第百四十七話 こんなこともあろうかと
「さぁ、ここから外に出るぞ」
義衛が奥へ進みそのまま厨房を抜けて勝手口らしきドアを開けると、そこはあの墓地のすぐ近くだった。
「こっちだ」
義衛に案内されて刹那は墓地の中へと歩を進めて行く。いくつもの墓石をかき分け、義衛がそのうちの一つの前で足を止める。その墓石は他の物と同じように角が丸く削られており、表面に名前と生きた年数が彫られている。そこに記された名前は……義衛ッ?
「え?これ、どういうことですかッ?だって、義衛さん、生きてるし?」
「ふふふ、刹那くん、実は君に黙っていたことがあるのだよ。実はわしは幽霊なのだッ……あ、ちょっと、待て、抜くな!」
刹那はいつの間にか神威に手をかけている。というか三分の一ほど刀身を抜きかけていた。
「冗談だ刹那くん!冗談!わしは生きてる!ほら、足もあるだろ!」
「……よかった。義衛さんまで幽霊だったら、俺どうしようかと思いましたよ」
その言葉が冗談に聞こえないくらい刹那の呼吸は荒くなっている。どうやら、義衛が幽霊だった場合は本当に切りかかるつもりだったらしい。
「冗談はこのくらいにして……」
義衛は真剣な表情になると墓石の両端に手をかけた。
「義衛さん、何するつもりですか?」
「ちょっと待っていてくれ」
そう言うと義衛は信じられない行動に出る。なんと、掴んだ墓石を横に動かし始めたではないか!
「――ッ!何やってるんですか!罰当たりますよ!」
あ、自分の墓だから良いのか……いやいやいや、そういう問題ではない。
「義衛さん!」
刹那が制止しようとしても義衛は止まらない。だが次の瞬間、なんと墓石が横に移動し、そこから地下へと続く階段が現れたではないか。
その広さは人が一人通れるほどの幅しかなかったが、深さはなかなかのようで、階段の先は数段下から見えなくなっていた。
「これはいざという時のために用意しておいた抜け穴だ。この中を進んでいけば、奴らの包囲を抜けて森の中に出ることが出来る」
「こんな所に抜け穴が……。墓地の中に作っておけばさすがに掘り起こすやつもいないもんな。すごいっすよ、義衛さん!」
「誇り高き士堂騎士団の団長だからな」
「でも、自分の名前彫る必要ないんじゃないっすか?」
適当な人間の名前でも彫っておいてくれればよかったのだ。人騒がせな。
「まあそれは……なんというか、洒落みたいなものだ。それに、一度自分の墓と言うものを見てみたかったのだよ。さぁ、そんなことより、早く入るんだ」
いまいち納得できなかった刹那だが、義衛に促されるままに階段を下った。階段はしっかりしており、緩やかに作られているため足を踏み外すことなく下に着くことが出来た。その先に続く通路は入り口と同じように狭く、頭を少し下げないと通りづらい。
と、下に着いた刹那は義衛が下りてこないことに気付いた。階段を少し上って見上げれば、義衛はまだ外に立っている。
「義衛さん!何やってるんですか!早くしないと見つかりますよ!」
「わしは残る。君はそのまま逃げなさい。中は一本道だ。迷うこともなかろう」
残る?無茶だ。あの黒い騎士達はまだまだ城内に跋扈している。そんな場所にたった一人で残ったりしたらタダじゃ済まないぞ!
「何言ってるんですか!一緒に逃げましょう!」
「それは出来ん。わしは留守を任されている」
「死んじゃったら元も子もないじゃないですか!そんなに城主の言いつけが大事なんですかッ?」
刹那のその問いかけに義衛は困ったように微笑んだ。
「士堂様のご期待に応えねば、誇り高き士堂騎士団団長とは言えんだろう?」
「義衛さん!」
刹那が階段を駆け上がり外へ出ようとした時、彼の顔の横を一本の弓矢が掠めた。そして、あの不気味な呻き声が聞こえてくる。
「どうやらかなり近づいてきているようだ。刹那くん、短い間だが楽しかった。達者でな」
文句を言おうとした刹那を無視して、義衛は勢いよく墓を移動させて入口を塞いでしまった。慌てて駆け上がった刹那は墓石を動かそうと下から押し上げてみたがビクともしない。
「義衛さん……」
留守を任されているって、その言葉がそんなに大事なのか?自分が死んじゃうかもしれないんだぞ?そこまでして言いつけを守る必要があるのかよ?
刹那には納得できない。誇りだかなんだか知らないが、そんなものの為に自分の命まで懸けるのは間違っている。
「――ッ!」
上から鉄がぶつかり合う音が聞こえた。黒騎士たちが追い付いてきたのかもしれない。いくら義衛と言えども、大群を相手にしてはどれくらい持つかわからない。
急いでここを出なければ!