、それからは男手一つで育てたこと。家庭を顧みなかったことが原因で息子との関係が上手くいかず、息子が十五の時に大喧嘩をしてそのまま家を飛び出して行ってしまったこと。つい最近その息子から連絡があり、嫁を貰って子供も出来たこと。初めて会う嫁と孫の顔を見るのが楽しみなこと。
それを語る時の聯賦の声はとても楽しげで、本当に会うのが待ち遠しいようだ。刹那は出来れば一秒でも早くこの老人を息子夫婦の元へ届けてあげたいと思い、なるべく急ぎ足で歩いたのだった。




