第百六十六話 争いの終わり
「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
再び目の前が光に包まれ、気づけば先ほどの場所に戻っていた。いつの間にか刹那の手には神威が握らされている。
「戻ってきた……」
人々が刹那の姿を見て後ずさる。見れば、その中に先ほど消えた男性の姿もあった。あの言葉は嘘ではなかったか。
「さて」
いつの間にか刹那の背後にいた陽燈が一歩前に出る。
「君たち、お互いに争うとどういうことになるのか、今回のことでよ~く分かっただろ?」
そう言いながら周りを見回す陽燈の視線を誰もが下を向きながら避けていく。
「これに懲りたら、同じ町の中で争っちゃダメだよ?」
陰軌も同じように前に出て信者たちを窘める。自分たちの信望する神々にそう言われ、昼と夜の民はそれぞれ深々と頭を下げた。
「これでこっちの問題は解決だ。次は……」
陽燈がゆっくりと尊の亡骸の所へ歩いて行き、彼女の前で立ち止まった。刹那はその光景を不思議に思い、彼に尋ねる。
「何をするつもりだ?」
「彼女を助けるのさ」
「え?でも……」
刹那の視線を受けて、人々が再び後ずさる。今度は自分が消されるのではないかと心配しているに違いない。
「さっきの条件はもう無し。アレは君を調べるのと、ここにいる彼らにお灸をすえるのが目的だったからね」
「それじゃあ?」
「大丈夫。この子はちゃんと助けるよ」
その言葉に刹那の目が輝く。本当に尊を助けてくれるのだろうか?
「じゃあ、始めるよ」
陽燈が右手の手のひらを尊に向けた。すると、彼女の体を丸い光が包み、その体が宙に浮いていく。
「何をッ?」
「いいから、黙って見てなよ」
陰軌に言われたとおり、黙って見ていると、尊の体の傷が見る見るうちにふさがっていくのが分かった。傷を治しているのだろうか。
「さて、じゃあ陰軌、あとはお願い」
「任せてよ」
陽燈に言われ陰軌が左手を彼女の方へと向けた。すると、光はだんだんと小さくなり、それにともなって今度は黒い球状のものが尊を包み込んだ。
「傷は塞がってるから、あとはこの子の魂を安定させるだけだよ」
陽燈がそう言ってしばらく経つと、黒い球体が地面に降りて、みるみる小さくなっていった。球体の中から出てきた尊は穏やかな顔をしている。
「ん、んん」
尊の瞼が動く。
「尊!」
彼女に真っ先に駆け寄ったのは、他でもない、彼女の両親だった。
「お父さん?お母さん?」
「尊……すまなかった。父さん、お前のことを手にかけるなんて……」
彼女の父親はボロボロと涙を流し謝罪している。そこには彼女を捨てた夜の民ではない、本当の父親の顔があった。
「彼女の問題も解決ッと。刹那、まだ彼らのことが許せないかな?」
陰軌の問いかけに刹那は無言で神威を奏流に変えると、水を操り燃え広がった炎を全て消火した。そして、それを再び神威に戻すと、鞘へと収めた。
「うんうん、いい心がけだ。僕らの仕事はこれで終わりかな?」
「そうだね。もう戻るとしようか」
「刹那、元気でね」
「ばいば~い」
二人の神々はそのまま刹那の頭の上ほどまで上昇すると、そこで姿を消してしまった。
「行っちまった……」
その光景を黙って見送った刹那はふぅ、と小さくため息をつく。彼らの言うとおり、これで全て終わったのだ。これからは昼と夜の民も少しずつ和解していくのだろうか?
「刹那さん!」
空を見上げて物思いにふける刹那の元に尊が駆け寄ってきた。よかった、体の傷は完全に塞がっているようだ。
「尊ちゃん、もう大丈夫そうだね」
刹那が尊の頭を撫でてやると、彼女はうれしそうに微笑んだ。
「はい。もう全然頭も痛くないですし。それと、私、お家に帰れるようになったんです!」
「ホントにッ?」
「はい、お父さんとお母さんが帰っておいでって」
刹那がそちらに視線を向けると、尊の父親と母親が照れくさそうに会釈した。彼女の帰る場所が戻ってきた。これほど良い知らせはない。
「刹那さんのおかげです!」
「いや~、実際何もしてないけどね」
「そんなことないです!刹那さんがいてくれたから、何とかなったんですよ!だからお礼を……あっ」
興奮気味にそう語っていた尊の顔が突然固まる。何かを思い出したのか目を見開いた後に一度下へと視線を向けると、再び視線を上げ今度は刹那の顔を見た。
「あの、刹那さん、私、もしかしたらさっき円さんに会ったかもしれません」
「なんだってッ?」
それから半日近く刹那は円を探して歩いた。しかし、その姿を見つけることは出来ず、後ろ髪をひかれるのを振り払い、彼は黄夜を出発することにした。
「本当に良いんですか?」
出発の支度を終えた刹那を尊一家が外まで出迎えに来てくれている。
「これだけ探して見つからないとなると、もうここにはいないかなって。もしかしたら歩いている途中でばったり出くわすかも知れませんし」
「しばらくは私たちも探してみますよ」
「すいません、お願いします」
尊の父親の好意に刹那は笑顔で返すが、正直な話、あまり期待は出来ない。自分にバレることも構わず尊の前に姿を見せたとなると、もう離れた所に行ってしまっているだろう。
「刹那さん気をつけ――ッ!」
刹那にかけた言葉を遮って尊が急に頭を抑えだした。
「どうしたの尊ちゃんッ?」
「あ、あの、なんでもないです。久しぶりに予知ったからビックリしちゃって」
「予知?」
「はい」
尊はそう言うと下をうつむいて顔を上げようとしない。どうやら、あまり良いものではなかったようだ。
「俺の未来?」
「はい……。あの、刹那さん、実は――」
「いいよ」
申し訳なさそうにする尊の言葉を刹那が遮る。
「あんまり良い未来じゃなかったんだろ?」
尊は黙ってうなずいた。
「それなら聞きたくないな」
「あの、でも」
「自分の人生は自分で切り開くよ。それこそ、障害があるならこの刀でぶった切っちゃう。大丈夫、なんとかなるって」
「そう、ですね。わかりました。でも、刹那さん、一つだけ良いですか?」
尊の真剣な目が刹那を見据える。
「何?」
「何があっても、その……円さんを信じてあげてください」
「あ~、それはどうかな。アイツ平気で嘘つくし。でも、まあ尊ちゃんが言うなら信じてあげても良いかな」
「お願いします」
「うん、じゃあ、そろそろ行くよ。元気でね」
尊たちに見送られ、刹那は出発した。目指すは最後の場所、神座山だ。