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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百五十三話 今度こそ

「ま、待て、義外」

「ん?なんだ、まだやる気なのか義衛?」


 義外の足を掴んだ義衛の手は震えている。おそらく、まだ先程の攻撃の痛みが残っているのだろう。


「そ、それ以上、客人に近づくな」

「まだ騎士ごっこを続けるつもりか?止めておけ、お前みたいな出来そこないじゃ何も守れん」

「例えそうだとしても、諦めるわけにはいかん」

「ふん、くだらんな」


 義外が義衛目がけて容赦なく何度もメイスを振り下ろす。鉄同士のぶつかり合う音。そして、見る見るうちに義衛の甲冑が変形していく。しかし、義衛は決して手を放さない。このままでは、義衛の頭が潰されてしまう。


「止め――ッ!」


 止めに入ろうとした刹那の周りを黒騎士たちの剣が取り囲む。これでは一歩も動けない。


「おっと、あまり動きまわらん方がいいぞ?わずかな差でも長生きはしたいだろう?」

「くそっ」


 紅煉も飛旋も使えない。義衛だけを避けて炎や風を出すほどの技量は刹那には無い。

 歯がゆい。ただ目の前で義衛が傷ついていくのを見ていることしかできないのか?


「もう動かなくなったか」

「義衛さん!」


 義衛の甲冑はボコボコに凹み、まるでただの鉄くずのようになっている。体はピクリとも動いておらず、もはや義衛は……


「さあ、心臓をよこせ」


 義外が刹那へと迫る。と、義外の背後で立ち上がる影があった。


「ま、待て、義外……」

「しつこいぞ義衛!」


 義外が振り向きざまに義衛へメイスを振るった。

 だが――

 鉄同士がぶつかり合う音が響いた。義衛の鎧を殴った音では無い。義衛の剣が義外のメイスを受けきった音だ。


「おおおぉぉぉぉぉ!」


 メイスを受けとめられた義外に隙が生じる。その瞬間、義衛が渾身の力を込めて剣を振り上げた。

 しかし――


「甘い!」


 義衛の剣が義外の体に半分ほど振り下ろされた時、義外が腰に下げた短剣を引き抜き義衛の右腕の付け根、鎧と鎧の隙間に差し込んだ。その痛みで義衛の剣を握る力が弱まり、渾身の力で振り下された剣は義外を真っ二つにするほどの力が込められなかった。


「ふん、最後の力を振り絞ったようだが、無駄だったな義衛」


 攻撃が無駄に終わった義衛を義外が笑う。だが、義衛は不敵に笑っていた。そう、まさにこれを狙っていたかのように。


「無駄ではないさ……刹那くん!わしごとコイツを燃やせぇ!」


 義衛は剣を放すと義外に体当たり、そのまま羽交い絞めにしながら叫んだ。


「――ッ!」

「義衛!お前!何を言っているのか分かっているのかッ?」

「分かっているさ。貴様とわしはこのまま心中するんだ。一度死んだ我々だ、完全に消滅するだろう」


 暴れ回る義外を無理やり押さえつけ、義衛が笑う。その笑顔にはこれから自分に起こるであろうことに全く恐怖を感じていないように思える。


「お前は分かっていない!あの若造の心臓を食えば、再び命が!」

「下らんな。主も部下もいないこの世に蘇っても何の意味もない」

「お前ェェ!出来そこないの騎士のくせにィィィ!」

「あぁ。わしは何も守れなかった出来そこないだ。だが、今度こそ守って見せる」

「――ッ!」


 一瞬、ほんの一瞬だが、義衛が刹那の方を見て微笑んだ気がした。


「くそォォォ!放せ!放せェェェ!」


 義外が義衛を振りほどこうと暴れる。だが、義衛は相手をしっかり押さえ逃げさない。


「何やってるお前ら!早く私を助けろ!」


 その言葉を合図に黒騎士たちが一斉に義衛へと向かう。容赦のない攻撃が彼を襲った。このままではいずれ解かれてしまう。


「刹那くん、早くしろ!」

「義衛さん!」


 刹那は躊躇していた。確かに今は絶好の機会だ。だが、それには犠牲が大きすぎる。何か、何か他の方法はないのか?


「間に合わなくなる!早くするんだ!」

「で、でも!」


 黒騎士の一人が背後から義衛に斬り掛かった。


「グァッ!」

「義衛さん!」

「刹那くん!誇りを!騎士としての誇りを抱いたまま死なせてくれ!」

「――ッ!」


 騎士としての誇り。そうだ、この人はそれを守る為に今までずっと一人でこの城を守り続けてきた。その覚悟を無駄には出来ない。

 義衛のその言葉に刹那は覚悟を決めると紅煉を握る拳に力を込めた。


「燃えろォォォ!」


 刹那が紅煉を振るう。切っ先から噴き出した真っ赤な炎が地面を伝わり一直線に義衛の元へと届く。そして、彼らを炎が包み込んだ。


「アアアアアアアアアアア!」


 義外の断末魔が響き渡る。


「共に黄泉路へと参ろう、弟よ……」


 義衛は燃え盛る顔を刹那の方へ向けると、ほほ笑んだ。二人の姿が炎の中に消える。炎が引いたその後には、義衛と義外の姿は跡形も跡形も無くなっていた。

 それと時を同じくして、黒騎士たちは次々に消滅した。どうやら、操っていた義外が消滅したことで、黒騎士たちもその存在を保てなくなったようだ。

 城の炎は刹那が奏流で消化し、なんとか全焼は免れることが出来た。刹那はその晩を義衛が守り抜いた城の中で過ごした。

 次の日。


「そろそろ行きます」


 墓石に手を合わせていた刹那は立ち上がってそう墓石に声をかけた。その墓石は他の物と同じように並び、そこには一輪の花が供えられている。そして、そこには名前と共にこう彫られているのだ。

『誇り高き騎士 義衛 ここに眠る』と。

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