第百七十六話 刹那の正体
「生きていたか、刹那」
「円……」
肩まで伸びた黒い髪に赤い瞳、姿はあの時のままだが、確かに円だ。
「あれだけ痛めつけてやったというのに、ノコノコやって来たか」
「お前に会うためにな」
刹那は次に続く言葉が口から出てこなかった。なぜ俺を斬った?本当にお前は俺を殺そうとしたのか?訊きたいことは山ほどあるのだが、いざ本人を目の前にするとそれらの言葉が出てこない。
「そろそろ本題に移りましょうか」
「あ、はい」
円を前にして無言になった刹那は、大人しく星の神の言葉に従った。
「刹那、貴方の正体ですが、それは……」
「それは?」
「神なのです」
「え?」
神?何を言っているんだ?それはここにいる人たちのことじゃないのか?
「正確には、次期神の候補と言った方が良いでしょう。貴方はこの大陸、大和を統べる神として生み出されたのですよ」
「は?」
またまた意味が分からない。自分が大和の神?そんな話、信じられない。
「彼ら大陸を統べる神は千年おきに次代の神を生み出し、その者に神の座を譲るのです。そして、今回次代の神として生み出されたのが刹那、貴方です」
そう言われても、今一よくわからない。自分は次代の神として生み出された。だけど、じゃあなんであんな風に旅をすることになったんだ?
刹那のその疑問を見て取ったのか、星の神が言葉を続ける。
「大和の神はある事情によりもうこの世には存在しません。なので私が彼に代わり、彼が次代の神である貴方に用意した試練を課したというわけです」
「試練っていうのは、刀を集めること?」
「はい、さまざまな地に散った刀を集めることで、自分が統べる大陸のことを知ってもらいたい、というのが先代の大和の神の望みでした」
だからいろいろな場所を巡る様に刀が散っていたわけか。それにしても、もう少し楽な試練にしてもらいたかった。
「まったく、めんどくさいことさせるよね。僕みたいに頭に刷り込んであげればいいのにさ」
真貴耶が頭に指を当ててニヤニヤと笑っている。それを見てローブの男が声を荒げた。
「真貴耶、主がお話をされているのだぞ!」
「そっちだってさっき割り込んでたじゃん」
真貴耶にそう指摘され、ローブの男が黙る。確かに、先程あの男は話の中に割り込んできていた。
「ちなみに、お兄ちゃんにも僕からプレゼントしてるからね」
「え?」
「お兄ちゃん、「機械」って知ってるでしょ?あれ、僕の大陸発祥でね、大和じゃまだほとんど普及してないんだよ?だから、僕があらかじめ教えといてあげたのさ。感謝してよ?」
思い出した。あの巨大ムカデに襲われた場所で、凛が知らないはずの「機械」を自分は知っていたのだ。
「貴方は見事に試練を超えました。十分に神となる資格はあるでしょう。しかし……」
「しかし?」
「貴方はまだ、完全に試練を乗り越えたわけではないのです」
「え?でも刀はすべて集めたし」
「はい。ですが、先代の神が遺した試練はまだあるのです。それは、先代の神と戦い、勝つこと」
「戦って、勝つ……。なんでそんなことを?」
「彼ら大陸の神が千年ごとに次代の神を生み出し、その座を譲ると先程説明しましたね?慣例であればただ単純に譲り渡すだけなのですが、先の試練にも表れている通り、大和の神は少し戯れが好きな性分で、自分に負けるような軟弱者に次期神の座は渡せない、と」
まったく、なんてハタ迷惑な神様なのだろうか。もし今この場にいたなら引っ叩いてやりたい。だが、気になる点が一つある。
「でも、先代の神はもういないって?」
「えぇ、ですから代わりを用意しました。先代の神の代わりは、そこにいる円です」
「円がッ?」
この神は何を言っているんだ?円が神の代わり?いくらなんでもそれは……。
「円は貴方と同じ、大和の次期神の候補だったのですよ。神の代わりを務めるには十分資格があります」
「円が神の候補?」
およそ信じられないが、そう考えると納得できる所もある。どうりで紅煉が使えたわけだ。
「それでは早速始めてもらいましょう。円、神威を刹那に」
「刹那、受け取れ」
円が刹那に向けて神威を放り投げる。
円から神威を受け取った刹那は、何かの違和感を感じ、神威を隅から隅まで見回した。
「紅煉だけ借りているぞ。俺が最も使っていた刀だったからな」
円はどこから出したのか、いつの間にかその手に紅煉を持っていた。神威と紅煉が同時に存在している。とても奇妙な光景だ。
「それでは両者とも準備が出来たということで良いですね?」
「あぁ」
「ちょ、ちょっと待って!俺はまだ円と戦うなんて言ってないです!」
自分は円の真意を確かめるためにここに来たのだ、戦うためなんかじゃない!
「ここまで来て怖気づいたか刹那?」
「うるせぇ、俺はお前に会って、話を聞くために来たんだ。戦うためじゃねぇ」
「それならこの戦いが終わってから存分にしてやる」
「ホントだな?約束だぞ?」
「神の候補の誇りに懸けて誓ってやる」
「よ、よし、それなら」
ちょうどいい、心配させられた礼も込めて思いっきり叩きのめしてやる。
「用意が整いましたね。では、次期神の資格をかけた勝負を始めます」
そう言うと、星と大陸の神々は姿を消し、その声だけがその場に聞こえてきた。
「この勝負の勝者が次期大和の神となります」
ということは、円が勝てば円が神になるという事か。つまり、円の目的は神になること?
「勝負の決着方法はどちらかの死によって決まります」
「――ッ!」
突然示されたその決着方法に刹那が狼狽える。
それではつまり、円と殺し合いをしろと言うのか。
「ちょ、ちょっと!」
刹那が姿の見えなくなった星の神を探して振り返る。しかし、そこにもう神々の姿は無い。
「それでは、始め」
刹那の抗議も虚しく、勝負は始まってしまった。振り向こうとした刹那の頬を冷たい風が吹き抜ける。円の紅煉が刹那の頬をかすめたのだ。