第百七十七話 激突
「どうした刹那?よそ見しているとすぐ死ぬぞ?」
「――ッ!円!俺は戦いたくない!」
躊躇する刹那に円は容赦なく紅煉を振るう。
「先ほどの話を聞いていなかったのか?どちらかが死ぬまで決着はつかないんだぞ?」
「だけど!」
これではこの前と一緒だ。自分は殺し合いをしに来たわけじゃない!自分は円と話をするために来たというのに!
「お前がやらないと言うならそれでも良い。俺は楽に勝ちを取りにいけるんだからな」
「俺を殺して神様になるのかよ!」
思わず刹那が怒鳴る。もう我慢できない。
「俺か円が死んで、どっちかが神様になるなんて俺は嫌だよ!友達殺してまで神様なんてなりたくねぇよ!」
「そういう決まりだ。俺は最初からそれを狙っていた」
「最初っていつからだよッ?全部知ってたのかッ?俺は、ずっと円のことを友達だと思ってたのに、お前はそうじゃなかったのか?俺がバカやってもお前が庇ってくれたり、お前がヤバい時は俺が助けたり、お互いに助け合ったのは、大事な……大事な相棒だからじゃないのかよッ?」
刹那は思いのたけをぶつけた。自分を一人置いて行った円にずっと言いたかったことを包み隠さず、正直に話した。円がそれに応えてくれると信じていた。
だが――
「言いたいことはそれだけか?生憎と俺はお前のことなどなんとも思っていなかった。そうだな、言うなれば、ただの都合の良い駒だ」
血の気が引いた。自分の必死の言葉は、円には届かなかった。都合の良い駒。ただの道具。自分は円に利用されていただけ?
悲しみが押し寄せてきた。だが、それと同時に怒りも押し寄せてきた。悲しみの波を覆い尽くすように怒りの濁流が刹那の心を呑みこんでいく。
「円ァァァッ!」
「良い目だ!そうでなくてはなァ!」
怒りに任せ振るった神威を円は正面から受け止めた。激しい鉄のぶつかり合う音が響き渡る。その音が消えるよりも早く、円は体勢を立て直し、すさまじい速さで刹那に切りかかった。
「くっ」
円の攻撃を神威で受け続ける。前戦った時も思ったが、円は強い。攻撃に無駄がないのだ。だが、だからと言って負けるわけにはいかない。円は自分を裏切った。
――コイツだけは許せない!
「どうした?受けるだけでは勝てないぞ?」
「クソォォォッ」
それは自分だって分かっている。刹那は力いっぱい紅煉を弾き返した。一瞬、円が後ろに下がり、隙が出来た。
今だ――
「くらえェェェ!」
刹那が円に切りかかる。
だが、円はその口を笑みで歪めた。
「馴染みのよしみで忠告してやろう。俺が持っているのは紅煉だ。ただの物理攻撃だけだと思うなよ?」
「――ッ!」
切りかかろうとする刹那を炎が包み込む。だが――
「だろうと思ったぜ!」
刹那の神威がみるみるその姿を変える。そして、紅煉の炎を奏流の水が呑み込んだ。
「ほう、やるな。だが甘い」
奏流の水に飲み込まれたはずの紅煉の炎が見る見るうちに勢いを増し、逆に奏流の水を飲み込んでしまう。
「くっ」
刹那は堪らず後ろに退いた。まさか奏流の水ごと飲み込まれてしまうとは。
「お前の奏流の練度よりも、俺の紅煉の練度の方が上のようだな」
確かに円の言うとおりだ。円は紅煉の力を完全に自分のものにしている。いくら水を操る奏流を用いても、円ほど使いこなせていない自分では太刀打ちが出来ない。このままではこの前と同じようにただやられるのを待つだけだ。
「弱い。弱すぎる。お前はこんなものか。ならば、さっさと負けて死ね」
「うるせぇ!そう簡単にやられるか!返り討ちにしてやる!」
刹那は怒りで冷静な判断が出来ず、円の挑発に簡単に乗ってしまう。
「どうかな?」
円の紅煉が炎を噴き出した。これで自分を焼き殺すつもりか。仕方ない、もう一度奏流で――
「炎ばかりに気を取られていて良いのか?」
「――ッ!」
迫る炎の中から、なんと円が飛び出してきた。炎に身を隠してこちらまで近づいてきたのかッ?
