第百六十九話 最高の作品
「完全に心を折ったつもりだったんじゃが、そうそう上手くはいかんか。Ω、作戦変更じゃ」
「はい、ドクター」
Ωが左手をこちらに向ける。どうやら伸ばしてくるつもりらしい。また飛旋で弾き返してやるか。
刹那の予想通り左腕がこちらに伸びてくる。それに合わせ、紅煉が光を放った。飛旋への変形だ。と、Ωの腕が蛇行し始める。用心のため、刹那は飛旋を構えた。
Ωの腕が蛇行を続けながら刹那に迫った。
と、突然刹那の目の前でΩの腕が下に軌道を変える。
「え?」
突然の出来事に刹那が次の出方を確認しようとした瞬間、落ちた腕が再び上がり、なんと、飛旋を掴んだのだ。
「なッ?」
相手の考えが分からず、一瞬動作の遅れた刹那にまた予想外の出来事が起きる。なんとΩが飛んできたのだ。
いや、正確には飛んでいるわけではない。彼の左腕が急速にその長さを元に戻し、その伸縮の勢いに乗ってΩがこちらに突っ込んできたのだ。
こちらに突っ込んでくるΩが右腕を振り上げる。どうやら、突撃の勢いを生かしたまま切りかかろうという魂胆らしい。
その距離が目と鼻の先にまで近づく。
そして、鎌が空を切った――
「甘い!」
飛旋で頭を守るようにして鎌の動きを抑える。だが――
Ωの口が開き、そこから刹那の顔めがけて何か紫の液体が噴出された。
「ぐッ!」
それと同時に刹那の腹部に打撃による痛みが走り、飛旋に掛っていた重みが消える。
なんだこれは?眼が燃えるように痛い。敵が近くにいるのに目を開くことが出来ない。先ほどの腹への痛みは恐らく自分を蹴ってΩが距離を取ったのだろう。だが、全くそれを確認することが出来ない。まずい、今の自分は隙だらけだ。
「ふふふ、見事にかかったようじゃな」
「てめぇ、今のはなんだッ?」
刹那が聯賦の声のする方へと頭を向けながら叫ぶ。
「なに、ちょっとした目暗ましじゃよ」
「目暗まし?」
「そう。相手の動きを封じるためのな。しばらくは何も見えんぞ?」
「なんだと?」
確かに今の刹那の視界は暗闇に等しかった。目を開けて見ても白い光の様なものしか見えず、Ωはおろか、自分の腕さえも見えない。
「さて、Ω、そろそろケリを着けてしまえ」
「はい、ドクター」
「くそっ」
刹那は首を振ってΩの気配を感じようとした。しかし、Ωの腕の伸びる音だけが耳に届き、その視界には何も捉えることができない。どこだ?いったいどこから?
「うぉッ!」
刹那の左足に何かが絡まった。おそらくΩの左腕だ。突然刹那を襲う浮遊感。
そのまま彼の体は空中まで持ち上げられ、数秒後、地面に激しく叩きつけられる。
「ぐはッ」
肺が押しつぶされたように息苦しい。胃の中の物が逆流しそうになる。しかし、Ωは間髪をいれずにまた刹那を空中に持ち上げ地面に叩きつけた。
「ぐッ」
視界はゼロ。足を掴まれ自由は効かない。このままではいずれ……。
「いい!いいぞΩ!」
聯賦の狂気に満ちた叫びが刹那の耳に届く。
「そのまま再起不能にしてしまえ!あと一息じゃ。あと一息であの体が手に入る!」
勝利を確信したのか、今までにないほどの興奮の色を帯びた声を上げる聯賦、刹那は段々と遠のく意識の中でその声を聴いている。
「あの体が手に入れば、わしの作品の完成度が上がる!Ω!やはりお前は最高傑作じゃ!いや、あの体を調べ上げ、お前をさらに強力な、至上最高の作品にしてやるぞ!」
刹那の体が再び宙に浮いた。
作品。あの子がまた改造される。あんなに小さい子が、また……
「――ッ!」
飛びかけていた意識が一気に元に戻る。両目を見開き、飛旋を掴む右手に力を込めた。
「うぉぉぉぉ!」
飛旋が光を放ち変形する。そして、刹那の手元から大量の水が噴き出した。水は刹那を包み込むようにして渦を巻き、Ωの手を振りほどく。
「ほう、Ωの拘束を逃れたか。じゃが、それだけでは勝てんぞ?」
しかし、刹那の攻撃はそれだけでは無かった。
「――ッ!」
水の渦の中から風の刃が飛び出し、そのうちの一発がΩの右腕を直撃し、彼をのけぞらせる。
「なんじゃとッ?」
驚きを隠せない聯賦とΩの前で水の渦が消え、その中から刹那の姿が現れる。
刹那の瞳は真っ直ぐに聯賦達を捕えている。
「ふぅ~、やっぱり水の中からだと狙いがずれるな。ちょっとやりすぎたか」
「み、見えているのかッ?なぜッ?たとえ君の体であろうと、あの目暗ましはこんな短時間で効果が消えるはずはッ?」
「あ?そんなもん、水で洗い流しゃいいだけの話だろうが」
「まさか……先ほどの水の渦はΩの拘束を解く為ではく、目暗ましを流すためッ?」
「ご名答」
奏流の水によって視界を取り戻した刹那は、真っ直ぐにΩの方へと近づいて行った。Ωは近づく刹那を警戒し、傷だらけの右腕を構えている。
「Ω!行け!」
Ωが刹那に飛びかかる。だが、刹那の奏流がそれを弾き飛ばす。水を使うまでもない。ただ単純に振り払っただけ。
地面に転がったΩの元へ刹那が近づいて行く。そして、Ωの目の前に立つと、刹那は奏流を振り上げた。




