第百五十二話 騎士たちの因縁
「えッ?」
刹那には義外の言葉が理解できなかった。いや、言葉としては理解できていたのだ。だが、意味が分からない。
死んでいる?義衛さんが?そんな馬鹿な?だって足もあるし、触ることだって出来るじゃないか?
「その若造の驚きようを見ると、どうやら彼には話していないようだな?」
義衛は何も答えない。俯きながら微動だにせず刹那と目を合わせようとしない。まるで、刹那に真実を知られることを拒絶しているかのようだ。
「ふふ、そうかそうか、話していないか。ならば私の方から説明してやろう。お前のお粗末な結末と一緒に」
「止めろ!」
義外は掴みかかろうとする義衛にもう一度メイスを振り下ろした。当たりどころが悪かったのか、地面に叩きつけられた義衛は動かなくなってしまう。そんな義衛に侮蔑の視線を向けて鼻で笑うと、義外は語り始める。
「この男は誇り高き騎士団の団長などと言っているが、君主の命令一つ守れなかった男なのさ。私がコイツの遠征中の君主と部下を捕えて城を明け渡せと要求したんだがな、あろうことか、この男は断ったんだ。だから見せしめに部下を殺してやった。あの時の若造は滑稽だったな。何せ自分から志願したんだから」
義外が心底愉快そうに笑う。だが、その声色が突然変わる。
「しかし、お前の策のせいで君主は逃がしてしまった。ご立派だよ。自分の命を懸けて君主を逃がすなんてな。それだけじゃない。よくもまあ私に傷を負わせてくれたものだ。その傷が原因で私はあの後に死んでしまった。あああああ、思い出すだけでこの傷が疼く!」
義外が頭部の鎧を外すと、そこから髭を蓄えた細身の男が顔を出した。その首元には大きな傷跡がある。義外はその傷跡を苦々しげに掻き毟ると、再び視線を義衛に戻した。
「お前を殺しても私の怒りは収まらなかった。おかげで成仏できずにこうやって徘徊する日々だ。まさか死んだ後もこうして未練たらしく廃墟を守っているとは。生前の君主への忠誠のつもりか?もう三年は経つか?まだ帰ってくるのを待っているのか?ごっこ遊びも大概にしたらどうだ?誇り高き騎士団?騎士の出来そこないのくせによくそんなことが言えたものだな」
出来そこないと言う言葉に、刹那の頭に一瞬あの時の山賊との光景がよみがえる。義衛の姿と円の姿が被る。
「まあ、死んでからもお前をこうやって苦しめられるのは最高の気分だがね」
「毎日、あの黒騎士たちを差し向けたのはそれが狙いか?」
「そうだよ?あいつらは意思もほとんど残っていない木偶人形だが、それでも少しは役に立つさ。兵たちに囲まれて思い出しただろう、あの光景を?あの無念の時を?」
この男は相手への恨みだけでそんなことをしていたのか。恐ろしい、人間とはここまで人を恨むことが出来るのか。
「あぁ、ちなみに教えておくとな、お前が命懸けで時間を稼いで逃がした君主、あれはお前を殺した後にすぐ後を追わせてやったよ」
それを聞いた瞬間、義衛の両目が見開かれ、握りしめた拳がブルブルと震えだす。
「三年間待ったのに無駄だったなぁ?どんな気持ちだ?城も、部下も、君主も守れなかったというのは?だが足りない。私の怒りはそんなものではないぞッ?実力は上であるにも拘らず、お気に入りだからと言う理由だけでお前に団長の座を奪われた私の怒りはな!名誉はいつもお前のもの!称えられ、敬われるのはいつもお前!私はいつもお前の陰に隠れていた!どんなに戦果を上げようと、どんなに相手を殺そうと、私には労いの言葉すらない!」
目を血走らせ、獣のように牙をむき出している義外からは先ほどまでの冷静さは感じられない、それほどまでに彼の怒りは巨大なのだろう。
「これでわかっただろう?これがこの男の正体さ。ただの負け犬。みじめな敗残兵だ」
義外は吐き捨てるように言うと刹那に視線を移した。その目は、先程の怒りの瞳とは違い、何かギラついた目をしている。
「さて、ではそろそろ本題に移らせてもらおう。若造、お前の心臓をもらおうか?」
「あんたも俺の心臓を狙うのか?」
なぜこの男が自分の心臓を狙う?幽霊も人の心臓を食べると何かあるのか?
「その口ぶりは私以外にも狙われたことがあるようだな?」
「知り合いの黒猫にな」
「黒猫?あぁ、なんだ、あの猫は自分でも取りに来ていたのか」
「――ッ!」
刹那に衝撃が走る。
今この男はなんて言った?あの猫?まさか、コイツは円のことを知ってるのかッ?
「おいアンタ!その猫とどこで会った?何を言われたんだッ?」
「今から死ぬお前が知っても意味はない。おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ心臓をいただこうか?」
刹那の心臓を抉るため義外が一歩前に出る。それにあわせて黒騎士たちも段々と刹那達へ近づいてくる。気付けば彼らの背後にもいつの間にか黒騎士たちが回り込んでいた。逃がす気は毛頭ないらしい。だが、そんな状況でも今の刹那には関係ない。
「おい!何を言われたんだッ?なんでその猫はお前に俺の心臓を奪えって言ったッ?」
「理由などしらん!ただお前の心臓を食えば私は生き返れると聞いただけだ!」
「生き返れる?そんな馬鹿な」
人の心臓で生き返れるなんてあるはずがない。この男は円に騙されている。円は俺の心臓を手に入れるために嘘を教えたに違いない。しかしなぜ?円はまた来ると言った。あれは嘘だったのか。いや、それは考えにくい。あの気位の高い円のことだ、人任せにするなんて考えられない。
「馬鹿な理由だろうとなんだろうと構わんさ。どうせ死んでいるんだ、時間はたっぷりとある。酔狂な話に乗るのも悪くはない。さぁ、もういいだろう。そろそろ終わりにする」
義外が黒騎士たちに指示を出すため腕を動かした――




