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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百五十五話 黄夜という町

「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」


 少女はそう言うとそのまま奥へと行ってしまった。頼りになる光がそれしかない刹那はただただ後を付いて行くしかない。室内はいろいろな物が置いてあるらしく、刹那はところどころに足をぶつけながら歩く羽目になった。


「今お茶を出しますから。ここに腰かけて待っててください」


 少女に促され、刹那は闇の中に少し浮かび上がる椅子に恐る恐る腰掛ける。椅子は固く、どうやら木で出来ているようだ。


 俺のことを知っているみたいだけど、一体何者なんだ――


 刹那には全く身に覚えのない少女。彼女はもしや、記憶を失う前の知り合いなのか?


「お待たせしました」


 少女はコップを二つ持ってくると刹那に一つを差し出した。匂いから察するに、どうやら中身は紅茶のようだ。


「あ、ども……ふぅ」


 温かい紅茶が走り回って疲れ果てた刹那の心を癒してくれる。軽く口をつけたあと、先程までの疲れを吐き出すかのように大きくため息をつくと、再び口をつけて味わった。


「さっきは助けてくれてどうもありがとう。ところで、君は誰?なんで俺のことを知ってるの?」


 矢継ぎ早に質問する刹那に、少女は少し下を俯いて、モジモジしながらボソボソと話しだした。


「わ、私は(みこと)と言います。あ、あの、実は、私には他の人とは違う力があって……」

「違う力?」

「はい……予知能力です」

「予知能力……って、何?」


 予知能力――未来に起こる出来事を事前に知ることが出来るという力。他にも千里眼などとも呼ばれる。刹那はその言葉に聞き覚えが全くなかったようだが、大和でも何人かその能力を持った人間の存在は確認されている。


「簡単に言うと、未来のことが分かるんです。それで、あの、その力で刹那さんがここに来るのがわかって。それで、あの、刹那さんなら私を助けてくれるってわかったので……」

「俺が君を助ける?」


 助けられたのは自分の方なのだが……。


「は、はい、あの、刹那さんがこの町の争いを止めてくれるって、出たので……」

「この町の争い?」


 刹那には分からないことだらけだ。こういう時はとりあえず……


「まど――そうだ、いないんだった……」


 いつも傍らにいる小憎たらしい黒猫を探したが、どこにもその姿はない。


「この町の争いというのは、(ひる)(たみ)(よる)(たみ)の争いのことです」


「昼の民と夜の民?」


 また知らない単語だ。あまり頭を使うことが得意でない刹那はそのそろ頭が痛くなってきそうだった。


「刹那さんを追いかけていたのは昼の民、そして、私は夜の民です」

「なんか違うの?」

「ここに来るまでに二種類の銅像を見ませんでしたか?」

「あぁ、見た目そっくりだったけど、顔の向きが逆のやつでしょ?」


 どちらも子供の銅像だったが、不思議と、あの老人は片方だけに愛着を持っているようだった。


「はい。向かって左を向いていた銅像が昼の民が信仰する陽燈の像、もう一つが夜の民が信仰する陰軌様の像です」

「信仰……宗教の違いか」

「そうです。その名の通り、昼の民は昼間活動します。対して、夜の民は昼間は寝て、夜に活動するんです」

「え?でも……」


 刹那は訝しそうに尊の方へと顔を向けた。それもその筈である。今は昼間で、夜の民である彼女は寝ていなければいけない時間帯なのだから。


「あ、あの、私は異端ですから」


 尊は申し訳なさそうに顔を下に下げた。


「異端?」


 その言葉の意図するところが分からない――決して意味が分からないわけではない――刹那には疑問符が頭の上に浮いている。


「私たち夜の民が信仰する陰軌様は「安定」の象徴なんです。私の予知能力は未来を見る力なんですが、それは変化を避ける夜の民の信仰とは相反するもので、どちらかというと、「進歩」を尊ぶ昼の民に近いものです。異端と言うのは、私のように夜の民らしからぬ人のことを差します。私は昼の民に近い考えの力を持っているという理由で夜の民から追放されました」

「夜の民から追放って……じゃあ、君は家族からも放り出されたの?」

「はい」

「そんな、実の娘を家から追い出すなんて……」

「この町のでは宗教は何物にも優先されるんです。私たちにとって、宗教は何よりも貴く、絶対の存在です。たとえ実の娘だろうと宗教の教えに反する様なことがあれば、容赦なく追放します。それは、仕方がないことなんです」


 声に何の抑揚もなく尊が堪える。先ほどまでのオドオドした態度とは一変、なにか、妙に落ち着いている。

 布のせいで顔などは見えず年齢は分からないが、声からして十三、四だろう。確かに会話からずいぶんとしっかりした印象は受けるが、それでもこんな少女がたった一人で世間に放り出されて生きていくなんて、信じられない。そう言えば、出された食器や今座っている椅子など、決して良いものとは呼べない。きっと苦労しているのだろう。


「でも、予知能力って昼の民ってのに近いんだろ?だったら、昼の民の仲間に入れてもらえばいいじゃない」

「そういうわけにはいかないんです」


 再び尊が下をうつむいてしまう。


「なんで?」

「昼の民と夜の民はお互いのことをとても嫌っています。もし私が昼の民の所へ仲間にしてくれるように頼んだとしても、すぐに追い返されちゃうと思います」

「そっか。そんなに仲悪いの?」

「はい。信者たちの生活時間が真逆だから何とか直接の衝突は避けられていますけど」


 もし重なれば。尊は口にしなかったが、先程のあの怒り様、もし衝突したりしたら、この町の一大事となることは間違いない。


「そうなのか……」


 事態は自分が考えているような簡単な問題ではないようだ。下を俯いたままの少女の態度がこれでもかというくらいにそれを物語っている。


「それで、俺がこの国の争いを止めると言ってたけど、具体的にどうやるの?」

「あ、あの、それは私にも分からなくて……。だけど、この前予知した時は、刹那さんがこの町のみんなの真ん中に立って、何かしたら、もう誰も争ってなかったんです。だから……あの」


 何と説明して良いのか分らないのか、尊はとりあえず自分が見た予知の光景をそのまま刹那に伝えた。はっきり言ってかなり説得力に欠ける話だが、稀代のお人好し、刹那にはその話と少女の困り切った声だけで充分だったようだ。


「……わかった。俺が何とかしてあげるよ」

「ホントですかッ?」


 黒い布に隠れて見えないが、心なしか尊の表情が明るくなった気がした。

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