第百五十話 炎のように
「聞こえなかったのか?その棺桶に触るなって」
刹那が一歩黒騎士達に近づくと、彼らは警戒するように半歩下がり、武器を構えだした。どうやら素直に引いてくれと言うのは無理な話らしい。
「仕方ないか」
刹那がゆっくりと神威に手をかける。その姿に我慢できなくなったのか、黒騎士の一人が一歩前に出る。
一閃。
相手が切りかかるより先に刹那が神威を抜いた。その場に黒騎士の胴体が転がる。刹那の神威は赤く発光し、その姿はいつの間にか紅煉に変わっている。その刀身は真っ赤に染まり、相当な高温であることを連想させる。どんなに固い鎧であろうと、熱で焼き切ってしまえば関係ないというわけだ。
「オォォォォ」
「ウアアァァア」
目の前で仲間がやられたことに危機を感じたのか、残りの二人の黒騎士が次々に刹那に襲い掛かった。だが結果は同じ。数分も経たず、その場には黒い鉄くずが転がることとなった。
「さて、後は……」
刹那が黒騎士たちの群れへと向かう。
「なんと、そちらから来てくれるとは。おい、奴を捕えろ」
どこからともなく聞こえてくる声に応えるように黒騎士たちが次々に刹那の方へと向かってくる。その数は十数人。流石にそれをいっぺんに相手にするには骨が折れる。故に
「邪魔だ」
紅煉が炎を吹き出し、目の前の黒騎士たちに襲い掛かる。
「ウアアアアア」
断末魔の声を上げながら、体に纏わりついた炎に焼かれ、為す術もなく次々に倒れていく黒騎士達。
「義衛さん!良かった……」
群れが手薄になったため、その中心にいた義衛の姿が確認できた。怪我をしているようだが、こちらの声に反応したところを見ると、まだ動けるらしい。
黒騎士たちを気にも留めず、刹那はどんどん義衛の方へと近づいて行く。先ほどの光景が堪えたのだろうか、黒騎士たちは武器を構えはするものの、刹那に襲い掛かろうとする者はおらず、一歩、また一歩と下がっていき、やがて、義衛の周りには一人の黒騎士もいなくなった。
「なぜ戻ってきた?」
「一宿一飯の恩ってやつです。まあ、一宿も出来てないですけど」
立ち上がりながら尋ねる義衛に刹那は笑みを返す。
「まったく、呆れてものも言えん」
そう言いながらも義衛の顔はどこか嬉しそうだ。
「それでこれからどうするんですか?」
紅煉の炎によっていくらかの黒騎士が戦闘不能になったが、それでもまだ相手の方が数が多い。こちらが圧倒的に劣勢であることには変わりないのだ。
「見て分かる通り、やつらは自分たちだけではただの烏合の衆だ。実際、今まではただ城の周りをウロウロするしかできなかったような奴らだからな。だが、今回は指揮官が着いたようでな。幾分かマシな動きをするようになった」
「指揮官?」
「先ほど、どこからか声が聞こえなかったか?あの声の主がそれさ。おい、見ているんだろう義外!姿を現したらどうだ?」
「断る。待ち構える敵の前に姿を見せるなど愚の骨頂だからな」
義衛の言葉に応えるように返ってきた返事は、先程よりも幾分か硬い印象がある。目の前で部下があっという間にやられてしまったのが堪えたのだろうか。
「義衛さん、相手のこと知ってるんですか?」
「あぁ。奴の名は義外、元は我が士堂騎士団の副団長だった男だ。性根の腐った卑怯者で、あろうことかお世話になった士堂様を裏切り、敵側にこちらの情報を流して寝返った。騎士の風上にも置けない奴だ」
義衛の顔が苦々しく歪む。よほど嫌いな相手なのであろうことは刹那にもすぐに分かった。
「ふん、卑怯だなんだと相変わらず下らん奴だ。勝てばいいんだよ。それにどうだ、お前が躍起になって守ってきた城は今やあの有様じゃないか。騎士様として戦った結果があれか?」
城はあらゆるところから炎を吹き出している。残念ながらあの有様ではもう……
義衛が拳を握りしめる。騎士として、その誇りに懸けて守り抜いてきた城の今の姿は、彼にとって言葉では言い表せないものがあるに違いない。
「さて、ずいぶん遊んだがそろそろ飽きてきたな。決着をつけるとしようか?」
「それはこちらの台詞だ義外。貴様の腐った性根を叩き直してやる……ん?刹那君?」
一歩踏み出そうとした義衛より先に、刹那が一歩前へ出る。
「すいません義衛さん。ここは俺にやらせてもらえませんか?」
「なんだ小僧?お前が先に――」
「うるせぇ」
刹那の紅煉から炎が吹き出し、目の前にいた黒騎士達を瞬く間に炎で包んだ。その火は勢いを弱めることなく、黒騎士達をあっという間に燃えカスにしてしまう。
「人の大事なもんぶっ壊して『遊び』だと?」
再び刹那が紅煉を振るう。燃えカスの後ろにいた黒騎士たちに炎が届き、残骸が増えていく。
「大事なもん守るために戦った人の墓場荒らして『遊び』だと?」
炎は止まらない。
「てめぇ、覚悟は出来てるんだろうな?」
紅煉の炎がまるで刹那の気持ちを代弁するかのように激しく燃え上がった。