第百六十七話 奇妙な因果
刹那が黄夜を発ってから二日が過ぎた。体感的にはもう一週間近く経った気がする。円と別れてからの一人旅は時間が経つのが遅く感じるのだ。
食事の時は未だにいままでの癖で円に何かを取ってもらおうとするのだが、その円はいない。一人きりでの旅というのは寂しいものだ。
「はぁ~」
こうやってため息をついたのは今ので何回目だろう。いったい、円はどこに行ってしまったのだろうか。
神座山まではあとどれ位かかるのか。黄夜で聞いた話ではこのまま進んでいけばそろそろ見えてくるという話だったが……。
「元気がないようじゃが、どうしたね?」
「――ッ!」
今の声は……
「爺さん、何しに来た?」
刹那が振り返ると、そこには聯賦とΩが立っていた。相変わらず神出鬼没だ。どこかで自分を待ち伏せでもしているのだろうか。
「なに、そろそろ頃合いだと思っての。刹那君、迎えに来たぞ?」
「迎え?」
自分の体を奪いに来たということだろうか?まったく、いつまでも懲りない老人だ。
「悪いけど、今はそれどころじゃないんだ。とっとと失せろ」
「ほっほ、ずいぶん機嫌が悪いようじゃの。おや、そう言えば、円君の姿が見えんが?」
聯賦が額の上に手を置いて回りを見回すような仕草をする。
「円はいないよ」
「ほう、珍しいの。喧嘩でもしたかね?」
それだったらどれだけ楽なことか。理由が分からないから困っているんだ。
「アンタには関係ない」
「そうかのう。まあ、円君がいない方が好都合じゃな。Ω、今日こそ決着をつけるんじゃ」
「分かりました。ドクター」
Ωが一歩前へ出る。
「止めてくれ!俺は君とは戦いたくない!」
「……」
刹那の声も虚しくΩは止まらない。彼の左腕が持ち上がり、そして、刹那に向かって伸びた。
「くそっ!」
もう何度もこうやって戦っているためΩの動きは読み切っている。刹那は自分に伸びる左腕を切り払った。しかし、Ωの左腕は執拗に刹那を攻めてくる。
「仕方ない……吹き飛べ」
神威が光を放ち、Ωめがけて突風が吹き荒れる。その勢いに耐えきれず、腕ごとΩが後方に飛ばされる。
「やはり強力じゃな」
「アンタに褒められても全くうれしくないな」
刹那がちらりとΩの方へ視線を向ける。よかった、目立った外傷はない。何とか隙を見て逃げ出すか諦めてもらいたいんだが、そういうわけにもいかないだろう。
「どうじゃね?もう刀は全て集まったかの?」
「なんであんたがそれを知ってる?」
自分が刀を集めて回っていることをこの老人は知らないはず……いや、この老人なら調べていてもおかしくないか。
「なに、その刀が気になって調べてみたんじゃが、ずいぶん面白いことが分かっての。刹那君、知らんかもしれんが、君と同じような人間が昔いたようなんじゃよ」
「知ってるよ」
黄夜で聞いた「先代」と呼ばれる人物のことだろう。
「おぉ、知っておったか。それでの、その人物も君と同じように複数の刀を使いこなし、刀を集めておったようじゃ。まあ、君とは違ってずいぶんと気性の荒い人物だったようじゃが。なにせ、この辺りでは災厄の子なんて呼ばれておったぐらいじゃからな」
「そうかい。まあ、今の俺とは大違いってわけだ」
刹那は少しずつ、ほんの少しずつ後ろに下がっていく。相手が話に神経が向いているうちに上手く逃げ出したいのだ。
「その災厄の子じゃが、ずいぶんと特殊な体をしておったようじゃの。傷を負っても常人の数倍の速さで治ってしまったというから驚きじゃ」
「ふ~ん」
あと少し、あと少し距離を開けられれば……
「いや~、それにしても因果じゃな刹那君」
「は?」
「Ωが以前ある実験に使われておったことは知っておるかね?」
「……その子から聞いた」
統也がΩになった実験。その実験のせいで彼は一生消えない傷を心に負った。その施設は彼が壊したというが、未だに彼はあの時のことで苦しみ続けている。憎むべき所業だ。
「あの実験の名前はな「神童計画」と呼ばれておった。何を隠そう、あの計画は刹那君、君と同じ人間を作る計画だったんじゃよ」
「何?」
「正確には災厄の子を作る計画と言った方が良いかの。自然治癒力の異様に高かった災厄の子の体に不老不死の幻を見た変わり者が人工的に作ろうとしたんじゃ。Ωはな、その計画の完成形に一番近い個体だったんじゃ。君という本物があったなら、あんな実験は行われなかったじゃろうな。直接は君は関係ない。じゃが、君のような人間がいたせいで、Ωが生み出されてしまったのも事実じゃよ!」
「――ッ!」
Ωの実験は自分と同じ人間を作るため。では、この子がああなってしまったのは、聯賦が言うように自分のような人間がいたせいなのか?
「どうじゃ今の気分は?さしずめ腹違いの弟にでも会った気分かの?」
「……」
「ほっほ、何も言えんかね?責任を感じておるか?そうじゃ、君のせいじゃ。君と同じ刀を集めていた人間が大暴れして目立ち、その伝承に魅せられた人間のせいであの実験が生まれ、Ωが生まれた。もう元凶になった人間はこの世にいないじゃろう。ならば誰が責任を取るのか?誰が贖罪をするのッか?そう、君じゃ!君しかおらんのじゃよ!」
「俺のせい?俺があの子を……」
客観的に見れば刹那に非は無い。聯賦の言っていることはこじ付けに過ぎず、全くの言いがかり。だが、目の前のあの少年の惨状、過去を知っている刹那には「自分には関係ない」と割り切ることは出来ない。
両足が震える。この場から逃げ出したい。しかし、目の前のあの少年の姿がそれを許さない。飛旋を握る手に汗が浮かぶ。目が泳ぎ、あの少年から目をそらしてしまう。
「ふふ」
刹那の動揺を見て取ったのか、聯賦が怪しげな笑みを浮かべた。




