第二十一話 飛旋の力
「馬鹿なッ?一歩も動かずにだと?無理だ、ここからそこまでとても刀の刀身では届かんのだぞッ?」
「刹那君はやる気みたいだよ?良いから黙って見てなって」
刹那は呼吸を整えて目を閉じた。
自分の考えが正しければ、この飛旋であの箒を切ることが出来るはずだ。しかし、自分はそれをやったことがない。いや、少なくとも、やった記憶はない。だが、その光景は明確に頭に浮かんでいる。あとはそれを実践するだけだ。
「ふぅ~」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。飛旋に全神経を集中し、正眼に構え、箒を正面にとらえる。頭の中で飛旋の刀身に風が集まる姿を思い浮かべた。
「風が……集まっていく?」
円の声色からどうやら想像の通り風を集められているらしい。風が操れている。ならば次は――
「――ッ!」
刹那の目が見開かれる。その瞬間、空気の動きが止まる。そして、構えていた刹那は飛旋を振り上げ、ひと思いに振り下ろした。
刀を振るうのとはまた違った独特の音が響く。まるで突風が吹いたかのようなその音の後には、何もないはずなのに確かに何かを切ったような感覚が刹那の手に残った。
そして――
「馬鹿な……」
「お見事」
男の手に握られた箒は見事に真っ二つになり、男から見て外側が床に落ちた。切り口はとても滑らかで、くっ付ければまた元通りになってしまいそうだ。
「どうだい?出来ただろう?」
「待て、今のは一体何をしたんだッ?」
円が目を丸くして男に問いかける。
「それは刹那くんに聞いた方が早いんじゃないかな」
一仕事終えた刹那は構えを解き、左手に持った飛旋の切っ先を地面に垂らし右手で左肩をポンポンと叩いている。円の視線に気付くと、刹那は軽く笑ってそれに応えた。
「飛旋は風を纏うことが出来るんだよ」
「風を纏う?」
「そ、風。刀身に風を纏って、振るう時に纏った風を飛ばせるのさ」
「そうか……と、それだけで納得できると思うかッ?なぜ刀にそんな力があるッ?」
「何でって言われても、そういうもんだとしか……」
確かに刹那は飛旋の力を理解はしていたが、その理由までは分からなかった。ただ、そうあるものだ、と頭の中に思い浮かんだだけなのだ。
「まったく……原理も分からずに振るっていたのか?」
「まあ、そういうことになるな。でも、出来ないより出来る方が良いし、まあ、細かいことはいいじゃん?」
答えながら刹那は飛旋を神威に戻し、鞘に収めた。それを見ると、男は二人の方へ近づいてきて、優しくほほ笑みかけた。
「さて、飛旋も使いこなせるようだし、これで安心して君らを送り出せるよ」
「待って。俺は飛旋のことは知っていたみたいだけど、アナタのことは思い出せそうにない。いったい、アナタは何者なんです?」
飛旋のことは一目ですぐに分かった。だが、この男のことはどう思い出そうとしても全くそれらしき記憶が出てこない。
「それは時が来れば分かるよ」
男は柔和な笑顔を崩さない。だが、その笑顔が逆に何を言ってもこの男に飄々と躱されてしまうのではないかという印象を与える。
「君たちは、次に龍降湖へと向かいたまえ」
「龍降湖?」
「そ。そこに次の刀がある。それに、あの人なら君らの質問に答えて……いや、ないかな」
男は少し考えると、否定する様に頭を振った。どうやらそこで待ち受けているのは知り合いらしい。
「あの人?そこにはお前のような者がいるのか?」
「ん~、それは内緒。行ってみてのお楽しみだよ。ただ円君、君にも関係する人だよ」
男の笑顔がより一層深みを増したように見えた。
「それはどういうことだッ?」
円のその質問に、男は曖昧に笑ったまま答えようとしない。おそらく、これ以上訊いても期待した答えは返ってこないだろう。それが分かっているようで、円もそれ以上訊くことはしなかった。
「そうと決まれば早く行きたまえ。大丈夫、あの守護獣はもう君たちを襲ってくることはないからさ」
男はそれだけ言ってヒラヒラと手を振りながら奥へと行ってしまった。
残された刹那と円はお互いに顔を見合わせる。
「どうする円?」
「これ以上ここに居てもあの男は何も答えないだろう。それに、どうやらお前が次に向かう場所には俺の知り合いがいるようだ。ここまで言われては気になって仕方がない。行くしかないだろう」
「そうだよなぁ、それに手掛かりはこれ以外に無いし……よし、行こう」
男に送り出され、刹那と円は八頭尾山を後にした。残る刀はあと四本。これをすべて見つけた先に、何が待ち受けているのか。




