最終話 出会いと冒険を求めて
「どうやら、勝者は決まったようですね」
硬直したまま動かない刹那の耳に星の神の声が響き渡る。
「おめでとう刹那。貴方は最後の試練を乗り越え、大和の神となりました」
「俺が……神様に」
円の体に影月を刺したまま刹那が顔を上げる。刹那の周りにはいつの間にか各神々がそろい、彼を取り囲むようにして立っていた。
「これから貴方は大和の神として、この大陸を千年にわたり見守り続けるのです。大和の全てが貴方の思うがまま」
その言葉を頭の中で反芻する。自分が大和の神。そうか、自分が勝ったのか。
未だに刹那には実感が湧かない、だが、目の前で横たわっている円の姿が嫌でもそれを認識させる。
「俺の思うがまま……か。じゃあ、まずは、この神様交代の仕方を変えさせてもらおうか」
「いいでしょう。言ってみなさい」
軽く深呼吸し頭を整理する。自分が何を言うべきか、何を決めるべきかをしっかりと精査しなければいけない。
「まず、先代の神と次代の神は殺し合いをしないで、先代の神が次代の神に引き継ぎを行うだけで神の交代が出来ること。次に、次代の神は先代の神が自由に選べること。最後に、神様の交代の時期は、その時代の神様の自由意思で行えること」
「待て!それでは千年に一度という我々が定めた決まりが変わってしまうことになる!」
男の神の反論に刹那は軽く息を吸う。落ち着け、ここまでは想定内だ。
「アンタらが決めてるのは『千年に一度、次代の神を生み出す』だろ?別に交代の時期については決まってない」
「そんな言い訳がまかり通ると思っているのか?」
「間違ったことは言っちゃいないぜ?」
自信満々で答える刹那。さぁ、どうくる?
「……分かりました。良いでしょう」
「――ッ!主よ!良いのですか?」
星の神の予想外の言葉に男の神が驚きの声を上げる。その声には多少の反論の色が見えた。
「えぇ、確かに言い訳くさくはありますが、交代の時期を言及していなかったのも事実。彼の主張はそれを見抜いた鋭いものと言えるでしょう」
「……主がそう仰るのなら」
「さて、これで俺の言いたいことは言った。あとは――」
影月を円から引き抜き、刹那が真貴耶の前に立つ。
「どうしたのお兄ちゃ――」
真貴耶の言葉を刹那の右拳が遮った。真貴耶は受け止めきれずに後ろに吹き飛び、その顔は刹那の拳の形に歪んでいる。
「こいつは俺の相棒の分だ」
「き、貴様!この僕になんてことを!ただの候補の分際で!」
「おっと、俺はもう候補じゃない。さっきお前の主が言っただろ?俺は今、大和の神だ。お前と同等のな」
刹那の言葉に真貴耶の顔が今度は悔しさで歪む。だが、刹那は止まらない。そう、逆転劇はここからなのだ。
「さて、それじゃあ、俺も神様になれたってことで、もう演技する必要もないかな。円?」
「――ッ?」
刹那がそちらに振り返り声を掛けると、そこに横たわっていた円の目が開き、ゆっくりと上半身を起こした。
「まったく……お前も……意地が悪いな」
「誰かさんの癖が伝染ったんだよ。悪かったか?」
「いや……すっきりした」
「言うねぇ」
「どこかのバカのが……伝染ったんだ」
円が左端の口角を吊り上げて笑う。それを見た瞬間、各々の大陸の神々がうろたえ始めた。その中で一番動揺していたのは他の誰でもない真貴耶だ。
「そんなッ!円は死んだはずッ?」
真貴耶が両目を見開き声を荒げる。先ほどまでの人を食ったような態度が一変、今の彼に先ほどまでの余裕は一切ない。
「残念、確かに重傷は負わせたかもしれないけど、死んじゃいないんだな」
「どうやってッ?」
「円にもさっき言ったけど、影月の能力忘れたか?コイツは、切った任意の空間の中に、なんでも格納することが出来るんだぜ?それは例え影月自身でもな」
そう、刹那は円に止めを刺す瞬間、影月で円の体の上のギリギリの所に穴を穿ち、その中に影月を隠したのだった。それはよほど近くで見ない限り、円の体に影月が突き刺さったように見えるぐらいスレスレの距離だった。その場で見ていた神々を騙せるほどに。
「体重掛けたフリして円に近づいて、小声で作戦伝えるのは苦労したぜ」
「お前……にしては……上出来……だったな」
「ふざけるな!相手を殺していないのなら、こんな勝負は無効だ!」
「その通りだ!これは神聖な儀式を冒涜することになる!」
真貴耶と男の神が無効を訴える。だが、刹那はそれも計算済みとばかりに全くうろたえない。さて、そろそろ切り札を切らせてもらおうか。
「へぇ~、そんなこと言っていいの?だって俺、一番偉い人に直々に神様って認められたんだよ?まさか、偉い人の意見に反対しようっての?」
「ぐ、ぐぐぐ」
「それは……」
真貴耶たちの顔がまるで苦虫を噛み潰したようになる。星の神の名を出されては、流石の大陸の神々も反論のしようがない。
「星の神様、まさかそちらさんも、自分の言ったこと曲げるわけないよね?だって一番偉いんだもん、そんなことするわけないよね?」
「貴様ァ!口を慎め!」
真貴耶の声がついに怒気を孕んだ。その顔は真っ赤に染まり、もはや神の威厳も子供らしさの欠片もない。
さぁ、俺の作戦はここまで。どう来る?
