第百四十六話 勘弁してくれよ
コトンッ
「え?」
喉元に神威を突きつけられていた騎士の冑が頭からベッドへ、そしてベッドから床へ落ちた。だが、冑が着けられていた個所には本来あるべきはずのものが存在しない。人が生きていく上で必要不可欠なもの、その騎士には頭が無いのだ。生きた人間なら必ず必要とするもの。そう、生きた人間ならば……
「ウウゥゥゥゥゥ」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
目の前の信じられない光景に刹那は錯乱してしまった。
首なしの騎士は全く動じるそぶりも見せず神威の切っ先を掴むと、それをグイっと横に押しやり、今度は刹那の首を掴もうと手を伸ばす。これだけ取り乱したのが相手なら簡単に倒せる。きっとそう思ったに違いない。だが彼は大きな間違いを犯してしまった。昨日までの刹那ならまさにその通りになったに違いない。しかし、今の刹那は散々恐ろしい目に遭って学習したのだ。恐怖の対象に対しては逃げるのではなく、徹底的に抗戦せよ、と。
「◎◭☆♈♋✛❒❜≬!!!」
言葉にならない奇声を発しながら刹那が首なしの騎士に切りかかる。型も何もないただ闇雲に切りつけるだけの粗末な攻撃だが、元来の神威の切れ味と、恐怖から来る尋常ではない振りかぶりの速度から、その攻撃は確実に騎士の甲冑を切り刻んでいた。
「ハァハァハァ」
気付けば刹那の目の前には目も当てられないくらいに切り付けられた甲冑が転がっていた。バラバラになり、ピクリとも動く気配はない。
「一体何だってんだよ?」
何が起きたかは定かではない。ただ分かるのは、黒い騎士たちはこの城の中に入ってきており、その正体が人ならざるものであるということだ。
「とりあえず、義衛さんの所に行こう」
こんな所には一人でいたくない。刹那は義衛がいた屋上へ急いだ。
* * *
「おかしい、いつもならこんなことはないのだが」
屋上の扉を背にして階段から次々に上がってくる黒い騎士たちを退けながら義衛は考えを巡らせた。今まで何度もこいつ等と攻防を繰り返してきたが、こんなことは初めてだ。こいつ等は挑発する様に攻めてくることはあったが、決して本気で城を落としにかかったことはなかった。事情が変わったのか。何がこいつ等をここまで突き動かしている?
なぎ払う様にして剣を横に振るい敵をまとめてなぎ倒す。もう何人も倒しているが、首を落そうが腕を切ろうが奴らは何度でも立ち上がってくる。今はまだ余力があるが、このまま長引いてしまうと厄介だ。
「うむ……」
こちらの体力が残っているうちに、一か八か一気に奴らの中を突っ切るしかないか。なにかきっかけさえあれば。
「ん?」
なんだこの音は?
ガチャガチャという奴らの音に混じって何かの音が聞こえてくる。
これは叫び声か?奴らのものとも違う。一体誰が?
「あ……」
この城にいる者でこいつ等以外の者と言えば、自分以外には一人しかいない。そして彼のことだ、この騎士たちの奇怪さを見れば叫び声の一つでもあげるだろう。
目の前の騎士たち吹き飛ぶのと同時に、一つの人影が姿を現した。
「おぉぉぉぉ!どけぇぇぇ!切り刻むぞコラァァァ!」
もはや正気を保っているかかどうかも分からないくらい興奮した刹那は目を血走らせながら黒い騎士たちをかき分けて現れた。
「刹那くん!」
「義衛さん!」
久しぶりの生者との再会に興奮気味だった刹那が少しだけ落ち着きを取り戻す。彼の後ろにはここまで犠牲になった奴らの残骸が転がっていた。
「刹那君、良い所に来てくれた!来てもらって早速で悪いが、降りるぞ!」
「へ?」
「ここに居ても袋小路だ。少しでも広い所に出る」
言うが早いか義衛はそのまま刹那の横をすり抜けて階段を降りて行ってしまう。刹那も慌ててその後を追った。
「それで、何か考えが?」
走りながら刹那が義衛に尋ねる。ここまで何体かの騎士を相手にしたが、刹那たちの敵ではなかった。
「いや、それが全く思いつかんのだ」
「ちょッ!頼みますよ!」
「なにせこんな事態は初めてでな。奴らがどうやったら引き下がるのか、まったく見当がつかんのだ。ハハハ」
義衛とは対照的に刹那の顔はドンドンと青ざめていく。アイツらにやられた後のことを考えているのかもしれない。
「義衛さん、何回か奴らとやりあってるんでしょ?いつもはどうやって勝ってるんです?」
「勝ってなどいないさ。ただ朝が近くなると奴らは自然と去って行くんだ。それをひたすら待ち続ける」
今まではそれでなんとかなってきた。だが、今回は状況が違う。もしかすると、明け方近くになっても奴らは立ち去らないかもしれない。
「今から夜明けまでなんて、何時間あると思ってんですか!」
「う~ん……」
何か、何か起死回生の手段は……。
「そうだ!こんな時のために用意していたものがあった」
義衛が手をポンと叩く。
そして廊下を真っ直ぐに進むと、左手側にあったドアを開け中に入っていった。刹那もその後に続く。
「食堂?」
そこには長テーブルといくつかの椅子。そして、その奥に厨房らしきものが見えた。




