第十八話 頂上で見たものは
「おぉ、デカいなぁ」
「中々立派だな」
頂上にたどり着いた刹那たちの目の前には広大な石畳の境内が広がっていた。その石畳の先には木造建築の社が立っている。この一帯だけ他とは違う、何か神聖な雰囲気を醸し出しているように思える。
「すいませ~ん、誰かいますか?」
刹那が声をかけるが、誰も答える者はいない。誰かが常駐しているというわけでもないのだろうか。
「無人なのかな」
「それにしてはやけに綺麗な所だな。十分注意しろよ」
円のその忠告は残念ながら刹那の耳には届いておらず、彼はすでにズンズンと中に進んでいた。
「おい、注意しろと言ったろ!」
「え?あ~、いや、ちょっと我慢できなくて」
円の注意に悪戯を見つかった子供のように無邪気に答える刹那。好奇心旺盛な所は子供と変わりない。子どもよりも体力と知力がある分、こちらの方が質が悪いのだが。
「まったく……」
「いや~、随分賑やかだと思ったら、お客さんか。ここにお客さんが来るのは久しぶりだな」
「――ッ!」
その声の方へ振り向くと、そこには金髪に神主の姿という、なんとも言えない姿の男が立っていた。腰まで伸ばした髪と、中性的な顔が性別の判断を難しくさせる。目は細く、一見開いているのか閉じているのかも分からない。
「誰だ?貴様」
円が油断のない視線をその男に送りながら尋ねる。先ほどの巨人の件もある、油断は出来ないということだろう。
「え?ここの神主さんだよ」
当たり前のように答える男。その自然な振舞いに不自然な点はない。
「神主さん?すげぇ、本物?」
慎重な円に対して、刹那は全く警戒心のない顔で近づいて行く。
「本物だよ。にしても、君たち、ここに来たってことは、あの守護獣を倒してきたんだね?」
「守護獣?」
「そ、あの岩みたいな化け物。遭わなかった?」
「あぁ~、あれならなんとか俺とコイツで倒しましたよ」
円を指差し、刹那が誇らしげに胸を張った。それを見た円はバツが悪そうに顔をしかめている。正体不明の相手に簡単に情報を流すのはあまり得策ではないと考えているに違いない。
「そうかいそうかい。いや~、アイツを倒せる人なんて十年ぶりくらいだよ。いつもは、だいたいアイツの恐ろしさに尻尾巻いて逃げだすか、無謀に挑んで命落とすかどっちかなんだけどねぇ」
その自称神主の男はさも楽しそうに語っている。仮にも神に仕える者がこんな言い方をして良いのだろうか?
「待て、あの岩の化け物はお前が用意したものなのか?」
円が男に詰め寄る。この男の言葉から彼を敵、もしくはそれに類する存在であると判断のか、視線が先ほどよりも鋭くなっている。刹那もそんな様子に気付いたのか、男から距離を取った。
「そうだよ~」
男が悪びれるそぶりも見せずに答える。瞬間、刹那と円に緊張が走り、空気が張り詰めた。
「どういうことだ?」
「いや、ここって、結構神聖な場所だからね。観光目的とか、そういう軽い気持ちで来られたくないわけ。だから、そういう軽いノリの人たちはあの場所でお帰りいただこうってわけさ」
「こっちは危うく死にかけたんだぞ!」
円が怒るのも無理はない。相手からすれば警告のつもりなのだろうが、あれは明らかに度が過ぎている。
「う~ん、まあいいじゃない。生きてここにいるんだしさ」
「このッ――」
「落ち着けって」
刹那が男に食ってかかりそうな円を抑えつける。今の円を放っておけば、この神主を燃やしかねない。
「それで神主さん、ちょっと聞きたいんですけど」
体をよじって逃げようとする円を必死に抑えながら、刹那が尋ねる。
「なんだい?」
「この社って、なんか特別なものを祭ってあるとか、そういうことないですかね?」
「ん?いや~、特にそういうのはないかなぁ」
「そうですか……」
「なんでだい?」
「いえ、ちょっと」
もしや何か神威のことについて知っているかもと思ったが、彼の反応を見るにその可能性は低いようだ。
刹那は事情を説明することはしなかった。話しても信じてもらえなさそうだし、何より、円ほどではないにせよ刹那もこの男を警戒し始めていたのだ。
「そう。ところで君たち、せっかくここまで来たんだ、お参りしていきなよ」
「どうする?」
円が男から視線をそらさずに刹那に尋ねる。
「う~ん」
刹那は少し考えたが、結局男の言うとおりお参りすることにした。相手は怪しい男だが、こちらに敵意などを向けてきているわけではない。ここまで苦労して来たのだ、お参りぐらいしておいても良いだろう。
男は刹那たちを矢代に挙げると、彼らを従えドンドンと奥へと進んでいった。そして、刹那たちは中央の拝殿の奥、本殿の方へと通された。
「拝殿を通り過ぎたが良いのか?そちらは本殿だろう?」
円の疑問ももっともだ。通常、参拝客は神の祭られている本殿ではなく拝殿に通される。しかし、この男はそこを素通りし、社で最も神聖な場所、本殿へと刹那たちを案内しようというのだ。
「気にしない気にしない。折角お参りに来たんだから、神様がいる所に行かなきゃ」
そう言って、男はまた先へ進んでしまう。
その後に続こうとする刹那の足を円が咥えて引っ張った。刹那が腰をかがめると円が小さな声で耳打ちしてきた。
「やはりあの男怪しすぎる。本当に神主かどうかも怪しいぞ」
刹那もそれは感じていた。これまでの行動に敵意はないものの、そのまま言うことを信じるにはいささか怪しすぎる。
「じゃあどうする?ここで逃げて相手の出方を見るか?」
「いや、あの男の言葉を信じるなら、奴はあの巨人を従えることが出来るらしい。俺たちが背中を向けた瞬間にまたあの巨人を出されたら厄介だ。ここは一旦様子を見る。だが、油断はするな」
刹那たちは緊張の糸を弛ませず、いつでも態勢を整えられるように注意しながら男の後を追った。




