第百六十三話 収まらない
「あぁ、神が降臨された」
誰とも無くそう呟くと、人々は膝をつき、両手を地面につけて、その神々にひれ伏した。
「神?」
未だに興奮冷めやらぬ刹那はいぶかしげな目でその神々を見た。言われてみれば、確かに普通の人間とは違うような、一種の神々しさみたいなものを纏っている気がする。
「やあ、良くここまで来たね、刹那」
「会いに来てくれてうれしいよ」
二人の神々はそう言って微笑みかけてくる。その声に刹那は聞き覚えがあった。先ほど自分を助けてくれたあの声たちだ。
「神様だか何だか知らないけど、俺に何の用だ?」
「ずいぶんご挨拶だなぁ。せっかくさっきは手助けしてあげたのにさ」
「やっぱりあの声はアンタらか。それで、用はそれだけかい?」
刹那が苛立たしげな視線を陽燈達に向ける。神であろうと、今の自分の邪魔をするなら容赦はしないといった風だ。
「良いのかなそんなこと言って?僕らは君がこの町に来た目的を果たさせるために降りてきたのに」
「俺の目的?……あぁ、アレか」
刹那がここに来た目的と言えば一つしかない。正直な話、今の今まで忘れていたことだ。
「そう。刹那、君に新しい刀を授けよう」
「しかも二本もね。太っ腹だろ?」
二人の神々はお互いに顔を見合わせて「ねー」などと言い合っている。その姿だけ見れば年相応の子供のようだ。
なにはともあれこれで刹那の目的は果たされる。新しい刀を受け取り、黄夜での目的は達成……とはいかなかった。
「悪いけど後にしてくれ。先にやることがある」
刹那が視線を再び昼と夜の民の方へと向ける。人々はその視線に恐れおののき、自ら炎の方へと後ずさる。
「だから、それを止めて欲しいんだけど?」
陰軌が腰に手を当て、呆れたと言わんばかりにため息をつく。
「おお、神が我々を救いに来てくださった!」
頭を下げていた人々が顔を挙げ、懇願するように神々を見た。中には泣き出している者もいる。それだけ彼らにとっては特別な存在なのだろう。
だが、彼らとは対照的に刹那の顔は晴れない。例え相手が神であろうと、今の彼の怒りは収まらない。それどころか、刹那は二人の神を睨み付けた。
「邪魔するってんなら、容赦はしない」
「ふふ、そういう頑固な所、先代とそっくりだね」
「本当だね。あと直情型なのもそっくりだ」
二人の神々はそれぞれクスクスと笑っている。その態度が、ますます刹那を苛立たせる。
「先代?なんのことだ?」
「いずれ分かるよ」
二人の神々が再び「ねー」などと言葉を合わせている。
その態度に、刹那の怒りの矛先が神々に向かった。彼は紅煉の切っ先を神々の方へと向けたのだ。それを見ていた人々の口から「罰当たりな」などという言葉が出る。
「おおと、炎は勘弁してよ」
「あんまりイライラしない方が良いよ。短気は損気だ」
「余計なお世話だ」
いい加減この人を食った態度に我慢が出来なくなった。神様だろうと関係ない、全て燃やし尽くして……
そう考えていた刹那の思考を、陽燈の言葉が止める。
「その女の子を助けてあげようか?」
「――ッ!なんだってッ?」
「だから、助けてあげるって言ったのさ」
「本当に助けてくれるのかッ?」
もし本当だとしたら願ったり叶ったりだ。刹那は怒りも忘れて相手の言葉に食い入った。
「もちろん。その代り、条件がある」
陰軌の口が少しだけ吊り上り、目が細くなった。何か企んでいるような顔だが、今の刹那にはそんなことはどうでも良い。
「なんだってやるさ」
「その言葉に嘘はないね?」
「ああ」
「わかった。それじゃあ……」
陽燈が視線をぐるりと動かした。その視線の先には彼らを神と崇める人々の姿がある。
「うん、君にしよう」
陽燈が指差したのは一人の男性。髪を短く刈り上げた健康そうな昼の民だ。跪いていた彼は立ち上がると、何があるのかと不思議そうな目を陽燈に向けている。
「こっちに来てくれるかい?」
陽燈に呼ばれ、男性がおずおずと刹那と陽燈達の間に立つ。
これから何が始まるのか?人々の関心は二人の神へと向けられている。
そして次の瞬間、陽燈の口から出た言葉に、刹那を始めその場にいた全員が固まった。
「刹那、あの女の子を助けるために、この男を殺してくれ」