第百七十五話 ついに……
「ここが、神座山」
刹那の目の前には切り立った岩山がそびえていた。草木一本生えておらず、頂上は鋭利な刃物で切ったようにまっ平ら、岩で出来た椅子のようにも見える。神座山とはよく言ったものだ。
「旅の終着点か」
自分はここを目指して旅をしてきた。全ては自分が何者なのか知るために。だが、今は違う。今は自分が何者なのかなんてどうでもいい。自分を支え、時には叱咤してくれた相棒の本心を知るために、自分はここにいる。
「待ってろよ、円」
神座山には緩い坂になっている個所があり、刹那はそこから登ることにした。
と、一歩を踏み出した瞬間、目の前が白い光に覆われる。
「――ッ!」
あまりの眩しさに刹那は目を閉じる。そして目を開くと、
「なんだ、ここ?」
神座山に登ろうとしたはずの刹那は今、白い床の上に立っていた。その床は丸く、直径三メートルほどしかないだろうか。それ以上先は真っ暗で、先があるのかは分からない。そして、刹那の目の前には上へと続く階段がある。階段と言っても、支えになるようなものは見当たらず、白い板が浮いているようにしか見えないのだが。
「上れってことか?」
目の前の階段以外進む道はない。ならば、行くしかないだろう。
刹那が階段に足をかけると、予想に反してその階段はしっかりしており、とても安定していた。正直、足をかけた瞬間に落ちてしまうんではないかと思っていたが、その心配はないようだ。
「ふぅ、ん?」
安心して二、三歩ほど歩を進めた刹那が後ろを振り返ると、自分が今登って来たはずの階段が姿を消していた。あの白い床もなくなっている。
「進むしかないってことね」
その事態に臆することもなく刹那は悠然と階段を上って行く。そして、それから数分上り続けると、その先に一つの扉が現れた。
先ほどの階段や床と同様、この扉も真っ白だった。両開きになっているその扉は簡素な作りで、鍵は付いておらず、ノブは金色だった。
「さて、何が出るやら」
意を決し、ノブを回して扉を開く。グググという重い音を響かせて、ドアが内側に開く。
「なんだこりゃ?」
扉を開き中に入った刹那の目に映ったのは先ほどと同じような白い床だけだった。同じ様に円になった床は直径が二十メートルほどの大きさである以外は、先ほどと全く変わりがない。階段がない所を見ると、これ以上先には進めないようだが?
「いったいどうすりゃいいんだ?」
中心に移動した刹那は辺りを見回してみるが、どこかほかの場所に繋がっているようなものは先ほど入ってきた扉だけだ。行き止まりなのだろうか。
「よく来たな」
「――ッ!誰だッ?」
暗闇から聞こえてきた突然の声に刹那が振り返ると、そこには白いローブのようなものにに身を包んだ老人が立っていた。頭は禿げあがり、その代わりと言わんばかりに白いひげは顎から胸の辺りまで伸びている。
「へぇ、これが次の候補?前のよりは良いんじゃないかしら?」
「俺は前の方がよかったと思うがな。アイツの方が目に覇気があった」
「ありすぎて噛みついてきちゃ世話ないわよ」
違う方向から今度は男女の声が聞こえてきた。三十代前半と思しき男と二十代後半と思しき女だ。彼らは老人と同じように白いローブを身にまとっている。
気付けば、刹那はいつの間にか三人の男女に囲まれていた。彼らは一体何者なのだろう。
「ずいぶん混乱してるみたいだね」
また違う方向から声が聞こえてきたと思うと、そこには老人たちと同じローブに身を包んだ少年が立っていた。彼の髪は綺麗な茶色で、瞳もそれと同じ色をしている。
「ん?誰か分からないって顔してるね、酷いなぁ、もう忘れちゃったの?」
少年が刹那の顔を覗き込んでくる。記憶をたどって思い出そうとしてみるが、全く心当たりがない。
「僕だよ僕、お・兄・ちゃん」
「――ッ!」
この声、思い出した――この子は!
「真貴耶ッ?」
「せいか~い。よくできました」
とても信じられないが、間違いない。この目の前の子どもは真貴耶だ。しかし、円に引き続き真貴耶まで人間の姿になっているなんて、一体何がどうなっている?
「正解したお兄ちゃんにはご褒美があります。それはあの方に会える権利で~す」
真貴耶がおどける様に首を傾ける。
「あの方?」
「そろそろいらっしゃる頃だよ?」
その場にいた刹那以外の視線が奥の暗闇に集まる。
と、そこが突然白く光り出し、その光がそのままこちらに近づいてくるではないか。
「なんだ?」
その光球は人間の大きさほどあった。それが刹那のすぐ近く、ちょうど刹那を取り囲む人間たちと同じくらいの距離の所で止まった。
「おぉ、主よ」
老人がそう呟くと、ローブたちは皆そろってその光に跪いた。
「なんなんだ?」
一人状況が呑み込めない刹那は、ただ呆然とその場に突っ立っていることしかできない。
「よくここまでたどり着きましたね、刹那」
「――ッ!この声は!」
光球から聞こえてきた声に刹那は聞き覚えがあった。忘れもしない、自分がここを目指すきっかけを作った声。刹那が神威を手に入れた時に聞こえた声だ。
「貴方のこれまでの道のり、ずっと見ていましたよ」
「はぁ」
光球にずっと見られていたと言われても正直どう反応して良いか分らない。というか、この光球は何なんだ?
「アナタはいったい何者なんですか?」
念のため敬語を使ってみるがそもそもこの光球が人間であるのかすら怪しい。
「私は……人間が神と呼ぶ存在です」
「神ッ?」
単刀直入に尋ねた刹那に、光球は思わぬ返事を返してきた。神とは、あの神様だろうか?しかし、刹那は何度か神に会ったことがある。
「あの、神って緋炎とか、陽燈とかと同じやつですか?」
「アレ等と一緒にするな。アレ等は末端にすぎん」
ローブの男が割り込んでくる。末端?
「末端って、じゃあ、アナタはもっと中心の人物なんですか?」
「はい、彼らの生みの親の生みの親、と言ったところでしょうか。彼らはそれぞれの地域を守る為に生み出された存在。彼らを生みだしたのは、ここにいる彼らのように大和という大陸を統べる神、そして、その神を生み出したのが私、星の神なのです。なので、彼らは言わば私の孫に当たる存在ですね」
「孫……」
神様の孫というのも変な話ではある。だが、神様の一族なのだから彼らも神様なのだろう。だが、その星の神様が自分に何の用だ?
「さて、では約束通り、貴方が何者なのか教えましょう」
「――ッ!」
そうか、ついに自分が誰なのか分るのか……いや、しかし、今はそんなことよりも――
「すいません、それよりも訊きたいことがあるんですけど」
「貴様、主に向かってなんて口を!」
「構いません。なんですか?」
ローブの男が割り込もうとするのを星の神が制止する。刹那は一呼吸置くと、ここに来た目的を告げた。
「ここに、円ってやつは来てませんか?」
自分がここに来た目的、それは自分が誰なのかを知る為だけではない。いや、今では自分の正体などよりも円の行方を知る方が重要だ。
「その者なら来ていますよ」
「――ッ!ホントですかッ?」
「えぇ。会いますか?」
「ぜひ!」
円にまた会える!自分が誰なのか分かるよりも、そちらの方が嬉しい。
「分かりました……出てきなさい、円」
星の神のその言葉に合わせるように、暗闇の奥から足音が聞こえ、彼が姿を現した。