第百五十四話 手荒い歓迎
「ちくしょう!一体なんだってんだよッ?」
黄夜に着いた刹那は到着早々に全力疾走していた。彼の後ろには数人の男たちが彼を捕まえようと大挙していた。
「待てコラァ!」
「ふん捕まえて逆さ吊りにしてやる!」
叫びながら追いかけてくる男たちの表情はとても険しく、彼らが怒り心頭なのを如実に物語っている。
なぜ彼らがここまで怒っているのか。それは刹那が黄夜についてすぐ、三十分ほど前まで遡る。
「さっきからこの銅像がいっぱいあんだけど、これなんだろう?」
今、刹那がいる黄夜の中心に位置する広場には等間隔で銅像が置かれていた。その銅像は小さな子供の銅像で、台座と本体を合わせても刹那の身長より少し低いぐらいの高さだ。
「こらこら、あまり触ってはいかんぞ」
「へ?」
なんとなしに刹那が銅像に触れていると不意に背後から声をかけられた。
刹那が振り返ると、彼に話しかけてきたのは老年の男性だった。老人は刹那の隣まで歩いてくると、刹那と同じように像を見下ろすと、手を合わせた。
「お兄さん、旅の人かい?それはこの町の守り神、陽燈様の像だ。あまり乱暴に扱っちゃいけない」
「あ、そうなんですか?ん?あっちにもある」
刹那は銅像の髪を触りながら近くの銅像に視線を向けた。その銅像は刹那が今触っている銅像と瓜二つだが、顔の向きが逆方向になっている。
「アレは陰軌の像だ。陽燈様とは違うものだな」
一瞬、老人の顔が凄く冷たいものになった気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「ずいぶん似てますね。あっちも神様の像なんですか?」
「とんでもない。陽燈様は偉大な存在だ。陰軌なんて比べ物にならない。なにせ、陽燈様は――」
それから男性は延々と陽燈がどれだけ素晴らしいのかについて語り始めた。刹那は陽燈の像をいじりながらその話を聞き流していたのだが……
「あ……」
「ん?どうしたんだい?」
老人の質問に答える代りに、刹那はその手に持ったものを見せた。それは小さい石のようなもの。どうみても、先ほど刹那が見ていた銅像の一部だ。
「触ってたら、折れちゃいました」
まいった、という風に笑っている刹那と対照的に、老人の顔はドンドンと真剣身を帯びたものになっていった。
「な、なんてことを……」
「すいません、まさか壊れてしまうとは思わなくて……」
謝れば済むと思っていた刹那だったが、事態はそう簡単にはいかないらしい。
「陽燈様の銅像を壊しおった!」
「何だってッ?」
「なんて罰当たりな奴なんだ!捕まえろ!」
広場にはどこから話を聞きつけたのか次々と人が集まり、見る見るうちに二十人近くの人々が刹那を取り囲もうとしていた。
「ちょっと待って、話を――」
結局刹那の言葉に耳を傾ける者はおらず、刹那は怒り心頭の人々から逃げ続け今に至る。
「ちょっと先っちょ折っただけなのになんであんなキレてんだよッ?」
走りながら後ろを振り返った刹那の目に映ったのは、とても話が通じるような状態では無い群衆の姿だった。彼らは怒気を通り越して殺気すら放っている。
「――ッ!なんだッ?」
と、目の前からも同じように目を血走らせた人々がこちらに目掛けて走ってきた。どうやら、挟み撃ちにする算段のようだ。
「ちくしょう!」
前後の群衆から逃げるために十字路を右に曲がった刹那だったが、その目の前に絶望が広がっていた。
行き止まり。
それも周りの壁には足場になるようなものはなく、とても駆けあがって登れるような高さでもない。
「あ~くそっ!最悪!」
刹那が悪態をついているうちに壁はもう目の前まで迫って来てしまっている。もう逃げ場はない。どうする?
と、行き止まりを前にした刹那の左隣の壁が急に開き、中から人の手が出てきた。
「なんだッ?」
「こっちへ」
手の出てきた方から声が聞こえてくる。
「へ?」
「早く!」
「えぇい!くそっ!」
迷った刹那だったが、もはや考えている時間はない。覚悟を決め手招きをする方へと飛び込んだ。
刹那が中に入ったのを確認すると彼が入ってきた入口が音を立てて閉じられた。完全に閉じてしまうと、中は自分の手すらも見えないような真っ暗闇だった。
「あの、大丈夫でしたか?」
暗闇の方から女の子の声が聞こえてくる。声からして、どうやら先ほど刹那を助けてくれた手の主のようだ。
「君は?」
「あ、あの、こっちです」
暗闇の中から少女の声。それは刹那の横から聞こえた。どうやら、自分は相手のいない方へ話しかけていたらしい。
「待って下さい。今、火をつけますから」
それから程なくして、刹那の目の前に小さな灯がともった。淡い光に照らされて、自分を助けてくれた声の主の姿が露わになる。
一言で表すと、黒。頭から足の先まで、全てが黒い布に覆われており、顔すら薄い布で隠し、素肌が出ている部分は全くと言って良いほどなかった。
「刹那さん、お待ちしていました」
「待っていた?」
どうやら少女は自分のことを知っているらしい。しかし、刹那には全く身に覚えがない。
この少女はいったい何者なのか?