刹那が無言で星の神を見る。言いたいことは言った。やりたいこともやった。あとはもう野となれ山となれ、だ。
そして、ついに星の神が口を開く。
「ハッハッハッハッハ。これは一本取られてしまいましたね。刹那、アナタには負けましたよ」
星の神から出た言葉は怒りではなく、なんと称賛の声だった。
「主?」
「悠久の時をこの星の神として過ごしてきましたが、私を出し抜いたのは、刹那、貴方が初めてです。良いでしょう、今回は特別に、貴方が神になることを認めます」
「――そんな!」
「よっしゃ!」
「それでは刹那、大陸の神として何を成しますか?大和に生きるものたちをすべて一掃し、新たな生命を作りますか?それとも気候を変え、何も住めないような大陸にしますか?すべては貴方の思うがままですよ」
「そうだな……まずは――」
* * *
「まったく、あの時は本当に死ぬかと思ったぞ」
「まだ怒ってんのかよ。だから陰険って言われんだよ」
「お前以外には言われていない!……それにしても、アイツは上手くやっているだろうか?」
「この天気を見る限り、ちゃんとやってくれてるんじゃねぇの?」
刹那が神になってからもう一週間が経っていた。空は晴れ渡り、まさに快晴と呼ぶにふさわしい天気だ。
実はあの後すぐ、刹那は神を交代している。交代した相手は劉蘭。彼女なら大和を良い方向に導いてくれると思えたからだ。その決断に他の大陸の神々――特に真貴耶は――はいよいよ怒り狂いそうになったが、星の神がそれも面白いと許可を出したため、結局神が交代する形となった。
「他の奴らにいびられていないと良いがな」
「大丈夫じゃん?あの人、意外と強かそうじゃん」
「だと良いがな」
神の座を譲り渡した今、刹那は普通の人間になった。劉蘭の好意で神威と他の刀は持ったままだが、神々の権限はなくなっている。
円は、この姿の方が落ち着くと猫の姿に戻り、一緒に神の仕事を手伝ってくれという劉蘭の誘いを断り刹那についていくことになった。
二人は今、再び旅をしている。今度の旅の目的は「まだ見ぬ世界を知ること」。大和だけに限らず、まだ見ぬ世界を刹那はこの目で見たいと考えた。そこにはどんな人がいて、どんな冒険が待っているのだろうか。
「それで、これから行く場所はどんなとこなんだ?」
「さあな?俺も良く知らん」
「マジかよ?頼むぜオイ」
もしかすると、大変な困難が待ち受けているかもしれない。だが、それでも怖くはない。なぜなら――
「俺たち二人なら問題ないだろう?」
「……それもそうだな。なんてったって、元神様と誇り高き猫又だもんな」
「偽物、だがな」
こうして、元神の青年「刹那」と、尻尾の一本しかない偽の猫又「円」の、奇妙な一人と一匹……いや、二人の旅は続くのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
刹那と円の物語はこれにてひとまず完結となります。いや~、長かったような短かったような、何とも言えない気持ちです。正直、まだ終わったという実感がわきません。
毎日必ず掲載すると誓いを立てて半年。苦しくもあり、楽しくもありました。他の方の作品を読むたびに自分の力量の無さに何度筆を置こうと思ったことか……。
それでも自分が最後まで頑張ることができたのは、ひとえに今これを読んでくださっているアナタのおかげです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
さて、刹那と円は自分にとってとても大好きなキャラクターです。それこそ、機会があればまたどこかで彼らの物語を書きたいくらいに。
もし次があるのならば、今回の反省を生かし、もっと彼らを魅力的に書きたいと思っています。
その時は、ぜひお付き合いください。
では、今回はこの辺で