第百四十八話 騎士の誇り
「これで後顧の憂いは断ったな」
刹那を墓下の避難通路に逃がし、義衛は一息ついた。この通路なら奴らにバレる心配もないだろう。なんとか安全なところまで逃げてくれ。
「『死んだら元も子もない』か」
先ほどの刹那の言葉が耳に残る。確かに彼の言うとおりだろう。だが、それでは駄目なのだ。誇りを失ってしまえば、そんなもの死んだも同然だ。
主の期待に応えずして何が騎士か、客人を守れずして何が騎士か、自分は誇り高き士堂騎士団団長、騎士の誇りを捨てて生き延びるなど……
ここで眠っている者たちに笑われてしまうな――
義衛が剣の柄に手をかける。背後から奴らの迫る音がする。
「さて、ここからが正念場だな」
振り返った義衛の前には大挙した黒い騎士たちの姿があった。その数は百は下らないだろうか。対してこちらは一人。どちらが有利かは数を覚えたての子供でも分かるだろう。
しかし、そんな圧倒的な戦力差に際しても義衛は怯まない。
「まったく、どこから集まってきたのか。ずいぶんな気合いの入りようだな。よかろう、相手をしてやる」
義衛が剣を構える。その雰囲気は先ほど刹那相手にふざけていた時のものではない。騎士団を率いてきた男のものだ。
「狙いはわしかあの客人か、どちらにせよ、ここから先は一歩も引かん。士堂騎士団の誇りに懸けてな」
迫りくる黒騎士たちに義衛は勇敢に飛び込んで行った。まず目についた目の前の一人に剣を振り下ろす。
「うおォォォォ」
義衛の剣はその重さで切るような種類の剣で、思い切り振りおろせば、振りかぶった速度とその重さが相まって絶大な威力を発揮する。その証拠に、目の前の黒騎士は左肩から腰にかけて一本の線が入り、そこを境にして胴体が別れてしまった。その光景を見た他の黒騎士たちは怯え、一歩後ずさる。
「どうした?貴様らそれでも騎士の端くれかッ?」
その声に応えるように黒騎士の一人が前に躍り出るが、義衛の剣の前に一蹴されてしまう。
「次は誰ぞ?来ないのならばこちらから行くぞッ!」
義衛の勢いは止まらない。目に映る黒騎士たちに次々に切りかかり、その呻き声を悲鳴に変えている。
「オオオッォォォォオォォオ」
「どけぃ!」
義衛が剣を振るう度に黒騎士たちの鎧が次々にただの鉄くずへと変わっていく。その姿は勇猛な獅子を思わせる。
相手の攻撃を受けるどころか、それごと剣で薙ぎ払う。返す刃でまた一人。義衛は決して止まらない。
しかし、その猛進も勢いを失う時が来てしまった。振り下ろした剣がある一人の黒騎士の鎧に引っ掛かり、動きが鈍ってしまったのだ。
一瞬、そのほんの一瞬の綻びを黒騎士たちは見逃さなかった。
「――ぐッ!」
義衛の死角から鈍器のようなものが振りかぶられる。そちらを意識していなかった義衛はまともにその一撃を受けてしまい、転がる様に倒れ込む。
黒騎士たちが食べ物に群がる蟻のように義衛に襲いかかる。流石の義衛でもその態勢で大勢を相手にするのは分が悪い。次々に振りかかる攻撃を甲冑自体で受け止めるので精いっぱいだ。
そんな無茶な戦い方が長く持つはずもなく、立ち上がろうとすれば抑えつけられ、雨の様な絶え間ない攻撃が彼を襲う。やがて、腕を覆った鉄板の隙間に剣をねじ込まれた。それは中に着た鎖帷子の隙間を縫い、義衛の右腕を貫いた。
「ぐっ」
焼けるような痛みが一瞬にして脳まで届く。その痛みに思わず握っていた剣を放してしまった。戦う術を奪われ、大勢の敵に囲まれる。
もはやこれまでか――。士堂様申し訳ありません。




