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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百六十八話 お兄ちゃんのせいだ

「さて刹那君、どうする?」


 優位に立ったつもりなのか聯賦が何の躊躇もなく刹那に近づいて行く。刹那はその姿に怯えるように一歩、また一歩と下がることしか出来ない。


「どうした?怯えておるのか?」

「く、来るな」


 聯賦の顔が死神に見える。自分を追い詰める死神。そして、その横には無表情に自分を見つめるΩの姿。彼から感情を奪ってしまったのは自分なのではないか。彼に罪を重ねさせる運命を強いたのは自分なのではないか、そんな思考が浮かんでは消えていき、その度に刹那の心を締め付けた。


「Ω、やれ」


 Ωの左腕が聯賦を横切り刹那に伸びる。刹那はそれを飛旋の風で弾き返したが、それ以上の追撃は行わない。


「刹那君、Ωへの贖罪の気持ちがあるのなら大人しくやられてしまってはどうかね?」

「ッ!誰が!」


 明らかに自分の動きがいつもより鈍い。聯賦の作戦なのだろうが悔しいことにその効果は抜群だった。


「では仕方ない。Ω、刹那君を倒せば、お前は良い子になれるぞ?」

「良い子……」


 まるで人形のようだったΩの目に一瞬だけ光が灯ったように見えた。彼はすぐに刹那との距離を詰めると、そのまま右腕を振り上げる。


「――ッ!」


 一瞬だけ刹那の反応が遅れ、飛旋による防御が不完全となった。何とか直撃は避けたものの、殺しきれなかった勢いが刹那の左肩を切り裂く。じんわりとした痛みが広がり、Ωの鎌には鮮やかな赤が着いていた。


「くそっ」


 苦し紛れに刹那が飛旋を横薙ぎに振るうが、Ωはそれを背後に跳んで躱してしまう。


「ふむ、あと一歩と言ったところか、Ω、やってしまえ」

「はい、ドクター」


 Ωが刹那のとの距離を急速に詰める。先ほどと同じ鋭利な右腕の鎌で攻撃してくるつもりだ。


「うっ」


 刹那は咄嗟に構えた飛旋でΩの振り上げた右腕を受け止めた。しかし、ジワジワと手に持った飛旋が下がり、Ωの鎌が迫ってくる。先ほど受けた傷が腕に力を込めるのを邪魔している。だが、力が込められない理由はそれだけではなかった。


「や、止めろ」


 歯を食いしばり耐える刹那と対照的にΩは無表情な顔のまま右腕に力を込めている。自分を見上げるその目が、まるで自分を責め立てているようで、刹那には鎌よりも強力な攻撃となっている。


「Ω」


 聯賦の言葉を合図にΩが口を開いた。


「お兄ちゃんのせいだ。お兄ちゃんのせいで僕はこんな体になってしまった」

「――ッ!」


 とどめの一撃だった。

 今まで自分の中に微かにあった自分自身への擁護の気持ちがこの一言で崩れ去る。刹那の手に握られていた飛旋が彼の手を離れ、地面に落ちた。


「折れたか」


 手放した飛旋を拾おうともせず、刹那はただ目の前のΩを見た。とてもこの年の子供とは思えないような生気の無い目。鋭くとがった右腕、鞭のように伸びた左腕、これら全ての原因が自分にある。この子がこんな化け物の様な体になってしまったのは自分のせい。それなら自分は、命をもって彼に償うべきなのだろうか。


「Ω、とどめを刺せ」

「はい、ドクター」


 Ωが右腕を振り上げる。この鎌に切り裂かれ自分は死ぬのか。そうすれば、少しはこの子への償いになるのだろうか。それなら、別に……。

 鎌が空を切り、刹那の頭を捉える。

 その時――

 飛旋が赤く発光し、その刀身を真紅に変えた。


「なに?」


 刀身から炎が吹き出し、Ωの全身を包み込んだ。


「Ω!下がれ!」


 聯賦に言われΩが後ろに飛びのく。紅煉から噴き出した炎は彼の服を焼き、地面は焦げていた。そして


「あつっ」


 もちろん近くにいた刹那にもその炎は当たった。右手の甲に親指大に赤みが走る。


「くそっ、一体なんだってんだいきなりッ?」


 自分の意志に反して姿を変えた紅煉を刹那は不思議そうに眺める。まったく、いきなり炎を噴き出すなんて、これではまるで――


「円……」


 脳裏にあの生意気な黒猫の姿が浮かぶ。あの嫌味で、気位が無駄に高く、鰹節が大好物の生意気な相棒。

 その姿を思い出すたびに刹那の心に熱いものがこみ上げてきた。今の今まで別に死んでも良いと思っていた目に再び生への渇望が蘇る。


「まだだ……」


 そう、自分はまだこんなところで死ぬわけにはいかない。円に会って、なぜいなくなったのか聞かなければならない。いや、その前に一発ぐらい引っ叩いてやる。


「ふふ」


 まったく、こんな時まで自分に活を入れてくるとは、本当にあの黒猫には頭が上がらない。


「ふぅ」


 刹那は紅煉を拾い上げ大きく息を吐いた。頭に浮かぶ余計なものを全て放り出し、目の前のことにだけ集中する。今自分がすべきこと、それは目の前の二人を倒すこと。


「さて、反撃開始と行きますか」


 刹那は紅煉の切っ先を正面へ向けた。

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