「クッソォ!」
「遅い!」
とっさに奏流で受けようとした刹那だったが、円の紅煉に弾き飛ばされてしまった。彼の手から離れた奏流は床を転がり、すぐには手の届かない場所へ。無防備になった刹那に円の紅煉が迫る。
まずい、やられる――
「待って!」
咄嗟に目を瞑った刹那の耳に、聞き覚えのある声が響いた。その声を聞いた瞬間、円の動きが止まる。
「円、こんなこと止めて!」
その声の主は美しい金髪を揺らしながら円の元へと駆け寄ってきた。あれは……
「劉蘭……」
そこに立っていたのは龍降湖で刹那に奏流を授けてくれたあの女性だった。星の神の話によれば、彼女も神の一人らしいが……。
「刹那を殺すなんてアナタは望んでいないはずよ!だから刹那の元を去ったんでしょ!」
「――ッ!」
円の顔に動揺の色が見える。
自分を殺さないために自分の元を去った?どういうことだ?
「余計なことを言うな!」
「刹那!円を殺さないで!彼は――」
「邪魔しちゃダメだよお姉ちゃん」
真貴耶の声が聞こえてきたかと思うと、彼はいつの間にか劉蘭の背後に立っていた。
「真貴耶様ッ?」
振り返った劉蘭の体に白い鎖が巻きつく。真貴耶の背後から伸びてきたそれはズルズルと彼女を引っ張っていく。
「ま、真貴耶様、お願いです。今しばらくお時間を!」
「ダメだよお姉ちゃん」
あの鎖は真貴耶が操っているようで、彼が腕を上にあげると、それに比例して力が強くなったのか劉蘭の体はズルズルと引きずられていく。
「どうか、どうか――」
「しつこいぞ、女」
「――ッ!」
まるで蛇のような鋭い視線だった。見た目は無邪気な少年にも関わらず、その冷たい視線は思わず刹那が身震いしてしまったほどだ。劉蘭はと言えば、まさに蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させ、ピクリとも動かない。
「さて、分かってもらえたかな?」
「あ、ああ、真貴耶様、お願いします。どうか、どうか……」
「ダ~メ」
そして、劉蘭は鎖に引きずられ、そのまま闇の中へと消えてしまった。
「さて、邪魔者はいなくなったね?じゃあ続きをお願いしようかな?」
真貴耶が一仕事終えたと言わんばかりに掌を叩く。目の前で起きていた光景をただ眺めていた刹那はそれを合図に正気に戻ったように目を瞬かせる。そして、円の方へと視線を向けた。彼と戦うためではない。今の言葉の真意を問いただすためだ。
円は刹那のその視線に気付くと視線を逸らした。明らかに何かを隠している。刹那の中にあった怒りが急速に冷めていく。そして、何かを隠している相棒へ真実を求めた。
「円、さっきのどういうことだよ?俺を殺さないようにって……」
「お前には関係ないことだ」
「関係ないわけないだろうが!」
そうだ。関係ないわけがない。もしかすると、円は自分に大事なことを隠しているのかもしれないのだ。それを知らないまま、円と戦うわけにはいかない。
「俺はお前が本当のことを言うまで戦わない」
刹那は奏流を拾い上げるとそのまま鞘にしまってしまう。自らに戦う意思はない。それを示し、円が真実を語ってくれることを願った。
だが――
「お前には……関係ないと言った」
返ってきた言葉は拒絶だった。刹那の想いは円には届かなかった。
「さぁ、構えろ刹那。続きだ」
円は迷いを振り切るように紅煉を一振りすると、その切っ先を刹那に向けた。瞳はまっすぐに刹那を見据え、そこに躊躇は一切ない。
もうダメなのか。円には自分の声は届かないのか。
刹那が諦めかけたその時、意外な人物が口を開いた。
「あ~あ、そんなに意地悪しないで教えてあげればいいのにさぁ」
真貴耶が円と刹那の間へと移動しながらニヤニヤと笑っている。一体何をするつもりだ?
「せっかくだから、僕が教えてあげようか?」
「――貴様!余計なことを――」
「おっと、ストップ。少し静かにしてなよ?」
今にも真貴耶に飛びかかりそうになった円を白い鎖が絡め捕る。円は鎖につながれ、身動き一つできなくなってしまった。
「さっきは邪魔するなって言ったけど、お兄ちゃん、本当のことを聞かないと戦わないって言うし、そんな状態じゃちゃんとした勝負なんてできないでしょ。だから、僕が教えてあげる」
まるで無邪気な子供のように微笑む真貴耶だが、その笑みの向こうに何か黒いものがあるのを刹那は本能的に感じ取った。こいつは何かを企んでいる。
「お兄ちゃん、円が何を考えてるか分かる?」
「やめろ!」
円が必死に止めようとするが、彼の体に巻き付いた鎖がそれを邪魔して思うように動けないようだ。それどころか、拘束する力が強くなったのか、円は膝をついてしまう。
「円はね、お兄ちゃんに殺されたがってるんだよ」




